第三十三話 俺を追放したパーティーが、俺の代わりを探していました
「脂肪を燃やして、戦う力に変える魔術?」
リオはギルドの報告書を読み、首を傾げた。
「そんなこと、できるの?」
報告書には、ゼクトの施術を受けた冒険者が「疲れを感じなくなった」と喜ぶ証言も載っていた。
その一方で、休息を取らずに訓練を続けた者がいる。
効いたように見えることと、安全であることは同じではなかった。
「少なくとも、俺にはできない」
マリクは答えた。
脂肪を移すことと、脂肪を燃やして力に変えることは違う。
その違いを説明するだけでも、最近は一苦労だった。
「雇われた術師は、何て名前?」
「ゼクトという男だそうです」
エルナが書類を確認する。
「冒険者向けの『肉体最適化』を売りにしています。
施術を受ければ、一週間は疲れ知らずになると」
「一週間?」
「宣伝では、そうなっています」
マリクは眉をひそめた。
「疲れを感じないのと、疲れないのは別だ」
その日の午後。
工房に一人の女性がやってきた。
見覚えのある顔だった。
「……ノエル?」
かつてのパーティーで魔術を担当していた女だ。
昨日の面会では、ガレスの隣で黙っていた。
今日は一人だった。
「突然ごめんなさい」
「予約ならエルナに」
「施術じゃないの」
ノエルは両手を握りしめた。
「ゼクトのこと、知ってる?」
「噂だけなら」
「バルトが施術を受けたの」
マリクは黙った。
「体が軽くなったって喜んでた。
いつもより長く走れて、剣も振れた。
でも、今朝から手が震えてる」
「医師には?」
「まだ……。本人が大丈夫だって」
マリクはすぐに立ち上がった。
「それなら医師に診てもらえ」
「あなたなら何とかできる?」
「原因が分からない。俺が触れば治るという話じゃない」
ノエルは唇を噛んだ。
「……そうよね」
「ハロルド先生に連絡する。本人が来られるなら、まず診察だ」
エルナが伝令を手配した。
ノエルは深く頭を下げた。
「ありがとう」
「礼は、診察を受けてからにしてくれ」
ノエルは診療所への連絡先を書いた紙を受け取り、扉へ向かった。
「……追放した私たちを、助けてくれるの?」
「助けるのは医師だ。俺は、そこにつなぐだけだよ」
「私たち、あのときあなたの話を聞かなかった」
「今はバルトの話を聞いてやれ。具合が悪いなら、強がらなくていいって」
ノエルは紙を握り、深く頭を下げた。
さらにノエルは、声を落とした。
「バルトは、強くなったって言われるたびに休めなくなったの」
マリクは返事に迷った。
「俺にできるのは、原因を決めつけず医師につなぐことだけだ」
「……それでもいい。あいつ、弱いって言われるのを怖がってるから」
ノエルが去ったあと、マリクは施術帳の余白に『休む判断も力のうち』と書いた。
夕方、バルトはガレスに付き添われて診療所へ向かった。
マリクは工房を閉めたあと、ハロルドから報告を受けた。
「震えと動悸がある。脱水も疑われるが、原因はまだ確定できん」
「ゼクトの施術が原因でしょうか」
「時期は重なる。
ただ、それだけで断定はできん。
使われた術の内容も不明だ」
ハロルドは眼鏡を外した。
「まず休養と経過観察だ。必要なら追加で調べる」
「分かりました」
マリクは胸を撫で下ろす一方で、苦い気持ちになった。
バルトは、以前と変わらず近道を探している。
自分を追放したときもそうだった。
役に立たないと決めつけ、もっと便利な仲間を探した。
今度は、役に立ちそうな術師を見つけて飛びついた。
翌朝。
ガレスが工房に現れた。
「……マリク」
「バルトは?」
「休ませている。医師には診てもらった」
「そうか」
ガレスは疲れた顔で椅子に座った。
「俺たちは、お前の代わりを探した」
「知ってる」
「お前を連れ戻せないなら、同じことができる奴を雇えばいいと思った」
マリクは黙って聞いた。
「ゼクトは、脂肪を使って身体能力を高めると言った。俺たちは喜んだ」
「……」
「でも、何をどう変えるのか、誰も聞かなかった」
ガレスは両手で顔を覆った。
「昔と同じだな」
マリクは少しだけ驚いた。
