第十七話:人を雇う
夕方――
工房の前に、一枚の紙が貼り出された。
《人員募集 急募》
・受付業務(来客対応・順番管理)
・簡単な補助作業(清掃・準備)
・日当支給/能力に応じて昇給
・面接来訪者には手当支給
※誠実な者に限る
「……雑だな」
マリクが一言。
「いいのいいの。まずは来させることが大事」
リオは気にした様子もない。
「どうせ条件でふるいにかけるんでしょ?」
「当然だ」
即答だった。
翌朝。
工房の前には、すでに列ができていた。
「……早いな」
マリクが小さく息をつく。
「昨日“ここまで”って言ったのにね」
「むしろ増えてるよこれ」
リオの言葉通り、列は昨日より整然としていた。
並び慣れている――完全に“通う前提”の動き。
「……もう限界だな」
「うん。だからやるしかない」
午前は最低限の対応。
数人のみ施術し、残りはすべて断る。
「働き口があると聞いて」
「受付ならできます」
「商会で帳簿つけてました」
人員募集の件の応募者は想像以上に集まった。
だが――
マリクは一人一人をじっと見る。
話を聞き、仕草を観察し、わずかな違和感も逃さない。
「……次」
淡々と、容赦なく切り捨てていく。
「厳しくない?」
横でリオが小声で言う。
「普通こんな落とす?」
「ここは“普通”じゃない」
短く、断定的に。
「金も、人も、全部集まる場所になる」
「……うん」
「だから、変なのは入れない」
最終的に残ったのは三人。
落ち着いた口調の女性。
手際の良い若い男。
無口だが観察力のある少女。
「名前は?」
「エルナです」
「カイン」
「……ミア」
「今日から来れるか」
「はい」
「問題ない」
「……大丈夫」
迷いのない返事。
「なら、やることは簡単だ」
マリクは短く指示を出す。
「列の管理」
「順番の記録」
「無理な要求は弾け」
「えっ、弾いていいんですか?」
エルナが驚く。
「ああ。ここは“全部受ける場所”じゃない」
リオがにやりと笑う。
「ほらね、言ったでしょ」
「……ほんとにやるんだ」
カインが苦笑した。
午後。
体制が変わる。
「次の方どうぞ」
「番号札をお持ちください」
「本日の受付はここまでです」
声が整理され、流れが生まれる。
混乱が、消えた。
「……回るな」
マリクが呟く。
「でしょ?」
リオが胸を張る。
「これが“人を使う”ってこと」
施術室の精度は変わらない。
だが外は、まるで別の場所のように整っていた。
「すごい……全然違う」
客の驚きが、それを証明していた。
待ち時間はある。
だが不満は少ない。
理由が、見えるからだ。
夕方。営業終了。
「……疲れたー!」
リオが大きく伸びる。
「でもいままでより楽!」
「俺もだ」
外を見る。
もう列はない。
きちんと“終わっている”。
それが、何よりの成果だった。
昼間の喧騒が嘘のように消えた工房。
静寂の中で、リオがぽつりと言う。
「でも今日は違った」
「止まらなかった」
「……ああ」
マリクも頷く。
「本日の集計、出ました」
エルナが帳簿を差し出す。
「受付数、制限内で安定。無断割り込みはゼロです」
「番号札の管理も問題なしです」
カインが続く。
「……トラブル、五件」
ミアが小さく報告する。
「四件は無理な要求。もう一件は順番無視」
「どう処理した」
「……弾いた」
一瞬の沈黙。
そして――
「いい。それでいい」
マリクは迷わず頷いた。
ミアの目が、わずかに細まる。
「ちゃんと“工房”っぽくなってきたね」
リオが笑う。
「まだだ。これは入口だ」
「えー、厳しい」
「基準は下げない」
マリクは椅子に腰を下ろし、静かに言った。
「明日から、もう一つ追加する」
「なに?」
「事前申告だ」
三人の新人が顔を上げる。
「来た時に希望内容を書かせる」
「内容ごとに順番を調整する」
「軽い施術はまとめる」
「重いものは時間を確保する」
それは――完全な“運用”だった。
「……効率化か」
カインが呟く。
「無駄を削る」
エルナが続く。
「……詰まる場所、消す」
ミアが小さく言う。
「そうだ。回すための形を作る」
リオが腕を組む。
「なんかさ」
「“工房”っていうより、“仕組み”になってきてない?」
「最初からそのつもりだ」
「聞いてないんだけど?」
「言ってないからな」
小さな笑いが生まれる。
外はすっかり夜。
だが工房の中には、まだ熱が残っていた。
人が動き、
考えが巡り、
形が変わっていく。
「忙しくなるね」
リオがぽつりと言う。
「もうなってる」
マリクは短く返し、そして続けた。
「ここからは、“増やす側”だ」
人も、金も、依頼も。
流れ込むものを受けるだけではない。
選び、整え、拡張する。
小さな工房は今――
確実に、“次の段階”へと進み始めていた。




