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「俺たち以外を転移させて逃げたつもりかもしれないが無駄なことだ。お前は今自分から魔法を使い、自らが魔法使いであることを証明したんだからな」
予想外の状況にも冷静にそう言ったのはヒースクリフだった。この状況ではもう会話など不要だと判断したらしい。腰に下げていた剣を抜いてその切っ先を王妃に向けた。
「あら、誰が逃げるだなんて言ったのかしら」
切っ先を向けられてもすべての元凶である王妃、ローザは余裕の態度を崩すことなく優雅に小首をかしげて微笑んだ。緊張感が漂うなかで彼女の微笑みが異質だった。
「私は逃げも隠れもしないわ。だってこのときをずっと待っていたもの。とくにあなたと相まみえるこの時をね」
本当に再会を待ち望んでいたような弾んだ口調と声。その言葉と視線はまっすぐにヒースクリフに向けられていた。それを向けられているヒースクリフは忌々しそうに顔をしかめる。
「どういう意味だ」
「ふふっそのままの意味よ。私はあなたに会える今日という日を心待ちにしていたの」
余裕の笑みを崩さない王妃に一歩歩み出たのはルーカスだった。
「母上。もうやめてください。王族にあるまじきあなたの行いを明らかにします。どうか法の下に処罰を受けてください」
「あら、どれのことかしら?魔塔の上層部を呪い殺したこと?聖女を殺したこと?それとも彼女の息子に呪いをかけて市井に追い出したことかしら?」
「貴様っ!!」
なんてことないように自分の罪を並べ立てる。そこに罪悪感や後悔など微塵もないのだろう。王妃のその様子にヒースクリフだけじゃない、エゼキエルもまた殺気立つのが分かった。その中でルーカスは拳を握ったまま苦しそうに言葉を紡いだ。
「それだけではないでしょう?・・・昔、見たことがあるのです。聖女様の姿を」
「あの人ったら聖女の絵画は手放さないで飾っているのよね。王家の威信とかっていって・・・それがどうかしたの?」
王妃の言葉にルーカスは静かに首を振って否定した。
「そうではありません。実際にお会いしたことがあるのです。あなたの温室で」
ルーカスの言葉の意味はわからなかった。聖女が亡くなったのはずいぶん前。それこそ彼は生まれて間もないくらいの頃のはずだ。そんな生まれたての赤子の頃の記憶があるのだろうか。その場にいる誰もが怪訝な顔をした。問いただされている本人である王妃以外は。
「あぁ!あれを見たのね。フフフ、悪い子ねルーカス。あそこは特別な場所だから近づかないようにとあなたにも言ってあったのに・・・・でも、いい機会ね。今日は皆さんにもご覧に入れましょう」
王妃はルーカスの言葉の意味がわかったのだろう。思いついたように手を合わせると転移の魔法を使ったときと同様にパチンと指を鳴らした。再び使われた魔法に一気に警戒が強まる。音と共に王妃の背後に現れたのは大きな布に包まれたものだった。王妃はためらうことなくかけられていた布を取り払う。それを見た全員が息をのんだ。布をかけられていたそれは美しいガラスの棺だった。透き通った棺の中には美しい銀髪の女性が納められている。誰なのかは問わなくてもわかる。美しい銀髪、閉じられたその瞳は透き通った青色をしているのだろう。血の気を失った真っ白な肌、胸に突き刺さった短剣が異様な雰囲気をさらに引き立てている。
「皆様にご紹介するわ。彼女はかつて先読みの聖女と呼ばれた、アマリリス・ティアレインよ」
誰もが息をのんでその棺に納められている女性に目を奪われた。王妃はまるで大切な友人を紹介するみたいに大仰に一礼した。
「あなたたちならもうわかっているでしょう?呪いを媒介とするためには何を必要とするか。彼女は息子のための呪いの媒介になってもらったの!本人を元にした媒介ではないから上手くいくかは賭けだったけれど、彼女の血を引いているから問題なかったわね」
「・・・・・なんで、こんなことをした。母上が、俺が、一体お前に何をした!」
ヒースクリフの憎しみが一気に膨らんで王妃に向かう。けれど、王妃は彼の威圧も地の底から響くような声もまるで気にしていないように首を傾げた。
「何も?」
「は・・・?」
「何もしていないわ。ただ、邪魔だったのよ。彼に、アドニスに愛される彼女が」
平然と告げられた理由にヒースクリフは絶句する。
「アドニスの愛は私だけのものなのよ。それなのにアドニスったら聖女を側妃として迎えるなんて言い出したの。そして私と同じように彼女を愛したの。彼女がアドニスを愛して結婚したわけではないのはわかっていたけれど、彼からの愛を分けるなんて耐えられなかったのよ。彼の愛は私1人のものなのに・・・だから消えてもらったの。彼女がこれ以上アドニスから愛されないように」
ただ国王に愛されたから。国王の愛が自分だけのものではなくなってしまったことが許せなかったから。たったそれだけの理由でヒースクリフは目の前で母を、自分の存在を失った。そしてその亡骸までも自分を苦しめるための媒介として今も使われている。
