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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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第三十一話 俺を追放したパーティーが、今さら仲間に戻ってほしいと言ってきました

王都から戻って三日が経った。

脂肪転移工房の朝は、相変わらず忙しかった。

「マリク! 今日の予約、午前中だけで六件!」

リオが受付帳を抱えて駆け込んでくる。

「分かってる。午後は研究の時間を空けてあるだろ?」

「うん。でも、追加の相談が四件も来てる」

「相談はエルナに任せよう。緊急性があるなら医師に連絡してくれ」

「了解!」

リオは元気よく返事をして、受付へ戻っていった。

マリクは机の上に置かれた研究記録を見つめた。

選択転位。

王国最高の錬金術師が口にした、古代錬金術の名称。

自分が使ってきた脂肪転移は、その一部にすぎない可能性がある。

だが、だからといって、すぐに何でも移せるようになるわけではない。

今のマリクにできるのは、相変わらず脂肪を移すことだけだった。

「……研究も進めたいんだがな」

そう呟いたときだった。

「マリクさん」

エルナが扉を開けた。

「面会を希望されている方々がいます」

「予約客か?」

「いえ。冒険者の方々です」

マリクは顔を上げた。

「冒険者?」

「はい。以前、マリクさんと同じパーティーに所属していたとおっしゃっています」

その瞬間、マリクの手が止まった。

「……何?」

「パーティー名は『銀狼の牙』だそうです」

懐かしい名前だった。

いや。

懐かしいというより、二度と聞きたくなかった名前だった。

かつて自分が所属していた冒険者パーティー。

魔物討伐を専門とし、王都でもそれなりに知られていた。

そして、マリクを追放した連中だった。

「……全員か?」

「三名です。リーダーの方もいらっしゃいます」

マリクは静かに息を吐いた。

「分かった。応接室に通してくれ」

エルナが頷いた。

「承知しました」

扉が閉まる。

マリクは椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。

あの日。

『お前のスキルじゃ前線は無理だ』

『悪いな、マリク』

『街で頑張れよ』

笑いながら告げられた追放。

荷物を持たされ、宿から出された。

行く当てもなく、王都の石畳を歩いた。

何十件もの店で仕事を断られた。

そして、ようやく見つけたのが、脂肪転移という能力の使い道だった。

「……今さら何の用だ?」

マリクは立ち上がった。

応接室には、三人の冒険者が座っていた。

リーダーのガレス。

剣士のバルト。

魔術師のノエル。

かつて毎日のように顔を合わせていた仲間たちだった。

だが、三人の姿は以前とは違っていた。

装備は古びている。

ガレスの鎧には傷が増え、バルトの剣の鞘は擦り切れていた。

ノエルのローブも、ところどころ補修されている。

以前のような余裕は感じられなかった。

「……マリク」

ガレスが立ち上がった。

「久しぶりだな」

「ああ」

マリクは向かいの椅子に座った。

「用件は?」

あまりにも素っ気ない返事だった。

ガレスは少し戸惑った。

「……まずは、近況を聞きたくてな」

「見てのとおりだ」

マリクは答えた。

「工房を経営している」

「……すごいな」

バルトが周囲を見渡した。

「噂には聞いていたが、ここまで大きくなっているとは……」

「領主様の後援まで受けているそうじゃないか」

ノエルも口を開いた。

「王宮にも呼ばれたって、本当なの?」

「ああ」

マリクは頷いた。

「それで?」

三人は顔を見合わせた。

最初に口を開いたのは、ガレスだった。

「……実は、頼みがある」

「何だ?」

「俺たちのパーティーに戻ってきてほしい」

マリクは黙った。

ガレスは続けた。

「もちろん、以前と同じ扱いにはしない」

「……」

「今度は正式な幹部として迎える。報酬も優遇する」

バルトが身を乗り出した。

「そうだ! お前の能力があれば、俺たちはもっと上を目指せる!」

ノエルも頷いた。

「王都でも有名になったあなたが加入すれば、依頼も増えると思うの」

マリクは三人を見つめた。

そして、静かに尋ねた。

「……俺が必要なのか?」

「当然だ!」

