十二章 再会 06
『クラウディアが心配しているから顔だけ見せて欲しい』
そう言われ、執務室側に呼ばれた有紗だったが、ディートハルトの目的は発言通りクラウディアに顔を見せる事だけだったようで、早々に寝室に追いやられた。
(クラウディア殿下とお話したかったな……)
有紗はため息をつく。
ディートハルトの独占欲のあらわれかもしれないが、こういう行動を取られるのは少し不愉快だ。
爆撃を受けて、不安になったであろう修道院の皆がどうしているのか気になる。
また、ずっと有紗の逃亡生活を助けてくれたビアンカの処遇も。
ディートハルトは何もしないと約束してくれた。その約束を破るとは思っていないが、自分の目でも見届けないと、不安は解消されそうにない。
彼とクラウディアは、何の話をしているのだろう。
あまりにも気になったので、有紗はドアに張り付き聞き耳をたててみた。
だが、残念ながら何も聞こえなかった。
執務室と寝室の間の壁は結構薄い。何を言っているのかまでは聞き取れなくても、隣で誰かが会話していたら音でわかる。少なくとも一年前ここで過ごしていた時はそうだった。
有紗は怒られるのを覚悟してドアノブを回してみた。硬すぎて全く動かなかった。
(結界?)
以前は大事な会議があるとかで、絶対に隣に来ないように言い渡された事が何度かあった。
『結界を強化して密閉するから、ドア自体が動かなくなるけど、そういう事だから怖がらないで』
確かこんな風に言われた気がする。
(私に聞かせたくない話をしているのね……)
察した有紗は、諦めてベッドに移動し、シーツに突っ伏した。
◆ ◆ ◆
閉ざされたドアが開いたのは、それから三時間ほどが経過してからだった。
「アリサ、ちょっとこっちに」
執務室側からディートハルトに手招きされ、移動すると、テーブルと床に大量の箱が積み上げられていた。
「アリサが修道院で使っていたものだよ。クラウディアに持ってきてもらった。丸投げして悪いんだけど、これを寝室側に運んで整頓して貰えないかな? 本当は一緒にやりたいんだけど、まだやる事がいっぱいあって……」
「わかりました」
「できる範囲でいいよ。どう考えても全部収納するのは無理だ」
試しに手前にあった箱を開けてみると、見覚えのある本や楽譜が詰め込まれていた。
「処分して良さそうなものもあるので、分別しますね」
「助かるけどいいの?」
「初歩の楽譜や古いノートはいらないかな……」
修道院内の有紗の荷物が全て運び込まれていたとしたら、出来がいいとは言えない手芸作品も紛れ込んでいるはずである。
「食事の時間にはなるべく戻って来る。捨てていいものはわかるようにしておいて欲しい」
そう告げると、ディートハルトは執務室を出て行った。
本を整理する時のネックは、お気に入りの本を久し振りに見つけたら、つい手に取って読んでしまう事である。
その状況に陥っていた事に気付いた有紗は、ハッと我に返って本を閉じた。
(こんな事してたら、いつまでも終わらないわ……)
有紗は反省しながら作業に戻る。明らかに寝室の本棚には入りきらないのだが、いるものといらないものに分けて、必要な本だけを箱にサイズ順に並べたら、最初よりも随分とすっきりした。
一つ目の箱の分類が終わったので、有紗は次の箱に取り掛かろうとした。そして気付く。床に封筒が落ちていた。
(本から落ちたのかな……?)
