↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/58

第四十七話 かつて居場所を失った少女が、工房を救いました

「この契約書、署名しないでください!」

リオの声が、応接室に響いた。

マリクは筆を止めた。

目の前には、新しい魔道具の供給契約。

相手は王都でも名の知れた商会の代理人だった。

「……どうした、リオ?」

「その紙、変だよ」

代理人が眉をひそめた。

「失礼ですが、契約の話は責任者同士で……」

「リオも工房の責任者の一人です」

マリクが答えた。

代理人は口をつぐんだ。

リオは契約書の端を指さした。

「ここ。

『供給に必要な情報』って書いてあるでしょ」

「ええ。魔道具の調整に必要な情報です」

「じゃあ、どうして『術式の全記録と派生研究を含む』って続いてるの?」

エルナが顔を上げた。

「……見せてください」

細かな文字を読み進め、表情が硬くなる。

「これは、魔道具の供給契約に見せかけた研究情報の利用許諾ですね」

代理人は笑顔を作った。

「一般的な条項ですよ」

「いいえ」

エルナはきっぱり言った。

「供給と無関係な将来の研究成果まで、商会が利用できる文面です」

マリクは筆を置いた。

「……契約は見送ります」

代理人は慌てた。

「お待ちください。誤解です」

「誤解なら、条項を削除して改めて持ってきてください」

マリクは書類を返した。

代理人は何か言いかけたが、結局、黙って席を立った。

扉が閉まる。

マリクはリオを見た。

「よく気づいたな」

「……前に、似た言い方を聞いたから」

リオの声は少し低かった。

彼女は工房に来る前、身を寄せた仕事場で雑用をさせられていた。

『手伝いのため』という名目で、決められた仕事以外まで押しつけられたことがある。

約束はいつも曖昧で、断れば追い出すと言われた。

結局、居場所を失った。

「『必要なことは全部』って、便利な言葉なんだよ」

リオは言った。

「言う人にとってはね」

マリクは静かに頷いた。

「……そうだな」

ところが、問題は契約書だけではなかった。


午後、カインが倉庫から戻ってきた。

「マリクさん。魔道具用の容器が届いていません」

「昨日、発注した分か?」

「はい。運送業者に確認したら、発送元から停止指示があったと」

エルナが帳簿を開いた。

「供給契約を断った商会ですね」

リオが顔をしかめた。

「……嫌がらせ?」

「断定はできない。でも、困ったな」

脂肪の一時保存を研究する魔道具には、特殊な容器が必要だった。

実験は慎重に進めており、まだ人体への利用などできない。

それでも、容器がなければ研究自体が止まる。

マリクはオルフェンへの連絡を考えた。

だが、リオが口を開いた。

「ほかのお店を探そう」

「特殊な加工品だぞ」

「知ってる。でも、作れる職人が一人しかいないわけじゃないでしょ?」

エルナは頷いた。

「製法を公開する必要がない範囲で、容器の仕様だけ伝えれば依頼できるかもしれません」

「じゃあ、探そう!」

リオは勢いよく立ち上がった。


翌朝、リオとカインは王都の工房街へ向かった。

最初の工房では断られた。

「この精度は無理だ」

二軒目でも断られた。

「うちの炉じゃ、材質が合わない」

三軒目では値段を聞いただけで、カインが顔をしかめた。

「……高すぎます」

リオは肩を落とした。

「やっぱり、無理かな」

そのとき、路地の奥から金属を打つ音が聞こえた。

小さな工房だった。

看板には『フェルン金工房』とある。

中では年配の女性が、小さな金属の輪を磨いていた。

「何か用かい?」

リオは図面を差し出した。

「こういう容器、作れますか?」

女性は眼鏡をかけ、しばらく眺めた。

「……作れるかもしれないね」

リオの顔が明るくなる。

「本当!?」

「ただし、何に使うかは聞かせてもらうよ」

リオは迷った。

研究内容を全部話すわけにはいかない。

だが、用途を隠しすぎれば安全な容器は作れない。

「魔術研究で使います。中身はまだ試験段階で、圧力や温度の変化を調べたいんです」

女性は頷いた。

「なら、強度の試験も必要だね」

「できますか?」

「うちで作れる範囲なら。保証できないことは保証しないよ」

リオは笑った。

「それ、うちのマリクと同じだ!」

女性も笑った。

「変わった工房だね」

試作品の見積もりは、以前の商会より安かった。

ただし、納期は長い。

「急ぎなら、よそへ行きな」

女性は言った。

「急いで壊れるものを渡す気はないから」

リオは即答した。

「待ちます!」

工房へ戻ると、マリクが驚いた。

「……見つけたのか?」

「うん! ちゃんと試験してから作ってくれるって」

カインが頷いた。

「無理な納期を約束しない、信用できる職人さんです」

エルナは見積書を確認した。

「仕様も必要な範囲に限定されていますね」

マリクはほっと息を吐いた。

「助かった」

「まだ試作品だけどね」

リオは胸を張った。

「でも、研究を止めなくて済むよ」


その日の夕方、オルフェンが工房にやってきた。

事情を聞くと、老人は低く唸った。

「研究成果を契約で囲い込もうとしたか」

「危うく署名するところでした」

マリクが答える。

「見抜いたのはリオです」

オルフェンはリオを見た。

「よく気づいたな」

「昔、似たようなことを言われたから」

「……そうか」

老人は静かに頷いた。

「嫌な経験も、使い方によっては誰かを守る知恵になる」

リオは少し照れた。

「そういうもの?」

「ああ。ただし、嫌な経験をしてよかった、とは言わん」

その言葉に、リオは目を瞬かせた。

オルフェンは続けた。

「苦労せずに済むなら、それが一番だ。だが、お前がそこから学んだことまで、誰にも奪わせる必要はない」

リオは小さく頷いた。

「……うん」

夜、工房の片づけを終えたマリクは、リオに声をかけた。

「ありがとうな」

「何が?」

「工房を守ってくれたこと」

リオは首を振った。

「私の工房でもあるもん」

マリクは笑った。

「そうだったな」

「マリクが一人で全部守る必要はないんだよ」

リオは言った。

「私も、エルナも、カインも、ミアもいる」

「……ああ」

マリクは頷いた。

翌週、フェルン金工房から最初の試作品が届いた。

容器には検査記録が添えられていた。

まだ研究に使えるかどうかは分からない。

だが、マリクはその記録を見て笑った。

「いい仕事だな」

リオも笑った。

「でしょ!」

机の上には、署名しなかった契約書の控えが残っていた。

マリクはそれを研究帳の最後に挟んだ。

「小さな字だから、誰も読まないと思ったんでしょう」

リオは契約書の一行を指した。

供給が止まれば、工房の既存の道具まで商会の管理下に置かれる。

「そんなの、道具を買う約束じゃない。仕事を渡す約束だよ」

代理人は笑みを消した。

マリクは署名欄を覆った。

「今回は契約しません。指摘された条項は、こちらの記録に残します」

代理人が帰ると、リオはようやく息を吐いた。

「……怖かった」

「怖くても言ってくれた。助かったよ」

フェルンの検査票には、まだ空欄がいくつもあった。

リオはその一つ一つを指さして、カインに意味を聞いた。

「全部埋まったら使えるの?」

「それでも、使い方の試験が残るよ」

「そっか。じゃあ、焦らず待とう」

忘れないためだ。

価値が生まれれば、奪おうとする人間も現れる。

それでも、信じられる仲間と仕事を続けていけばいい。

かつて追い出され、居場所を失った少女は、今では工房を守る一人になっていた。

そのことが、マリクには何より嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。