ガレスが即答した。

「お前の能力は素晴らしい!」

マリクは少しだけ笑った。

「以前は、役立たずだったはずだが?」

ガレスの表情が固まった。

「……あれは」

「完全なハズレスキルだと言っていたよな」

「それは、俺たちが能力を理解していなかったからで……」

「理解しようともしなかった」

マリクは静かに言った。

部屋が沈黙した。

ガレスは言葉を詰まらせた。

「……確かに、そうだった」

「俺が何に使えるか分からないと言ったとき、お前たちはどうした?」

誰も答えなかった。

「一緒に使い道を考えたか?」

沈黙。

「試す時間をくれたか?」

沈黙。

「……違うだろ」

マリクは椅子に背を預けた。

「使えないと決めつけて、追い出した」

ガレスは俯いた。

「……悪かった」

短い謝罪だった。

だが、マリクは表情を変えなかった。

「それで、今度は使えると分かったから戻ってこいと?」

「……そういう言い方をされると」

「違うのか?」

ガレスは答えられなかった。

そのとき、バルトが口を開いた。

「でも、お前だって悪い話じゃないだろ?」

マリクはバルトを見た。

「どういう意味だ?」

「俺たちは冒険者だ。お前の能力を使えば、もっと稼げる」

「……それで?」

「工房なんかに閉じこもってるより、ずっといいだろ!」

マリクの目が細くなった。

「……工房なんか?」

バルトは言葉を止めた。

マリクは静かに続けた。

「ここには、毎日大勢の客が来る」

「……」

「体型に悩む人もいれば、病気で苦しむ人もいる」

「……」

「俺の能力を必要としている人間がいる」

マリクはバルトを見つめた。

「それを『工房なんか』と言うのか?」

「いや、そういう意味じゃ……」

「お前たちは、何も変わっていないな」

その言葉に、バルトは顔を赤くした。

「……何だと?」

ガレスが慌てて止めた。

「バルト、やめろ」

「でもよ!」

「やめろと言っている!」

バルトは舌打ちして椅子に座り直した。

ノエルが小さく口を開いた。

「……マリク」

「何だ?」

「私たち、本当に困っているの」

マリクは黙って聞いた。

「最近、依頼が減って……」

「……」

「以前のように討伐を成功させられなくなっている」

ガレスが続けた。

「魔物の動きが変わったんだ。以前より強い個体が増えている」

「そうか」

「だから、お前の力が必要なんだ」

マリクは首を傾げた。

「脂肪転移で魔物を倒せると思っているのか?」

「いや、直接戦う必要はない」

ガレスは慌てて答えた。

「仲間の体を調整してくれればいい」

「……体を?」

「そうだ。戦闘に適した体型にしてくれ」

マリクはため息をついた。

「筋肉は増やせないぞ」

「……何?」

「脂肪を移すだけだ。剣の腕も、魔力も、反射神経も増えない」

ガレスは黙った。

「それに、無理な施術をすれば体調を崩す」

マリクは続けた。

「戦闘能力が上がる保証なんてない」

「……でも、騎士団の連中には施術したんだろ?」

「本人の希望を確認して、できる範囲でな」

「なら、俺たちにも……」

「客として相談するなら、受付で予約してくれ」

ガレスが目を見開いた。

「……客?」

「ああ」

「仲間だった俺たちを、客として扱うのか?」

マリクは静かに答えた。

「今は仲間じゃないからな」

その一言で、部屋が静まり返った。

ガレスは拳を握りしめた。

「……そこまで言うか」

「事実だろ」

マリクは立ち上がった。

「悪いが、俺は戻らない」

「待ってくれ!」

ガレスが叫んだ。

「条件が不満なら、もっと良くする!」

「条件の問題じゃない」

「報酬は倍にする!」

「必要ない」

「パーティーの副リーダーにしてもいい!」

「興味がない」

ガレスは必死だった。

「なら、何が望みなんだ!?」

マリクは少し考えた。

そして、静かに答えた。

「……今の生活を続けることだ」

ガレスは言葉を失った。

「朝、工房を開ける」

マリクは続けた。

「リオが受付帳を持ってきて、エルナが予約を整理する」

「……」

「カインが施術室を整えて、ミアが客を迎える」

マリクは窓の外を見た。

「そして、俺は自分の能力を必要とする人に施術する」

その声には、迷いがなかった。

「……それが、今の俺の仕事だ」

ガレスは俯いた。

「……俺たちと冒険していた頃より、楽しいのか?」

マリクは少し考えた。

冒険者時代。

魔物を倒したときの達成感。

