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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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第三十八話 王都美容商会の施術部門がついに営業停止になりました

王都美容商会の前に、人だかりができていた。

普段なら高価な香油や化粧品を買い求める客が並ぶ場所だ。

だが、今日の人々が見つめているのは、店先に貼られた一枚の告示だった。

『身体改変施術部門について、調査完了まで営業を停止する』

告示の隅には、既存の患者への連絡窓口と医師の相談先も記されていた。

マリクはそこを最初に確かめた。

「止めるだけじゃ、施術を受けた人は困るからな」

「……本当に止まったんだ」

リオが呟いた。

マリクは少し離れた場所から告示を読んだ。

「商会全部じゃない。施術部門だけだな」

「それでも大変なことだよ」

「そうだな」

あの商会は、マリクの工房に営業停止を要求してきた。

独占契約を迫り、拒まれると危険だという噂を流した。

その商会自身が、今は施術を止められている。

「……ざまあみろ、って言わないの?」

リオが尋ねた。

マリクは告示の前で不安そうに話し合う客たちを見た。

「倒れた人がいるからな。あまり喜べない」

リオは少し考え、頷いた。

「……そっか」

工房に戻ると、エルナが書類を整理していた。

「調査官から、正式な連絡がありました」

「どういう内容だ?」

「美容商会の施術部門で、説明した内容と実際の処置が異なる事例が複数確認されたそうです」

マリクは眉をひそめた。

「どんな違いが?」

「『少量の脂肪を整える』と説明しておきながら、実際には広い範囲へ術を使っていた例があるとのことです」

「……ひどいな」

「さらに、体調不良の申し出を受けても、記録を残していなかったそうです」

マリクは机を指で叩いた。

以前倒れた男性の顔が浮かんだ。

施術を受ければ健康になれると思い、仕事にも行けなくなった男。

あの男性の体調は、ハロルドの診察のもとで少しずつ回復している。

それでも、以前の生活に戻るには時間が必要だった。

「商会の人間は、何と言ってる?」

「副会頭のベルドは、施術師個人の問題だと主張しているそうです」

「……自分たちで雇ったんだろう」

「はい。ただし、責任の範囲は調査中です」

エルナは淡々と答えた。

「私たちも、決めつけて発言しない方がよいでしょう」

「そうだな」


昼過ぎ、ハロルドが訪れた。

「例の患者から、君に礼を伝えてほしいと言われました」

「俺は施術していませんよ」

「だからこそです」

営業停止の通知を読んだ女性が、受付で声を震わせた。

「前の店で施術を受けました。私も罰を受けるんですか」

「いいえ。相談する権利はなくなりません」

マリクは医師への連絡先を示した。

「まず体調を確認しましょう。どこで施術を受けたかで対応を変えません」

女性が席につくのを見て、リオは張り紙の『相談可』という文字を大きく書き直した。

ハロルドは椅子に座った。

「彼は、すぐに元へ戻してくれと頼んだとき、君が断ったことを覚えています」

「……ああ」

「今は、あのとき急いで別の処置を受けなくてよかったと言っている」

マリクは肩の力を抜いた。

「それなら、よかったです」

ハロルドは一枚の紙を差し出した。

「医師たちで作った暫定的な注意事項です。

施術を受ける前に、体調や目的を確認すること。

施術後に異常があれば、すぐ診察につなぐこと」

「うちの記録と似ていますね」

「君たちの記録も参考にしました。もちろん、個人が分かる内容は使っていません」

マリクは紙を読み、少し驚いた。

「『効果を保証しない』とも書いてありますね」

「当然です。体のことに、絶対はありません」

そのとき、受付から大きな声がした。

「責任者を出せ!」

ミアが扉の前に立っていた。

「大声を出さないでください。予約のお客様がいらっしゃいます」

「俺は王都美容商会の客だ! あそこで施術を受けたんだぞ!」

マリクが出ていくと、若い男が顔を赤くしていた。

「商会が止まったら、俺はどうすればいいんだ!」

「まず、落ち着いて話してください」

「お前のせいで商会が潰れたんだろ!」