「・・・・お前は、俺の手で殺す」
低く呟いたヒースクリフが跳躍して王妃に斬りかかった。けれどその刃は見えない壁に阻まれた。
「ヒースクリフッ!」
エゼキエルが弾かれたヒースクリフの衝撃を風の魔法で緩和させ、ゆっくりと着地させた。マティアスもまた私をかばうように前に出て杖を構えた。予備動作などなく、なんてことないように剣を弾いた王妃は楽しそうな笑い声をあげた。
「あはっあははははっ・・ねぇ私があなたに最後に言った言葉を覚えているかしら。『あなたが誰かを愛することでこの呪いは発動する。あなたが愛の本当の意味を知ったとき、この呪いはあなたの命を蝕むでしょう。そして心からの誰かに愛を告げたとき、あなたはその命を失う』・・・今にして思えば、あなたにとってあの言葉も呪いだったかもしれないわね」
王妃はうっとりした表情でそっと氷の棺に触れた。まるで大切なものに触れるかのようなその仕草が神経を逆なでしているような不快感をもよおして思わず手で口を塞いだ。
「あなたのことは生かすも殺すもどうでもよかったの。でもせっかくだから私を楽しませてもらおうと思って・・・母を殺した憎い私の言葉に従うことなんて絶対にないとあなたは愛を否定するでしょう?けれど、生きているなかで誰1人として愛さないなんてことはありえない。頭では自分の気持ちを否定したとしても、呪いが発動すればその苦しみがあなたに人を愛する気持ちが芽生えていると教えてくれるの。そして自らの愛の苦痛の果てにあなたは人を愛したことを認める・・・つまりあなた自身の死が愛の証明なの!とっても素敵でしょう?」
恍惚とした表情で同意を求めるように微笑む王妃に嫌悪感しか感じない。
(こんなの・・・人のすることじゃない・・)
まともな理由じゃないだろうと思っていた。けれど私の想像など軽く超えるほどに狂っている。自分の快楽のために人の人生を弄ぶことに抵抗がまったくない。彼女の行動指針は己の欲求のみに基づいているのだから。
「ふっバカバカしい」
ヒースクリフが王妃の言葉を一蹴する。彼にとってもはや王妃の行動理由などどうでもいいのだろう。それほどまでに怒りと憎しみが限界を超えている。王妃は自分の語る理由を否定されても上機嫌に笑った。
「まぁ、ずいぶんと余裕なのね。フフフ。私、気づいているのよ。あなたの呪いはすでに発動していることを」
(・・・・え?)
言葉の意味を理解するよりも早く王妃はヒースクリフの右胸、心臓がある位置を指さす。その瞬間、火花のような光が弾けた。
「ヒースクリフッ!」
とっさに彼の名前を呼んだ。とっさに防御したけれどすべてを防ぎきることはできなかったらしい。攻撃を受けて彼の服は焼け焦げ、肌が見えていた。そこには、王妃の言葉通り呪いの印が目に見えて広がっていた。
(・・・黒薔薇と絡みつくような茨の模様)
自分でも血の気が引いていくのが分かった。紛れもない呪いの印に過去の記憶がよみがえる。呪いが、確実に彼の身体を蝕んでいる。
「かなり苦しんでいるようね。どう?あなたが否定し続けた愛に命を蝕まれる感覚は」
「・・・黙れ。先にお前を殺せば済む話だ」
もう話すことは無いと言わんばかりにヒースクリフは単身で王妃に向かっていった。目の前で攻防が繰り広げられるなかで、エゼキエルが振りむいた。
「マティアス、援護を。王妃を無力化する。決してヒースクリフに殺させるな」
「言われなくてもわかっています」
「・・・私も戦おう」
ルーカスは腰に下げていた剣を抜いて戦う意志を示す。
「殿下・・・しかし・・」
「同じ王族として、息子としてあの人を止める責任がある。それに、いくら仇だとしても兄上の手を血で汚すわけにはいかない」
「・・・わかりました。では俺と共に前衛へ。マティアスは指示通り後衛にて支援を。ヒースクリフが
とどめを刺そうとしたら全力で止めます」
「ああ」
「わかりました」
エゼキエルの言葉に2人が頷くと、言葉通りエゼキエルとルーカスが前衛として王妃と相対する。4対1という人数差、状況だけみれば圧倒的に私たちが優勢だ。けれど、王妃の笑みは決して崩れなかった。休む間もなく繰り出される魔法と剣を弾き、反撃する余裕さえある。王妃の反撃はマティアスが積極的に防いでいるけれど、その手数の多さは彼らと同じくらいだ。まるで息をするみたいに自然に魔法を操って攻撃を防ぎながら、何かを考えるように頬に手を添えた。
「あともう少しといったところだけど、まだ足りないようね。・・・では、最後の仕上げにいたしましょうか。復讐と愛・・・・果たしてどちらを選ぶのかしら?」
「なんだと?」
訝しんだヒースクリフが攻撃の手を止めると王妃は天井に向かって優雅に手を向けた。それを合図に王妃の頭上にいくつもの光の矢が生み出されヒースクリフに向かってその手が振り下ろされた。危ない、とそう思ったとき放たれた矢が突然向きを変えた。
(え?)
