第二十七話 王宮から一通の招待状が届きました
「……王宮って、あの王宮?」
リオが三度目の質問をした。
「この国に王宮が二つあるなら、別かもしれないな」
「もう! 真面目に答えてよ!」
マリクは笑いながら招待状を広げた。
『王女殿下のご意向により、脂肪転移術師マリク殿を王宮へ招く』
文面は短い。
日時、入城口、同行者の人数。
そして、施術の実施は当日の相談後に判断する、と記されていた。
「……王女様か」
マリクは呟いた。
「やっぱり美容の相談かな?」
リオが尋ねる。
「分からない。招待状には書いてない」
エルナが書類を確認した。
「同行者は二名までです。私とリオさんでよろしいでしょうか」
「いいの?」
リオが驚く。
「もちろんです。マリクさん一人では、予約条件の確認が心配ですから」
「……信用ないな」
「ありません」
エルナが即答した。
「そこは少し迷ってくれないか」
翌日、三人は王宮へ向かった。
石畳の大通りを進む馬車の窓から、リオが外を眺めている。
「わあ……。建物がどんどん大きくなる」
王都の中心へ近づくほど、街並みは整っていった。
広い通り。
立派な店。
装飾の施された門。
やがて、王宮の外壁が見えた。
「……でかいな」
マリクが呟く。
「感想、それだけ?」
「ほかに何を言えばいい?」
「もっと感動するとか!」
エルナが小さく笑った。
「緊張していないようで、安心しました」
「緊張はしてるぞ」
「そうは見えません」
門の前で招待状を示すと、衛兵が三人の身元を確認した。
荷物の検査を終え、案内役の侍従に従って宮殿へ入る。
床には磨かれた石。
天井には大きな絵。
窓から差し込む光が、長い廊下を明るく照らしていた。
リオは何度も足を止めそうになった。
「……ここ、歩いていいのかな」
「招待されたんだから、いいだろ」
「でも、床が光ってる!」
「踏んだら壊れるわけじゃない」
エルナが小声で注意した。
「お二人とも、少しだけ静かに」
応接室で待つことになった三人の前に、侍女が茶を運んできた。
「王女殿下は、まもなくお見えになります」
扉が閉まると、リオがマリクの袖を引いた。
「……ねえ、何を頼まれても引き受けるの?」
「いや」
「王女様でも?」
「王女様でも」
マリクは答えた。
「本人が望んでいないことや、危険なことはできない」
エルナが頷いた。
「その方針を確認できて安心しました」
やがて、扉が開いた。
「お待たせしました」
入ってきたのは、十代後半ほどの少女だった。
淡い金色の髪を結い、薄紫のドレスを着ている。
後ろには侍女が二人。
「王女、クラリスと申します」
三人は立ち上がって礼をした。
「脂肪転移術師のマリクです」
「リオです!」
「工房の事務を担当しております、エルナと申します」
クラリスは微笑んだ。
「どうぞ、楽になさって」
マリクたちは椅子に戻った。
「お呼びいただき、ありがとうございます」
マリクが言うと、王女は首を振った。
「こちらこそ。遠いところを来ていただきました」
その言葉は穏やかだった。
だが、どこか疲れているようにも見えた。
「ご相談の内容を伺ってもよろしいですか?」
マリクが尋ねる。
クラリスは一瞬、侍女たちを見た。
「……体型についてです」
「はい」
「私を、美しくしていただきたいのです」
リオは姿勢を正した。
「どのあたりを変えたいのでしょうか」
マリクが尋ねると、王女は答えなかった。
「……それは、あなたに判断していただきたいのです」
マリクは少し考えた。
マリクの脳裏に、かつて工房を訪れたセシリアの姿が浮かんだ。
彼女もまた、自分の望みではなく、周囲の期待に合わせて体を変えようとしていた。
「王女殿下」
「はい」
「施術を受けたいのは、殿下ご自身ですか?」
王女の表情がわずかに揺れた。
「……どういう意味でしょう」
「誰かに言われて来られたのではないか、という意味です」
侍女の一人が顔を上げた。
