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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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第二十八話 王女様の願いは痩せることではありませんでした

「……自分で将来を選びたい」

クラリス王女は、もう一度そう言った。

マリクは静かに頷いた。

「それが、本当の願いなんですね」

「……はい」

王女は恥ずかしそうに目を伏せた。

「笑われるかもしれません。王族に生まれた以上、国のために生きるのが務めですから」

「笑いませんよ」

マリクは答えた。

「俺も昔、自分の生き方を他人に決められました」

クラリスが顔を上げた。

「……あなたが?」

「はい。ハズレスキルだから役に立たないと言われて、パーティーを追放されました」

王女は目を丸くした。

「このような素晴らしい力をお持ちなのに?」

「そのときは、誰も素晴らしいと思っていませんでした」

マリクは小さく笑った。

「俺自身も、何に使えるのか分かっていませんでしたから」

リオが頷いた。

「最初は、仕事もなかったんだよ」

「……そうなのですか」

クラリスは驚いたように二人を見た。

「それが、今では領主様から後援を受ける工房に……」

「運がよかった部分もあります」

マリクは答えた。

「でも、追放されたおかげで、自分の力をどう使うか考えるようになりました」

王女はしばらく黙っていた。

「……私にも、考えることは許されるのでしょうか」

マリクは首を傾げた。

「考えるのに、許可が必要なんですか?」

リオが思わず笑った。

「マリク、王女様にそんな言い方!」

「……失礼しました」

だが、クラリスも笑っていた。

「いいえ。初めて言われました」

その笑顔は、先ほどまでのものとは違っていた。

マリクは続けた。

「俺は政治のことは分かりません。王族の責任も、簡単には語れません」

「……はい」

「でも、殿下が何を望んでいるかを、誰かに伝えることはできると思います」

クラリスは困ったように微笑んだ。

「父上は、とてもお忙しいのです」

「では、手紙はどうでしょう」

「手紙……」

「言葉にしにくいなら、書いて渡す方法もあります」

王女は少し考えた。

「……それなら、できるかもしれません」

クラリスが帰った後、リオは椅子を元に戻した。

「王女様でも、自分の願いを言うのは難しいんだね」

「立場が高いほど、先に周りが答えを用意してしまうのかもしれない」

マリクは空白の施術票をしまった。

そこには魔術を使った記録が一つもない。

それでも、本人が初めて口にした願いだけは、二人の記憶に残った。

リオが身を乗り出した。

「私、手紙を書くのを手伝おうか?」

クラリスは驚いた。

「あなたが?」

「うん。私も、伝えたいことがうまく言えないときがあるから」

リオは照れくさそうに笑った。

「そういうときは、一回紙に書くんだ」

王女は静かに頷いた。

「……ありがとうございます」

その日の施術は行われなかった。

代わりに、三人は王女の願いを整理した。

縁談をすぐに拒絶したいわけではない。

相手の人柄も知らないまま、将来が決まってしまうことが怖い。

できれば直接会って話し、自分の考えを伝えたい。

「……これなら、父上にも伝えられそうです」

クラリスは書き上げた紙を見つめた。

「よかったです」

マリクが答える。

「でも、本当にこれでいいのでしょうか」

王女が不安そうに尋ねた。

「私は、美しくなるためにあなたを呼んだのです」

「必要なら、後日また相談してください」

マリクは答えた。

「ただし、殿下自身が望む場合に限ります」

クラリスは小さく頷いた。

「……はい」

王宮を出るとき、侍女が不思議そうに尋ねた。

「施術は終わったのですか?」

「いいえ」

マリクは答えた。

「今日は相談だけです」

侍女は目を丸くした。

「王女殿下がお呼びになったのに?」

「はい」

リオが笑った。

「でも、すごく大事な相談だったよ」

侍女は納得できない様子だったが、それ以上は尋ねなかった。

帰りの馬車で、エルナが口を開いた。

「……今日の件、王宮から何か言われるかもしれませんね」

「そうだろうな」

「怖くないんですか?」

「少しは」

マリクは窓の外を見た。

「でも、本人が望んでいない施術をして、あとで後悔する方が怖い」

リオが頷いた。

「王女様、最後は笑ってたね」

「ああ」

「脂肪を移さなくても、人って変われるんだね」

マリクは小さく笑った。

「最近、そればっかりだな」

「いいことじゃない?」

「そうだな」

工房に戻ると、エルナはすぐに相談記録を整理した。

「王宮の内容は、厳重に保管します」

「頼む」

「それから、施術料金はどうしますか?」

マリクは考えた。

「相談料だけでいい」

「承知しました」


翌日。

王宮から使者が訪れた。

マリクは少し身構えた。

「……何か問題が?」

使者は首を振った。

「国王陛下より、礼状を預かっております」

「……礼状?」

マリクが受け取った手紙には、短い文章が記されていた。

『娘が、自分の考えを初めて私に伝えた』

『父として、その勇気を嬉しく思う』

『縁談については、本人の意向を聞いたうえで改めて判断する』

マリクは息を吐いた。

「……よかった」

使者は続けた。

「なお、陛下はあなたの施術についても関心をお持ちです」

「……そっちもですか」

「特に、医師と共同で安全性を調べている点を評価されています」

マリクは少し驚いた。

「そこまで伝わっているんですね」

「王都では、すでに有名な話です」

使者が帰ると、リオが飛び跳ねた。

「王様からお礼の手紙だよ!」

「そうだな」

「額に入れて飾ろうよ!」

「それはちょっと……」

エルナが笑った。

「保管しておきましょう。大切な書類ですから」


数日後、クラリスからも手紙が届いた。

『父上と話すことができました』

『縁談のお相手とは、まず互いの考えを知る機会を設けることになりました』

『自分の希望を伝えるのは怖かったですが、伝えてよかったと思います』

最後には、こう書かれていた。

『私が変えたかったのは、体型ではなく、何も言えない自分だったのかもしれません』

リオは手紙を読み、目を潤ませた。

「……よかったね」

「ああ」

マリクは頷いた。


その日の夕方、ハロルドが工房を訪れた。

「マリク殿。王宮でのことを聞きました」

「もう広まってるんですか」

「内容までは知りません。ただ、施術を断ったと聞いて、感心している医師もおります」

ハロルドは微笑んだ。

「それで、別件なのですが」

「はい」

「王立錬金術研究院から、あなたに会いたいという方が来ています」

マリクは首を傾げた。

「……錬金術?」

「ええ。王国でも指折りの研究者です」

リオが目を輝かせた。

「すごい人?」

「とても」

ハロルドは頷いた。

「ただし、少々変わった方でして」

そのとき、工房の扉が勢いよく開いた。

「脂肪を移す魔術師は、ここか!」

白い髭を伸ばした老人が、興奮した様子で立っていた。

「見つけたぞ! 百年ぶりの大発見かもしれん!」

マリクはリオを見た。

「……面倒な人が来たな」

リオは笑った。

「最近、それも多いね!」

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