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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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第二十四話 王都の医師が脂肪転移を調べにきました

「……三人?」

マリクは応接室の前で足を止めた。

「はい」

エルナが答えた。

「ハロルド先生を含めて、医師が三名いらっしゃっています」

「一人じゃなかったのか」

「研究のために、同僚の先生方をお連れになったそうです」

リオが小さく笑った。

「なんだか、すごいことになってきたね」

「……俺はただの脂肪転移術師なんだが」

「もう『ただの』じゃないと思うよ」

マリクはため息をついた。

応接室に入ると、三人の医師が立ち上がった。

ハロルド。

その隣には、眼鏡をかけた若い医師。

そして、白髪の女性医師がいた。

「マリク殿。お時間をいただき、ありがとうございます」

ハロルドが頭を下げた。

「こちらこそ」

マリクは椅子を勧めた。

「今日は、何を調べるんです?」

ハロルドは一冊の帳面を取り出した。

「まず、あなたの能力について、分かっていることを整理したいのです」

「なるほど」

若い医師が口を開いた。

「私はダリオと申します」

「マリクです」

「早速ですが、脂肪を移す際、魔力はどの程度消費しますか?」

「量によります」

「量?」

「移す脂肪が多いほど、魔力を使う感覚があります」

ダリオは素早く書き込んだ。

「距離は関係しますか?」

「同じ体の中なら、あまり違いを感じません」

「別の人間へ移すこともできるのですか?」

「いいえ。別人への転移はできません。同じ人の体内で位置を変えるだけです」

「なるほど……」

白髪の女性医師が尋ねた。

「移した脂肪は、元の脂肪と同じ性質なのでしょうか」

マリクは少し考えた。

「……分かりません」

「分からない?」

「はい。見た目は普通の脂肪ですが、細かいことは調べたことがありません」

女性医師は頷いた。

「正直な回答で結構です」

「ありがとうございます」

「私はエレナと申します。主に栄養状態の悪い患者を診ています」

「栄養状態……」

マリクは思い出した。

数日前、工房に来た母親。

痩せた娘のために施術を希望していた。

「……ちょうど、相談が来ています」

マリクは説明した。

食事が十分に取れない少女。

体が細く、体力も落ちているという。

エレナの表情が真剣になった。

「……それは慎重に考える必要がありますね」

「脂肪の位置を変えれば、少しは元気になるんでしょうか」

マリクが尋ねる。

ハロルドは検査表を裏返し、少女の母親に向き直った。

「この数字だけで、明日よくなるとは約束できません」

母親の顔が曇る。

「ですが、食べられた量と体調の変化を一緒に見ていけば、次に何をするべきか判断できます」

マリクは魔術の説明を始めかけ、口を閉じた。

いま必要なのは新しい術の宣伝ではなく、医師と家族が同じ記録を見られることだった。

エレナは首を振った。

「必ずしもそうではありません」

「……そうなんですか」

「脂肪は、体のエネルギーを蓄える重要な組織です。しかし、栄養不足の問題はそれだけではありません」

エレナは続けた。

「筋肉、血液、内臓の働き。体を維持するには、さまざまな栄養が必要です」

マリクは頷いた。

「つまり、脂肪だけ増やしても……」

「根本的な解決にはならない場合があります」

リオが不安そうに尋ねた。

「じゃあ、助けられないんですか?」

エレナは優しく答えた。

「そう決まったわけではありません」

「……え?」

「大切なのは、何が原因で食事を取れないのか調べることです」

マリクは考え込んだ。

「……なるほど」

ハロルドが口を開いた。

「そこで、提案があります」

「何でしょう」

「あなたの施術を、段階的に検証したいのです」

マリクは頷いた。

「どういう方法です?」

「まず、健康状態に大きな問題がなく、施術を希望する成人の協力を得ます」

「はい」

「施術前後の体重、体調、食事、活動量を記録します」

「なるほど」

「そのうえで、どのような変化が起きるのか確認するのです」

マリクは少し考えた。

「……施術量は少なめにした方がいいですね」

「同感です」

ハロルドが頷いた。

「安全性を確認しながら進めましょう」