「マリク殿。そのような質問は……」
クラリスが手を上げた。
「構いません」
王女は静かにマリクを見た。
「……私がお願いしたことです」
「分かりました」
マリクは頷いた。
「では、今の体のどこに困っているのか、教えてください」
王女は視線を落とした。
「……困っている、というほどではありません」
「そうですか」
「ですが、もっと美しくならなければならないのです」
その言葉に、マリクは引っかかった。
「ならなければ、ですか」
王女は唇を結んだ。
「……そうです」
マリクは無理に続きを聞かなかった。
「今日は、施術せずにお話だけ伺ってもいいですか」
王女は驚いた。
「施術をしないのですか?」
「まだ希望がはっきりしていませんから」
侍女たちが顔を見合わせた。
「王女殿下のご依頼を、お断りになると?」
年配の侍女が尋ねる。
「断るかどうかも、まだ決めていません」
マリクは答えた。
「話を聞かずに体を変える方が、失礼だと思います」
王女はしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑った。
「……不思議な方ですね」
「よく言われます」
リオが小声で呟いた。
「今日も初めてじゃない?」
マリクは聞こえないふりをした。
クラリスは侍女たちに目を向けた。
「少しだけ、皆さんに席を外していただけますか」
侍女たちは戸惑ったが、王女の言葉に従った。
エルナも立ち上がりかけたが、王女が首を振った。
「工房の方々は、そのままで」
扉が閉まる。
クラリスは長く息を吐いた。
「……本当は、誰にも言いたくなかったのです」
マリクは施術の説明書を机の端へ寄せた。
「答えを急がなくて構いません。ここでは何も決めずに帰ることもできます」
クラリスは驚いたように紙を見た。
「王宮では、答えを出さずに帰ることは許されません」
「なら、今日はそれを試してみましょう」
王女はようやく肩の力を抜いた。
マリクは黙って待った。
「来月、隣国の使節団が来ます」
「はい」
「その中に、私の縁談の相手として名前が挙がっている方がいます」
リオが息を呑んだ。
「……縁談?」
王女は頷いた。
「まだ正式な婚約ではありません。ですが、宮廷ではすでに話が進んでいます」
クラリスは自分の手を見つめた。
「皆が言うのです。相手に気に入られるよう、美しく振る舞いなさい、と」
マリクは静かに尋ねた。
「殿下は、その縁談を望んでいるのですか?」
クラリスは答えなかった。
その沈黙が、何より雄弁だった。
「……私の希望など、誰も聞きません」
リオの表情が曇った。
クラリスは無理に笑った。
「だから、せめて自分の姿だけでも、皆が望むものに近づけようと思ったのです」
マリクは王女を見つめた。
「……それで、幸せになれそうですか?」
王女は目を見開いた。
長い沈黙のあと、小さく首を振った。
「……分かりません」
マリクは頷いた。
「なら、今日は施術しない方がいいと思います。お望みが決まってから、改めて選んでください」
クラリスは目を伏せた。
「……やはり、そうですか」
「ただ、もう一つ相談があります」
王女が顔を上げた。
「何でしょう」
「殿下が本当に望んでいることを、聞かせてもらえませんか」
クラリスは驚いたように彼を見た。
「……私が、望んでいること?」
「はい」
王女はしばらく考えた。
そして、誰にも聞かせたことのない願いを口にした。
「……私は、一度でいいから、自分で将来を選んでみたいのです」
クラリスは初めて、まっすぐにマリクを見た。
「選べるかどうかは、まだ分かりません。でも、選びたいと言うことまで、諦めたくありません」
マリクは頷いた。
「願いを口にすることまで、諦めなくていいと思います。ただ、将来を決めるのは俺ではありません。殿下が選べるよう、話を聞くことならできます」
その声は小さかった。
だが、マリクには、はっきり聞こえた。