依頼を成功させた喜び。

仲間と酒を飲んだ夜。

楽しいこともあった。

だが、それ以上に、自分の居場所がないという感覚があった。

戦闘では役に立てない。

報酬を受け取るたびに、申し訳なくなる。

仲間の視線が気になる。

自分は、ここにいていいのだろうか。

いつも、そんなことを考えていた。

「……ああ」

マリクは答えた。

「今の方が、ずっと楽しい」

ガレスは目を閉じた。

その表情には、後悔が浮かんでいた。

「……そうか」

しばらくして、ガレスが立ち上がった。

「……分かった」

バルトが驚いた。

「おい、ガレス!」

「もういい」

ガレスは首を振った。

「マリクは戻らない」

「でも……!」

「俺たちが捨てたんだ」

その言葉に、バルトは黙った。

ガレスはマリクを見た。

「……あのとき、お前の価値を見抜けなかった」

「……」

「それが、俺たちの失敗だった」

マリクは何も言わなかった。

「今さら戻ってこいなんて、都合がよすぎたな」

ガレスは深く頭を下げた。

「……すまなかった」

バルトとノエルも、遅れて頭を下げた。

マリクは静かに頷いた。

「謝罪は受け取る」

ガレスが顔を上げた。

「……許してくれるのか?」

「許すかどうかと、戻るかどうかは別だ」

マリクは答えた。

「俺は戻らない。それだけは変わらない」

ガレスはしばらく黙っていた。

そして、小さく笑った。

「……強くなったな」

「そうか?」

「ああ」

ガレスは頷いた。

「昔のお前なら、俺たちに誘われたら喜んで戻ってきただろう」

マリクは少しだけ考えた。

「……そうかもしれないな」

「でも、今は違う」

「ああ」

マリクは微笑んだ。

「今は、帰る場所があるからな」

三人が帰った後。

リオが応接室に入ってきた。

「……帰っちゃったね」

「ああ」

「本当に断っちゃった」

「当然だろ」

リオは少しだけ笑った。

「ちょっと心配してたんだ」

「何を?」

「マリクが、昔の仲間のところに戻っちゃうんじゃないかって」

マリクは驚いた。

「……何で?」

「だって、冒険者だったんでしょ?」

「そうだな」

「昔の仲間に誘われたら、懐かしくなるかもしれないし……」

マリクはリオを見た。

そして、笑った。

「馬鹿だな」

「なっ!?」

「俺が今さら、ここを捨てるわけないだろ」

リオは目を丸くした。

「……本当?」

「ああ」

マリクは工房を見渡した。

受付帳。

施術室。

研究記録。

働く仲間たち。

そして、毎日訪れる客。

かつて自分には、何もなかった。

誰からも必要とされず、仕事もなく、居場所もなかった。

だが、今は違う。

「……ここは、俺が作った場所だからな」

リオは嬉しそうに笑った。

「……うん!」

そのとき、エルナが扉を開けた。

「マリクさん」

「どうした?」

「新しい面会希望者がいらっしゃっています」

「……今日は多いな」

マリクは苦笑した。

「今度は誰だ?」

エルナは少し困ったように答えた。

「王都の冒険者ギルドからです」

「……ギルド?」

「はい。ギルド長ご本人がお見えです」

マリクは眉を上げた。

「……何の用だ?」

エルナは一枚の書状を差し出した。

そこには、こう記されていた。

『脂肪転移術師マリク殿』

『貴殿の能力を高く評価し、王都冒険者ギルドの特別顧問として招聘したい』

マリクは書状を読み、ため息をついた。

「……また勧誘か」

リオが笑った。

「今度はギルド長だよ!」

「断る」

「まだ話も聞いてないじゃん!」

「だって、忙しいんだよ」

マリクは研究記録を手に取った。

「俺には、やることが山ほどある」

リオは笑いながら首を振った。

「……本当に変わらないね」

マリクは窓の外を見た。

かつて、誰も欲しがらなかった能力。

今では、誰もが欲しがっている。

だが、マリク自身が欲しいものは、もう決まっていた。

名声でも、地位でもない。

ましてや、過去の仲間からの評価でもない。

自分の力を必要とする人々と、自分の意思で働ける場所。

それだけで十分だった。

――かつて俺を捨てた連中が、今さら戻ってこいと言ってきた。

――だが、もう遅い。

俺には、戻る理由が一つもなかった。

ただ、過去のことを話し終えた今なら、彼らが自分の足で立ち直ることを願える。

それと、仲間に戻ることは別の話だ。

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