第三話:価値の所在
女性の胸に付けば「魅力」として受け取られる脂肪も、ひとたびお腹など別の部位に付けば「贅肉」と呼ばれ、否定的に見られがちである。
しかし、本質的には同じ脂肪だ。
胸にある場合には好意的に評価されることが多い一方、腹部に付けば余計なものとして扱われる。
この違いは、実に興味深い。
さらに注目すべきは、女性のふくよかな胸を愛好する、いわゆる「おっぱい星人」と呼ばれる人々でさえ、その脂肪が胸から別の部位へ移った途端、評価を大きく変えてしまうことである。
同じ脂肪なのに、ある場所では魅力となり、別の場所では悩みの種になる。
つまり、脂肪の「存在そのもの」ではなく、「どこにあるか」が、その価値を大きく左右しているのだ。
女性にとっては、脂肪が胸に付くか、それともお腹などの別の部位に付くかによって、外見の印象や自信、時には周囲からの評価まで変わることがある。
男性側にとっても、その違いは女性の魅力を感じる際の一つの要素となる。
もちろん、美しさの基準は人それぞれだ。
胸の大きさだけで女性の魅力が決まるわけではない。
それでも、脂肪の付く場所によって、人の評価が大きく変わるという事実は無視できない。
そして何より重要なのは――。
その脂肪の位置を、自由に変えられる人間がいるということだった。
「それを、“操作できる”としたら?」
マリクは静かに呟いた。
目の前には、すっかり体調を取り戻したリオがいる。
頬には血色が戻り、立ち姿にも芯が通っている。
ほんの少し前まで、路地裏で倒れていたとは思えない。
「……ねぇ」
リオが自分の体を見下ろしながら言った。
「これ、普通じゃないよね」
「ああ」
マリクは即答した。
普通じゃない。
むしろ――異常だ。
脂肪という、誰の体にもあるものの価値を、「場所」ひとつで反転させることができる。
それはつまり・・・。
「価値を、作れるってことだ」
「価値を?」
「そうだ。今まで“余計なもの”だった脂肪を、“欲しがられるもの”に変えられる」
マリクの声は冷静だった。
だが、その奥には、はっきりとした確信があった。
「例えば」
指を一本立てる。
「太ってる人間がいるとする」
「うん」
「そいつの“余分な脂肪”を、本人が望む別の場所に移す」
「……」
リオは一瞬で理解した。
「それって……」
「“痩せる”と同時に、“欲しい形になる”」
ただ減らすだけじゃない。
ただ増やすだけでもない。
“整える”。
それが、このスキルの本質だった。
「……それ、すごくない?」
リオの声に、実感が混じる。
「すごいどころじゃない」
マリクは苦笑した。
「医者でも簡単にはできないことを、俺は一瞬でやってる」
食事制限では実現できない部分的な脂肪の移動。
運動だけでは難しい体型の調整。
時間をかけずに、脂肪の配置そのものを変えられる。
もちろん、筋肉や骨格まで自由に変えられるわけではない。
だが、脂肪に限れば――。
“結果だけ”を、直接引き出せる。
「しかも――」
マリクは少しだけ声を落とす。
「需要がはっきりしてる」
美しさ。
それは、時代や文化によって基準が変わっても、人々の関心から消えることはない。
「……確かに」
リオはゆっくり頷いた。
「私も、さっきまでの自分と今の自分、全然違うって分かるし」
言葉にしなくても分かる変化。
体の軽さ。
立ったときの安定感。
そして――見た目。
何より、もう路地裏で倒れていた頃の自分ではないという実感があった。
「……これ、お金になるね」
はっきりと、リオは言った。
マリクは笑う。
「やっと現実的な話になったな」
「だって現実でしょ?」
リオも笑い返す。
「綺麗になりたい人なんて、いくらでもいるよ」
「だろうな」
むしろ、尽きることがない。
「じゃあさ」
リオが一歩踏み込む。
「どうやって始める?」
その問いに、マリクは少しだけ考え――。
「まずは小さく、だな」
「小さく?」
「ああ。いきなり大きなことはしない」
目立てば、狙われる。
この力は便利すぎる。
だからこそ、危険でもある。
それに、まだ分からないことも多い。
一度に動かせる脂肪の量。
施術による体への負担。
変化した体型が、どれほど維持されるのか。
成功したからといって、何もかも分かったわけではない。
「信頼を積む」
マリクは続けた。
「一人ずつ、確実に」
「……なるほど」
リオは納得したように頷く。
「じゃあ私が最初のお客さん?」
「いや」
マリクは首を振る。
「お前は――」
一瞬、言葉を選ぶ。
そして。
「“看板”だ」
「……え?」
リオが目を丸くする。
「実際に変わった人間がいる。それだけで十分な証明になる」
言葉よりも、結果。
それが一番強い。
「もちろん、お前が嫌なら無理に頼まないけどな」
「……なるほどね」
リオは少し考えてから、笑った。
「いいよ。私が証明してあげる」
「助かる」
「でも、条件がある」
「条件?」
リオは真剣な顔で言った。
「私も、一緒に仕事をしたい」
マリクは少し驚いた。
「仕事?」
「うん。お客さんの案内とか、お金の管理とか。私にもできること、あるでしょ?」
マリクはしばらくリオを見つめた。
路地裏で倒れていた少女が、今は自分から未来の話をしている。
それが、妙に嬉しかった。
「……そうだな」
マリクは笑った。
「じゃあ、頼む」
「うん!」
リオは嬉しそうに頷いた。
二人は顔を見合わせる。
つい先ほどまで、路地裏で出会っただけの関係。
だが今は違う。
互いに役割を持ち、同じ未来を目指す仲間になろうとしていた。
「……行くか」
マリクが立ち上がる。
王都の喧騒が、遠くから聞こえてくる。
「どこに?」
「決まってるだろ」
マリクは口元を歪めた。
「“金になる場所”だ」
「……なんだか悪い商人みたい」
「商売するんだから、間違ってないだろ」
「でも、困ってる人を助けるんでしょ?」
「ああ」
マリクは頷いた。
「困ってる人を助けて、正当な報酬をもらう。それが一番だ」
リオは満足そうに笑った。
「じゃあ、最初のお客さんを探しに行こう!」
二人は並んで歩き出した。
かつて完全なハズレと笑われたスキル。
その力が、初めて誰かの役に立った。
そして今度は、誰かの願いを叶える仕事になろうとしている。




