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【全年齢版】軍人殿下と異世界奴隷【コミカライズ原作】  作者: 森川茉里


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エピローグ

 朝日の眩しさに目覚めた有紗は、大きな欠伸をしながら体を起こし、ベッドから降り立った。

 ルームシューズを引っ掛けて、窓とカーテンを一気に開け放ち、バルコニーに出る。

 すると、季節の花々で彩られた庭園と、青空が視界に入ってきた。


 ここは、王都にあるディートハルトの屋敷である。

 有紗は、二か月前からこの屋敷で、彼の寵姫として暮らしていた。

 修道院が襲撃を受けた後、ヴァルトルーデは敵兵の護送のために王都へと戻った。有紗が屋敷に移されたのはその時である。

 それから二週間の休暇を過ごしてから、ディートハルトは有紗を残し、任務のためにヴァルトルーデへと戻って行った。


 外の空気を吸い込みながら、柵の外に手を伸ばす。すると、見えない壁が指先に触れた。

 風は通すけれど物は通れない。有紗の部屋にはそんな結界が張られている。

 ディートハルトからは侵入者対策だと説明を受けているけれど、自殺防止という意味もあるのかもしれない。


(今日だっけ)


 有紗は王都にある陸軍基地に視線を向けた。

 そこには、昨日からヴァルトルーデが停泊しているはずだ。つまり、今日は、約一か月半ぶりにディートハルトが帰って来る日なのである。

 意識したら胸がドキドキしてきた。有紗は深呼吸を一つすると、室内に戻るために踵を返した。

 その時である。


「にゃあん」


 そんな鳴き声が聞こえ、足元にふわりとした感触を感じた。純白の子猫がこちらを見上げている。


「シロ! おはよう」


 有紗はその場にしゃがみ込むと、猫の頭を撫でた。

 すると、シロは甘えた声で鳴きながら、すりすりと頭を摺り寄せてきた。


(そうだ。結界があるから、シロをここに出しても大丈夫なのよね)