放たれた矢は二つに分かれ、最後方にいる私を目掛けて左右から挟み込むように迫りくる。
「アリスっ!!」
マティアスが私を呼ぶ声がした。とっさに魔法で左側から降る矢を弾いてくれたけれど、反対側から迫る矢を防ぐのが間に合わない。まるでスローモーションのような一瞬だった。足がすくんで動くこともできず、いくつもの光の矢が徐々に迫る視界を見覚えのある衣が覆った。
「・・・・・・・・・どうして」
とっさに疑問が口をついて出た。だって彼がこんなことをするはずがない。自分の命をかえりみずに私を助けるなんてそんな真似。今の私たちの関係性ではありえないはずなのに。
「ヒース、クリフ・・」
私を守るように抱きしめているその背にはいくつもの光の矢が突き刺さった。たしかめるように背中に回した手にぬるりとした生暖かい血がついて震えが止まらない。
「・・・無事か?」
問われて何度もうなずくと安心したようにヒースクリフの身体から力が抜けて膝をついた。慌ててその身体を支えようとするが、仰向けにするのがやっとだった。止血のために背中の傷口を押さえるけれど血は止まることなく床に広がっていく。致命傷だと、誰が見てもわかるような傷だ。
「どうして・・・私を助けたの?」
目の前で起きていることが信じられずに問いかける。
「・・・守らなくてはと思った」
「なんで・・・あなたにとって大事なことは仇をとることだったじゃない・・・そのためにここまで来たんでしょう?」
「・・そうだな。俺は・・・そのために生きてきた」
「それならどうして⁈」
「・・・わからなくなったんだ。自分にとって何が大事なのか」
感情が涙に変わって勝手にあふれ出す。
「あいつを殺して復讐するために誰にも心を開くこともなく、心を預ける相手もなく生きてきた。だが、お前と出会って共に過ごすうちに・・・自分の決意が揺らぎ始めた。復讐が何よりも大事だったはずなのに、母の死体さえも弄ぶあいつをこの手でなぶり殺しにしてやりたいのに・・・お前を巻き込んでしまうことがなにより気がかりだった。心底腹立たしいが、あいつの言葉通り俺は・・・お前を大切に想い始めていたんだな」
ヒースクリフの手が涙の流れる私の頬に触れる。泣かないでと言葉にならない想いが伝わってくるように。
「すまない・・・こんなことに巻き込んで。どうか生きてくれ」
血の気を失った手からはひんやりとした温度が伝わってくる。徐々に命の灯が消えそうになっているのがわかる。この状況を前にして、私のするべきことは1つだった。
「死なせない。絶対にあなたを死なせない」
祈るように手を組んで右手に意識を集中させる。途端に右手の甲が熱をもって青白い光を放ち始める。
「やめろ!アリス!」
自分のしようとしていることに気づいたマティアスの制止の声が響く。けれどやめるつもりなどなかった。駆け寄ってきたマティアスは紋章から放たれた光によって阻まれたように立ち止まった。
「ごめんなさい。私、こうするしかないの。彼がいなくなるなんて耐えられないから」
どうすればいいのか、感覚でわかる。目を閉じて意識を深く沈ませて集中する。
(私の命の時間なんてどれだけなくなってもいい!どうか、どうかもう一度私にやり直す機会を――)
そのとき、誰かが私の手を掴んだ。とっさに目を開けると私の手を掴んでいたのはヒースクリフだった。
死の間際とは思えないほど穏やかな青い瞳が私を見つめている。
「もう自分の命を削ってまで俺を助けようとするな。それじゃあ俺が命を懸けて守る意味がない」
「・・・どうして、それを・・」
今の彼が知っているはずがないのに。驚いた私の表情を見てヒースクリフは穏やかに微笑んだ。
「伝えておきたいことがある」
私を見つめる彼の目と、表情に既視感があった。何を言おうとしているのか、とっさにわかった。
「ダメ、今は聞きたくない」
「アリス」
子供の用に首を振って拒否する私をなだめるような優しい声に、余計に涙があふれてくる。
(・・・・お願い、言わないで)
「君を、愛している」
祈るような願いはあっけなく打ち砕かれた。愛の言葉に呼応するみたいに茨が伸びてヒースクリフの首に巻き付いた。彼の命を養分にして咲いたみたいに黒薔薇がゆっくりと花開く。私の手を掴んでいた彼の手が落ちて、眠るように瞼が閉じていく。その瞬間を待ち望んでいたと言わんばかりに楽しそうな王妃の笑い声が響き渡った。
「あ・・・・」
ひくりと喉がけいれんして声を出すこともできず、目の前が真っ白になる。かつての絶望が再び自分の目の前で再演され、絶望が頭と心を侵食していったそのとき。
―――まだだ。まだ、終わっていない。
静かに響いた声と共にパリンっと何かが割れる音がした。
読んでいただきありがとうございます。