その言葉を、ガレス自身が口にするとは思わなかった。
「使えるか、使えないか。それだけで決めた」
「……ああ」
「お前を追い出したときも、そうだった」
沈黙が流れた。
「マリク。俺たちに、もう一度だけ力を貸してくれないか」
マリクは首を振った。
「パーティーには戻らない」
「分かってる。そうじゃない」
ガレスは顔を上げた。
「ゼクトの術が何なのか、調べる方法を教えてほしい」
それなら、話は違った。
「まず、術師本人に施術内容を説明させる。
何を変えたのか、何を使ったのか。
記録がなければ、それも確認する」
「……それから?」
「医師とギルドに情報を渡す。危険が疑われるなら、ほかの冒険者にも知らせる」
ガレスは頷いた。
「お前が直接、ゼクトと戦う必要はないのか?」
「何で戦うんだよ」
「……そうだよな」
マリクはため息をついた。
「術の安全性は、剣で決めるものじゃない」
ガレスは苦笑した。
「冒険者を長くやっていると、ついそう考えてしまう」
その日の夕方。
ギルドの調査員がゼクトから聞き取りを行った。
ゼクトは脂肪を移す術師ではなかった。
疲労感を一時的に鈍らせる補助魔術を使い、体が軽くなったように感じさせていたという。
術そのものが直ちに危険だと決まったわけではない。
ただし、疲れを感じにくくなる状態で無理な運動をすれば、体への負担に気づくのが遅れる。
「……疲れなくなるんじゃなくて、疲れに気づきにくくなるのか」
リオが呟いた。
「そういう説明だったらしい」
「全然違うじゃん!」
ギルドは宣伝内容の確認が終わるまで、ゼクトの紹介を停止した。
バルトの症状についても、施術との因果関係は調査中となった。
ギルドでは、今回の件を受けて冒険者向けの説明会が開かれた。
施術や補助魔術の効果を宣伝するときは、できることと確認されていないことを分けて説明する。
異常が出た場合は無理に任務を続けず、医師の診察を受ける。
そんな基本的な注意事項だった。
「……当たり前のことばかりですね」
報告を読んだエルナが言った。
「当たり前のことほど、都合が悪くなると忘れるんだろうな」
マリクは答えた。
リオが首を傾げる。
「でも、マリクだって昔は自分のスキルのこと、よく分かってなかったよね?」
「ああ。だから、あいつらを笑えない部分もある」
「……そうなんだ」
「違うのは、分からないと認めるかどうかだと思う」
マリクは研究帳を指さした。
そこには失敗した実験の記録が並んでいる。
「これを隠して成功した話だけ広めたら、俺だって同じことになる」
リオは真剣に頷いた。
「じゃあ、失敗もちゃんと残しておこう」
「頼む」
数日後。
ノエルから手紙が届いた。
『バルトの震えは落ち着いてきました。
医師の指示に従って休んでいます』
『私たちは、また同じ間違いをするところでした』
『今度は、自分たちで考えて進みます』
マリクは手紙を畳んだ。
「返事、書く?」
リオが尋ねた。
「そうだな」
マリクは紙を取り出し、短く書いた。
『無事でよかった。
無理はするな』
それ以上は書かなかった。
戻るつもりはない。
だが、不幸になれとも思っていない。
「……これでいいの?」
「ああ」
リオは少し笑った。
「昔の仲間って、難しいね」
「今の仲間は、もっと簡単だぞ」
「え?」
「困ったら、困ったって言ってくれるからな」
リオは一瞬きょとんとし、それから頬を膨らませた。
「私がいつも困ってるみたいじゃん!」
「違うのか?」
「マリクのせいで困ってるの!」
二人の笑い声が、夕方の工房に響いた。
その頃、王立錬金術研究院では、オルフェンが一冊の古い記録を開いていた。
『生体内の対象を認識する術式は、移動距離よりも境界の識別を重んず』
老人はその一文を指でなぞった。
「……境界、か」
疲労を隠す術と、脂肪を移す術。
まったく別の魔術のはずなのに、どちらも『何を変え、何を変えないか』を見誤れば人を傷つける。
オルフェンはその一文を写し取り、マリク宛ての封筒に入れた。
研究は、まだ知らない境界へ踏み込もうとしていた。