その日の午後。

最初の協力者が訪れた。

三十代の男性。

健康状態に大きな問題はなく、以前から腹部の脂肪を少し減らしたいと希望していた。

「本日は、施術と同時に記録を取らせていただきます」

ハロルドが説明する。

「分かりました」

男性は頷いた。

「痛みはありますか?」

「通常はありません。ただし、体調に変化があればすぐに知らせてください」

マリクが答えた。

男性は寝台に横になった。

マリクは腹部に手を当てる。

意識を集中する。

脂肪の位置。

移動先。

移動量。

慎重に確認しながら、少量ずつ移していく。

「……どうです?」

マリクが尋ねる。

「特に変わりありません」

男性が答えた。

ハロルドは記録を取った。

ダリオは魔力の変化を観察している。

エレナは男性の顔色と呼吸を確認していた。

施術は短時間で終わった。

「……終わりです」

マリクが手を離す。

男性はゆっくり起き上がった。

「おお……」

腹部の輪郭が、わずかに変わっていた。

「確かに、少し減っていますね」

ハロルドが頷いた。

「体調はいかがですか?」

「問題ありません」

「では、しばらく休んでからお帰りください」

男性は満足そうに笑った。

「ありがとうございます」

その後。

医師たちは記録を確認した。

「……興味深いですね」

ダリオが呟く。

「何がです?」

マリクが尋ねる。

「施術前後で、体重がほとんど変わっていません」

「同じ体の中で移しただけですからね」

「ええ。理屈としては分かります」

ダリオは続けた。

「しかし、魔術で体内の組織を移動させるという現象自体が、非常に珍しいのです」

マリクは首を傾げた。

「……そうなんですか?」

「普通の治癒魔術は、傷を塞いだり、回復を助けたりするものです」

「はい」

「ですが、あなたの術は、組織の位置を直接変えている」

ダリオは目を輝かせた。

「これは、まったく別の系統かもしれません」

ハロルドが頷いた。

「ただし、まだ一例です」

「そうですね」

マリクも頷いた。

「一回うまくいったからといって、安全だとは言えません」

エレナが微笑んだ。

「その姿勢は大切です」

その日の夕方。

医師たちが帰る準備をしていたとき。

エレナがマリクを呼び止めた。

「……少し、よろしいでしょうか」

「はい」

「先ほどお話しされていた、痩せた少女のことです」

マリクの表情が変わった。

「何か分かりましたか?」

「まだ詳しいことは分かりません」

エレナは答えた。

「ですが、私も診察に協力したいと思います」

「本当ですか?」

「ええ」

マリクは深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

エレナは静かに微笑んだ。

「お礼は、まだ早いですよ」

「……そうですね」

「まずは、少女の状態を確かめましょう」


翌日。

母親が、少女を連れて工房を訪れることになった。

マリクは窓の外を見つめた。

今までの依頼人は、ほとんどが自分の体型を変えたい人々だった。

美しくなりたい。

自信を持ちたい。

誰かに認められたい。

それらも、大切な願いだった。

だが、次に来る少女の願いは違う。

もっと切実で、もっと単純なものかもしれない。

ただ、元気になりたい。

その願いに、脂肪転移は応えられるのか。

マリクには、まだ分からなかった。

ただ、今度は一人ではない。

医師がいる。

仲間がいる。

そして、助けたいと思う気持ちがある。

マリクは静かに拳を握った。

「……できることを、全部考えよう」

リオが隣で頷いた。

「うん」


翌朝。

工房の扉が開いた。

そこに立っていたのは、母親に手を引かれた、小さな少女だった。

細い腕。

青白い顔。

そして、疲れ切った目。

少女はマリクを見上げた。

「……お兄ちゃん」

「何だい?」

「……わたし、元気になれる?」

マリクは一瞬、言葉を失った。

だが、すぐに膝を折り、少女と目線を合わせた。

「……俺だけでは答えを出せない。でも、お医者さんと一緒に、できることを探そう」

少女は小さく頷いた。

その手は、驚くほど細かった。

そしてマリクは、このとき初めて知ることになる。

脂肪を移せることと、人を救えることは、同じではない。

その違いを理解したとき、彼の魔術は新たな意味を持ち始めるのだった。

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