周囲が静まり返った。

マリクは首を振った。

「営業停止を決めたのは調査を担当する機関です。俺ではありません」

「でも、あんたが文句を言ったから……」

「危険な施術について、知っていることは説明しました」

マリクは男の目を見た。

「あなたは、今、体調が悪いんですか?」

男は一瞬、言葉を詰まらせた。

「……少し、気分が悪い日がある」

「なら、医師に診てもらってください。ここにハロルド先生がいます」

ハロルドが進み出た。

「症状を聞きましょう。

ただし、ここでは診察に必要な設備が足りません。

医療院で確認します」

男は視線を落とした。

「……金が、あまりないんです」

エルナが口を開いた。

「費用については、医療院の相談窓口をご案内できます」

男はしばらく黙り、やがて小さく頭を下げた。

「……怒鳴って、すみませんでした」

「体が心配だったんでしょう」

マリクは答えた。

「でも、誰かを責めるより、まず自分の体を確かめてください」

男はハロルドとともに出ていった。

リオが息を吐いた。

「……びっくりした」

「俺もだ」

夕方、ベルド本人が工房に現れた。

以前の高価な上着ではなく、地味な外套を着ている。

ミアは入口で立ち止まらせた。

「面会の予約はありますか?」

「……ない」

「では、用件を伺います」

ベルドはマリクを見た。

「少しだけ、話がしたい」

マリクは受付の見える場所で話すことにした。

「何でしょう」

ベルドは長い沈黙の後、口を開いた。

商会の告示を見ていた女性が、マリクの袖を引いた。

「ここで施術を受けたんです。私も悪いことをしたのでしょうか」マリクは首を振った。

「説明を信じて受けたことと、説明を守らなかったことは別です。体調が気になるなら、医療院につなぎます」女性はようやく息を吐いた。

エルナは相談先を紙に書いて渡した。

営業停止の札一枚では、傷ついた人の暮らしは元に戻らない。

「……君が正しかったと言いに来たわけではない」

「そうですか」

「だが、我々は急ぎすぎた」

「急いだことだけが問題ではないと思います」

ベルドは苦い顔をした。

「……分かっている」

「施術を受けた人たちへの説明と補償が先でしょう」

「その手続きを進めている」

「なら、それを最後までやってください」

ベルドは何も言わず、頭を下げた。

商会の失敗で、失われた時間や健康がすぐ戻るわけではない。

マリクも、すべてを許すつもりはなかった。

ただ、相手が責任を果たす機会まで奪う必要はないと思った。

ベルドが去った後、リオが言った。

「もっと言い返すのかと思った」

「言い返したところで、患者は治らない」

「……マリクらしいね」

エルナが帳簿を閉じた。

「商会の施術部門が止まったことで、こちらへの問い合わせが増えるでしょう」

「受け入れられる人数は変わらないぞ」

「はい。だから、案内文を増やします」

マリクは笑った。

「頼む」


翌朝、工房の扉には新しい紙が貼られた。

『他施設の施術後に体調不良がある方は、まず医療機関へご相談ください』

商会に勝った、と人は言うかもしれない。

だが、マリクには勝敗より大切なことがあった。

誰かが同じ失敗を繰り返さないこと。

それが、この騒動に必要な結末だった。


数日後、医療院から短い報告が届いた。

騒ぎを起こした若い男は診察を受け、今後の経過観察を続けることになったという。

診断の詳しい内容は、当然ながら書かれていない。

「個人の体のことだからな」

マリクは報告書を閉じた。

リオが頷く。

「元気になるといいね」

「ああ」

ベルドの商会がどうなるかは、まだ分からない。

施術部門以外で働く従業員も大勢いる。

彼らの生活まで一括りにして喜ぶ気にはなれなかった。

マリクは帳簿の端に書いた。

『競争に勝つことより、安全を守ること』

それを見たエルナが微笑んだ。

「工房の方針として、掲示してもよい言葉ですね」

「ちょっと恥ずかしいから、帳簿の中だけにしてくれ」

エルナは改めて通知の対象範囲に線を引いた。

「停止されるのは施術部門だけです。香油や化粧品の販売は対象外ですね」

「そこは正確に伝えよう」

マリクは頷いた。

商会を嫌っているからといって、事実まで大きくしてはいけない。

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