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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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第四十四話 リオが初めて工房の責任者になりました

「明日、工房を任せたい」

夕食の席でマリクがそう言うと、リオの匙が止まった。

「……誰に?」

「リオに」

「私!?」

勢いよく立ち上がった拍子に、椅子が鳴った。

エルナが苦笑する。

「医療院での研究会と、オルフェン先生との打ち合わせが重なったんです」

「でも、マリクがいなきゃ施術できないよ?」

「明日は施術を休みにする。予約の相談と事務だけだ」

「それならエルナの方が……」

エルナは首を振った。

「私は帳簿を担当します。責任者として判断するのは、リオさんです」

リオは二人を交互に見た。

「……本気?」

「本気だ」

マリクは頷いた。

「迷ったら施術を約束しない。

安全に関わる相談は医療院へ。

揉め事はミアを呼ぶ」

「う、うん」

「俺の代わりになる必要はない。工房を一日、無理なく回してくれ」

リオは長いこと黙っていた。

そして、小さく拳を握った。

「……やってみる」


翌朝。

マリクを見送ったリオは、受付の椅子に座った。

机の上には予約帳、相談票、鍵束。

「……責任者」

口に出してみる。

「なんか、すごい」

カインが笑った。

「よろしくお願いします、責任者」

「からかわないで!」

「本気ですよ」

ミアまで敬礼した。

「本日の警備、異常ありません!」

「もう!」

エルナは静かに帳簿を差し出した。

「まずは今日の予定を確認しましょう」

午前中は順調だった。

予約変更が二件。

新規相談が三件。

支援枠についての問い合わせが一件。

リオは一つずつ対応した。

「施術できるかは、マリクと医師が確認してからになります」

以前なら、何とかしてあげたい一心で即答したかもしれない。

今は違う。

約束できないことを、約束しない。

「……よし」

自分に小さく頷いた。

問題が起きたのは昼前だった。

「責任者を出せ!」

入口から大きな声が響いた。

上等な外套を着た男が、受付台を叩いている。

「私は子爵家の使いだ! 主人が今日中の施術を望んでいる!」

エルナが落ち着いて説明した。

「本日は施術休業日です。ご相談なら承れますが……」

「貴族を待たせる気か!」

周囲の客が顔を見合わせた。

リオは立ち上がった。

「私が責任者です」

男は彼女を見下ろした。

「……子どもではないか」

「今日の責任者です」

リオは言い直した。

「施術はできません」

「では術師を呼べ!」

「今日は医療院で研究中です」

「金なら払う!」

男は金貨を受付台に置いた。

リオはそれを見た。

昔の自分なら、その輝きに目を奪われたかもしれない。

だが、今は別のものが見えた。

待合室で順番を待つ人たち。

説明を聞くために来た人たち。

そして、金貨を出せない人たち。

「お金を積んでも、今日の施術はできません」

男の顔が赤くなった。

「無礼な!」

「金貨はお持ち帰りください」

リオは静かに返した。

「予約の相談なら、順番にお伺いします」

男がさらに詰め寄ろうとした瞬間、ミアが横に立った。

「受付への威圧行為はおやめください」

カインも扉の前に移動する。

男は周囲を見回した。

誰も味方しない。

「……覚えておけ!」

金貨を掴み、男は出ていった。

リオはその背中を見送った。

「……こ、怖かった」

エルナが肩に手を置いた。

「よく対応できました」

「声、震えてなかった?」

「少しだけ」

「やっぱり!」

「でも、判断は正しかったです」

リオは大きく息を吐いた。

ところが、午後には別の問題が起きた。

予約帳の名前が二重に記されていたのだ。

「えっ、同じ時間に二人?」

カインが困った顔をした。

「昨日の変更が、古い欄に残ったみたいです」

エルナが帳簿を確認する。

「こちらの転記ミスです。申し訳ありません」

リオは慌てて首を振った。

「誰のせいかは後でいいよ。まず、お客さんに説明しよう」