 万一の転落の心配がない。

 有紗はシロを抱き上げて部屋に戻ると、身支度のためにベルを鳴らした。

 すると、隣の使用人用の控え室からシロの食事を手にしたビアンカがやってくる。


「おはようございます。アリサ様」

「おはよう、ビアンカ」


 ビアンカの姿を見るなり、ご飯の匂いを嗅ぎつけたのか、シロは有紗の腕の中でぐいんぐいんと暴れた。

 有紗は苦笑いを浮かべると床に降ろしてやる。すると、シロはビアンカに駆け寄った。


 ビアンカは軍を退役し、有紗の護衛兼侍女として働いてくれている。

 彼女は折り合いの悪い両親から逃げるために、働きながらお金が稼げる士官学校に入学し、そのまま軍人になったらしい。

 だから、特に軍に思い入れはなく、ディートハルトの提案は渡りに船だったようだ。


 また、ゲオルグも軍からの出向という形で、有紗の護衛を務めてくれている。

 彼の場合も王都に住む家族に頻繁に会えるようになったので、嬉しい異動だったようだ。既婚者のゲオルグには二歳になる娘がいて、成長を見守れるようになったと喜んでいた。

 二人ともれっきとした貴族だし年上なので、使用人として扱うのはちょっと抵抗がある。だけど、この国の序列では、第二王子の寵姫である有紗の方が身分が上になるらしい。


 ディートハルトの屋敷での生活は、有紗が想像していたものとは全然違った。

 トラブルに巻き込まれる可能性があるので、屋敷の外には滅多に出られない。屋敷の中も、自由に出歩いてもいい区域が決められている。

 だが、その区域が想像以上に広かったのである。


 まず屋敷の敷地自体がとても広い。

 正門から玄関まで、徒歩だとおそらく五分くらいかかる。アメリカの大富豪の豪邸みたいな感じである。

 有紗が自由にしていいのは、その広大な敷地の三分の二くらいの区域だ。更に贅沢し放題である。

 有紗は、一部屋に監禁されるのではと思っていた自分を恥じた。

 日本でも、お金持ちの家にはデパートの外商が御用聞きに来ると言うが、ここでの生活はまさにそんな感じだ。

 欲しいものがあれば、王室御用達の商会が駆けつけてきて、なんでも取り寄せてくれる。

 どちらかと言えばインドア派の有紗には、非常に快適だった。

 また、軍人としての仕事があるディートハルトは、滅多に屋敷には帰ってこない。

 だからこそ、有紗が寂しくないように、猫のシロを迎えてくれたのかもしれない。

 シロと名付けたのは有紗だ。毛色のままの名前だが、日本を忘れたくなくてこの名前にした。




   ◆ ◆ ◆




 いつもよりも身支度に時間と手をかけ、有紗はディートハルトを出迎えた。

 玄関ホールに入ってきた彼は、真っ直ぐに有紗の前にやってくると、腕の下に手を差し入れて抱き上げた。


「ただいま、アリサ。疲れたから癒して」


 ディートハルトは驚く有紗の首元に顔を埋めてくる。


「……お疲れ様です」


 有紗はディートハルトの頭を撫でた。彼のふわふわの金髪は柔らかくて猫っぽいのだが、仕草はどちらかというと大型犬である。

 ディートハルトは有紗の頬に軽くキスを落としてから、床の上に降ろしてくれる。


「ディート様の正装、久し振りに見ました」

「基地に着くなり宮殿に呼び出されたから……」


 ディートハルトは顔をしかめた。

 だが、有紗は彼の正装姿を見るとドキドキする。

 装飾の数々がとにかく華やかなのだ。特に、サッシュと呼ばれるたすきのような勲章や、首や胸元に輝くメダルが格好いい。


「修道院が襲撃された件の決着がついたよ。賠償金の額が決まった」


 移動する道すがら、ディートハルトが教えてくれた。

 修道院の襲撃は、上官から酷いパワハラを受けたパイロットが精神的に追い詰められ、自暴自棄になって起こしたと聞いている。

 戦争にならなかったのは良かったが、後味が悪いというか、嫌な気持ちになる動機である。


「操縦士の裁判はまだかかりそうだけどね。クラウディアを狙ったと見なされて厳しい処分になると思う」


 王族に対する殺人未遂なら極刑だ。

 遠回しな言葉で表現したのは、ディートハルトの配慮かもしれない。




   ◆ ◆ ◆




 ディートハルトがいる時は、彼の部屋で過ごす事になっている。

 彼は有紗をソファに座らせると、真っ先にドレスルームに向かった。

 正装は勲章が物理的に重く、とても肩が凝るらしいので仕方がないが、残念だった。




 楽な服装に着替えたディートハルトは、有紗の所に戻ってくると、抱きついて首筋に顔を埋めてきた。


「アリサが足りない」

「吸うのはシロにしてもらえませんか?」

「後でシロも吸いに行く」


 ディートハルトは動物好きだ。

 屋敷にはシロ以外にも馬と猟犬が飼われていて、ディートハルトは全員を可愛がっている。


「今はシロよりアリサ」


 ディートハルトは耳元で囁くと、有紗をより強く抱き寄せた。

 有紗は久しぶりの彼の温もりに、大人しく身を委ねた。

 匂いを嗅がれているようなのは恥ずかしいが、お互い様かもしれない。ディートハルトからは、いつもと同じいい匂いがする。

 彼の体に腕を回すと、改めて再会の喜びが湧き上がってきた。


「……アリサ、ごめん」


 突然謝られて、有紗は首を傾げた。


「アリサをちゃんとした妃にしたかったけど、駄目だった」

「……私が寵姫は嫌だって言ったの、覚えていて下さったんですね」


 有紗は至近距離にあるディートハルトの顔を見つめた。彼は申し訳なさそうな顔をしていた。


「色々と根回しはしたんだけど……」


 有紗は首を小さく横に振った。


「私を妃にしようと思ったら、貴族の身分が必要ですよね? 難しいのはわかります。私には魔力で国に貢献する事はできませんから」

「ごめん」


 消え入りそうな声での謝罪だった。


「気にかけてくれただけで充分です。だから、謝らないで下さい」


 本当に気にしていない事を示すため、今度は有紗からディートハルトに抱き着く。

 再会してからの彼はとても有紗に気遣ってくれた。だから、もういいかなと思えた。

 何事かがあった時には、ビアンカ経由でクラウディアに連絡を取る事もできる。ちなみにディートハルト公認だ。彼は魔力の波動に敏感なので、秘密の連絡手段はすぐに見つかった。でも、いざという時の逃げ場所は必要だろうからと、嫌そうにしながらも認めてくれたのである。

 その時に、有紗の心は完全にディートハルトに堕ちた。

 いつまで彼の気持ちがこちらを向いているかわからないけれど、今は不安は一旦忘れて、彼の腕に飛び込んでみようと思えたのだ。


「俺は諦めない。兄に代替わりしたら許しがでるかも」

「はい。気長に待ちますね」


 有紗はディートハルトに微笑みかけた。


「そうだ、一つだけお願いがあるんですけど、わがままを言ってもいいですか?」

「俺に叶えられる事なら……」

「真似事でいいので結婚式をしたいです。二人だけで」


 有紗のおねだりに、ディートハルトは顔を上げると目を見張った。


「チョーカーの代わりにする指輪がもうすぐ出来上がりますよね。それを、その時に嵌めて欲しいです。ディート様の手で私の薬指に」


 屋敷に着いてすぐ、ディートハルトは職人を呼んで、一緒に指輪のデザインを考えてくれた。

 その時に頼んだのは、マリッジリングを意識したお揃いの指輪だ。完成したら、チョーカーだけでなく、チョーカーと繋がるカフスボタンの機能をディートハルトの指輪に移す予定だった。

 一粒ダイヤの指輪にするか正直迷ったのだが、シンプルなペアリングにしたのは普段使いのしやすさを優先したからだ。屋敷に移ってからの有紗の服は、どれもふんだんにレースやら刺繡があしらわれている。引っかけそうで怖かったのである。


「……こっち風の儀式もしたい」


 ディートハルトの要求に有紗は顔を赤らめた。

 こちらでは、結婚式の時に指輪の交換ではなく、新郎から新婦にワインの口移しをするのである。

 この時に使われるのは、聖職者が聖別した特別なワインだ。

 神の恵みを夫から妻に生涯分け与える。唾液を交わす事で魔力的な釣り合いが取れる事を招待客に示す。――その二つの意味があるらしい。三々九度と誓いのキスを合わせたような儀式だが、有紗の感覚では人前でディープキスを交わすのと同等である。


「嫌?」

「嫌じゃないです」


 小さな声で答えると、ディートハルトの顔が近付いてきて、唇が重なってきた。

 気持ちが通じた状態で交わすキスは、蕩けるように甘くて気持ちいい。

 有紗は、ディートハルトにぎゅっと抱き着いた。

後日談がありますのでもう少しだけ続きます

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