だが全く心当たりがない。有紗は眉をひそめながら封筒を手に取った。
洗練されたデザインの封筒からは、覚えのある香りが漂ってきた。
(これ、クラウディア殿下の匂いだ……)
ディートハルトもいい匂いがするが、クラウディアはそれ以上だ。
華やかな美女である彼女は、香水だと思うのだが薔薇の香りをいつも身にまとっている。
有紗は封筒を開けてみた。すると、中から手紙と魔術符が出てきた。魔術符は、破るとあらかじめ仕込んでおいた魔術が発動する、使い捨ての魔道具だ。
手紙には、クラウディアの筆跡で、『アリサへ 手元に届いたら使って』と書かれていた。
(クラウディア殿下からなら悪いようにはならないよね……)
有紗は少し迷うが破り捨てる。すると――。
《良かった! アリサ、手元に手紙が届いたのね! 聞こえる?》
破り捨てた紙片からクラウディアの声が聞こえてきた。
「殿下!? これってもしかして通信魔術ですか?」
《そうよ。あの馬鹿、アリサとまともに話をさせてくれなかったから。ダメ元で仕込んでおいたの。無事見つからずにあなたに届いて良かったわ。けど、あまり長持ちはしないの。五分くらいかな。見つかっても時間切れになっちゃうから、手短に用件だけ話すわね》
時間制限があるせいか、クラウディアは早口だった。
《結界が壊れる前にディートが来てくれたから、皆無事よ。ビアンカも大丈夫だから安心して》
「私を助けたせいでその後の出世に響くとかはないですか?」
《大丈夫よ。近々王都で再会できると思う。ディートはビアンカをあなたの侍女にするつもりみたい》
有紗は目を丸くした。
《ディートが軍務に就いている間、あなたにはどうしても生活をサポートする人間がいるでしょう? 気心の知れた人が傍にいたほうがいいだろうって》
「それはそうですけど……」
《あいつ、あなたに夢中なのは間違いないと思う。あなたをどうにか妃にできないかって、私に相談してきたの》
「ええっ!」
有紗は更に驚く。
《正式な妃にしようと思ったら位階がいる。三年ディートから逃げ切れば貴族にするという話がお父様からあったけど、あれは、ディートが子を設けるのが前提だったからね……。奉魔の義務を果たせないあなたを貴族にするのは難しいと思う》
「……そうでしょうね」
《この件は口止めされているから、ここだけの話にしてね。期待を持たせておいてダメだったらあなたを傷付けるかもって、あいつ私に言ったのよ》
クラウディアは苦笑いを浮かべた。
《あの子を信じてあげて欲しいの。でも、もし何かあったら私に連絡して。手段は考えてビアンカに託しておくわ。もしあいつがあなたに飽きるような事があれば、ここに戻って……》
発言の途中で声が途切れた。その直後、ドアが勢いよく開き、ディートハルトが現れた。
「変な魔力を感知したから来てみたら……。アリサ、それは何?」
息を切らしながら、彼は険しい目を有紗の手の中の魔術符に向けてくる。
「荷物の中に入ってました。使ったらクラウディア殿下と通信が……」
「あの性悪……よくも人の目を盗んでコソコソと……」
ディートハルトはこちらにやってくると魔術符をひったくって火の魔術で燃やした。
「クラウディア殿下は私を心配して下さったんです」
「何を吹き込まれた」
「何をって……。修道院の人達の事とか、ビアンカの事とか……」
(妃の事は伏せておいた方がいいよね)
下手に口走ってクラウディアに迷惑がかかったら申し訳ない。
「……あの、ビアンカが私の侍女になるって本当ですか?」
「……アリサが気にかけてたから。もう一人の男も軍での立場が悪くなるような事はしない」
「ゲオルグの事ですか?」
ディートハルトは頷いた。
(何なの……)
いずれ自分はディートハルトの屋敷に移される。
そうなったら、彼に飽きられた時の備えをしようと思っていた。そんな自分が薄汚く思えた。
出会ったばかりの頃の、酷い行動の数々は、きっと永遠に許せない。
今も、クラウディアとの連絡を妨害されて気分が悪い。
でも、なんだか許せてしまう。
行動からちらほらと覗く子供っぽさのせいだろうか。理想的に整った外見に、この性格が入っているのは反則だ。
王子様として生まれて、周りに傅かれて育ってきたから、高貴なのに精神的には未熟に見える、こんな人物が出来上がったのだろうか。
だけど、そんな彼の持つどこかいびつな魅力に、気が付いたら有紗は惹き付けられていた。
「……ビアンカが傍に来てくれるのは嬉しいです。ゲオルグへの配慮も。……でも、こんな風にクラウディア殿下との連絡を邪魔されるのは悲しいです。ディート様があの方と仲良くないのは知っていますが、私にとってクラウディア殿下は恩人なんです」
「……ごめん」
「じゃあ、ここを出る前にクラウディア殿下とお話を……」
「やだ」
一言で却下されて有紗は目を丸くした。
「何で嫌なんですか? クラウディア殿下が嫌いだから?」
「……うるさいな」
ディートハルトはむすっと膨れた。
「あいつにできる事は俺にもできる。何でそんなにアリサはあいつと話したがるんだ」
「ディート様には何でもできるかもしれませんけど、女の人にしか言いづらい相談もあります」
「ドレッセル少尉でいいだろ」
「それはそうですけど……」
「だいたい、変な魔術符に手を出すなんてどうかと思う」
「クラウディア殿下からだという確信がありました」
「罠だったらどうするんだ。せめて俺に相談してからに……」
「相談したら絶対使わせてくれなかったと思います。ディート様こそうるさいです」
「アリサが口答えした……」
「していいって言ったのはディート様ですよね?」
「それはそうだけど……」
ディートハルトはショックを受けた顔で肩を落とした。
「クラウディア殿下にはとてもお世話になったので、せめて出立する前に、直接顔を合わせてご挨拶したいです。それくらいは許して下さい」
「……わかった」
ディートハルトがついに折れた。
「怒らずに話を聞いてくれてありがとうございます」
「……こんな口答え、アリサ以外には許さない」
彼は不機嫌そうな顔をしながら、有紗の髪に触れてきた。