二人の客を別々に呼び、事情を伝える。

片方は遠方から来ていた。

もう片方は仕事の休みを調整していた。

どちらも簡単には日程を変えられない。

「どうしよう……」

リオは考えた。

マリクならどうするだろう。

いや、今は自分が責任者だ。

「まず、明日の空き時間を確認しよう」

エルナが帳簿を開く。

「相談枠なら一件だけ空いています」

「施術は約束できない。でも、先に相談だけ受けられるようにしよう」

もう一人には、希望日に合わせて次の枠を優先して案内する。

二人に事情を説明すると、どちらも納得してくれた。

「ちゃんと話してくれてありがとう」

年配の女性が笑った。

「隠されるより、ずっといいわ」

リオは深く頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました」

夕方。

工房の扉を閉めるころには、リオの肩はすっかり落ちていた。

「……責任者って、疲れる」

ミアが笑った。

「でも、ちゃんと一日終わりましたよ」

「私、失敗したよ」

「失敗を隠さず直しました」

エルナが答えた。

「それは大事な仕事です」

そこへマリクが帰ってきた。

「ただいま。どうだった?」

リオは駆け寄った。

「大変だった!」

「そうか」

「貴族の使いが来て、予約が重なって、それで……!」

話し始めると止まらない。

マリクは最後まで聞いた。

「……なるほど」

「私、責任者失格かな」

「どうして?」

「全部、完璧にはできなかったから」

マリクは首を振った。

「完璧にできる責任者なんていない」

「……そうなの?」

「俺だって、毎日エルナに助けられてる」

「それはそうですね」

エルナが即答した。

「おい」

皆が笑った。

マリクはリオを見た。

「大事なのは、困ったときに人に頼れることだ」

リオは黙って頷いた。

「今日、みんなで工房を守ってくれたんだろ?」

「……うん」

「なら、立派な責任者だ」

リオは目元をこすった。

「……泣いてないよ」

「まだ何も言ってないぞ」

「言いそうだったから!」


翌朝、受付の壁に新しい紙が貼られた。

『責任者不在時の判断手順』。

その一番下には、リオの字で一文が加えられていた。

『困ったら、一人で抱え込まない』。

マリクはそれを見て笑った。

「いい規則だな」

リオは胸を張った。

「責任者が決めたんだから!」

その日から、マリクが研究で留守にしても、工房の仕事は止まらなくなった。

翌週、マリクは試しに半日だけ研究室へこもった。

工房ではリオが朝礼を担当する。

「今日の予定は、相談が四件。無理な約束はしないこと!」

「了解です」

カインとミアが声をそろえた。

エルナは新しい確認表を渡した。

「予約の変更は、必ず二人で確認しましょう」

「うん。前みたいに重ならないようにね」

リオは頷いた。

昼になっても、マリクの研究室には誰も助けを求めに来なかった。

心配になって様子を見に行くと、受付では三人が楽しそうに相談していた。

「……俺、いなくても大丈夫そうだな」

マリクが呟く。

リオは振り向いた。

「施術するときは必要だよ!」

「そこだけか?」

「あと、重い荷物を運ぶとき!」

「それはカインの仕事だろ」

皆が笑った。


昼過ぎ、予約のない男が受付に押しかけた。

「マリクを出せ。本人がいないなら明日に回せばいいだろう」

リオは震える指を握りしめた。

「今日は施術の約束はできません。でも、お困りの内容は伺えます。急ぐ症状なら医療院へご案内します」

「お前に何が分かる」

「分からないことは、分かる人に聞きます」

男が言葉を失った隙に、エルナが隣へ立った。

リオは初めて、自分の判断を最後まで言い切れた。

頼られなくなったのではない。

頼れる人が増えたのだと、マリクはようやく理解した。

誰か一人だけが頑張る場所ではなくなったのだ。

その晩、リオは一人で判断できなかったことも日誌に書いた。

『助けを求めたのは失敗ではない』


翌朝、マリクはその一文を読んで笑った。

「俺にも必要な言葉だな」

「じゃあ、忘れないでね!」

リオは得意そうに胸を張った。

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