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あなたの前に果実の成る木があるとしましょう。でもその果実はまだ青くてすぐに食べてしまうと少し味が悪いの。けれどあなたはどうしてもその果実を食べたい。そんなとき、あなたはどうするかしら?
そのまま食べる?それとも、同じ種類の果実を買って食べるかしら?
フフフ、そうね。それもいいけれど私は違うわ。
私はその果実が食べたいと思ったら、その果実でないとダメなの。それに味が悪いまま食べるのも嫌。それが最高のおいしさになるように丹精込めて育てさせるわ。周りの雑草を排除して、肥料を与えて・・・そうそう、果物のなかにはあえて水を少なくして過酷な状況にした方が甘く熟すものもあるんですって。成長する過程も楽しみよね。そして最高の出来になったら私の手でその実を手折るの。
私の大事な果実ですもの。他の誰にも手折らせないわ。私の手で収穫して、最高の状態でいただくの。とっても素敵でしょう?その実を味わう瞬間が今からとっても楽しみね。
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「聖女様、お披露目まであと残すところあと数日となりましたがもう作法は完璧です。あとは聖女様にふさわしい装いをそろえるだけですね」
そう言ったのは身の回りの世話をしてくれているシスターだ。
聖女の誕生を祝ってお披露目の儀が王城でで開かれることとなった。今回は王侯貴族を中心としたお披露目だ。そのための準備に周囲は慌ただしく、今も聖女としてふさわしい衣装を選んでいる最中だ。新しいものをあつらえる時間がなかったため、数多くの衣装の中から試着しなくてはならず着せ替え人形の状態になってしまっている。気持ちはぐったりしていても目の前の鏡に映った自分は澄ましているように見える。
「・・・ですが、ひとつだけ気がかりなことがありまして」
シスターが困ったように頬に手を当てた。
「なんですか?」
「聖女様が選ばれたというのに、ドラゴンが姿を現さないのです。今もなお結界に阻まれてしまっているのだとか・・」
(アストラが・・・)
ふと、回帰前に会った彼の姿を思い浮かべる。腕輪が壊れて聖女の紋があらわになったときに聞いた声、あれはたしかにアストラのものだった。彼は回帰の代償から目覚めているはずだけれど、あれから何の音沙汰もない。今も結界があるのならば、私は再び彼に会うことができるのだろうか。
(・・・そういえば、アストラはどうして結界を張ったままあの場所に閉じこもっているんだろう)
彼は私に忠告してくれたから先代の聖女が殺されたことを知っていたはずだ。私は自ら志願したけれど、代々の聖女はドラゴンによって選ばれているはず。だからこそ、その状況を知っていて閉じこもったままであることが不思議だった。自分の大切な存在を殺めた人という存在に嫌気がさしてしまったのだとしても、なぜこの国に留まっているのだろう。
「聖女様が顕現されたからこそ結界も消失し、高貴な姿をお目にかかれるとと思ったのですけれど」
衣装合わせのために来ていたもう1人のシスターが残念だ言わんばかりに視線を落とす。それほどまでに、聖女とドラゴンはこの聖教会にとって待ち焦がれた存在だったのだろう。聖女が亡くなり、ドラゴンがその姿を隠してからというもの、聖教会の権威は地におちて飾りのようなものになってしまっていたから。
「・・・ひとつ、お聞きしたいことがあるのですけど」
「はい、何でしょうか?」
「ドラゴンがいる結界の奥には何があるのですか?」
尋ねると2人のシスターは困ったように顔を見合わせて首を傾げた。
「さぁ・・・なにせ10年以上前のことですから詳しいことは・・」
「・・・・そういえば、何かを祀っていたような古びた石碑があるとか・・まぁ、もともとあまり人が立ち入らない場所でしたから」
彼女たちが年若いのもあるかもしれないけれど、あまり人の記憶に残っていない場所のようだ。入れなくなったとしても、大して気にならないような場所。だからこそ余計に不思議に思った。
「さぁ、聖女様。お召しかえの続きをいたしましょう」
「そうですね。合わせる衣装はまだだありますから。ドレスの次は靴を合わせなくては」
シスターの言葉で思考が中断された。気が付くと両手にドレスを持った2人が気合十分な様子で歩み寄ってくる。とりあえず、目の前のことに集中しようと苦笑いをしながら山のようなドレスと装飾品の数々に向き直った。
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「それで、そんなに疲れてるのか」
「・・・・そう見える?」
「あぁ」
ヒースクリフは短く答えて頷いた。自分としては表面に出ているつもりはないのだけど見えてしまうらしい。
(疲れとかを表面に出さないのは得意だと思ったんだけどな・・)
令嬢教育の賜物であるそれは厳しい家庭教師のもと、完璧に培われていると思っていたけれどそうではなかったらしい。ヒースクリフに指摘されて内心少し落ち込んだ。
「疲れているところに押しかけてすまないね」
気遣いながら申し訳なさそうに笑ったのはルーカスだ。
3人で集まっているこの場所は私が住んでいる塔とは違って聖堂の中、聖女として祈りをささげる時間が欲しいと言って人払いは済ませてある。そのため、ルーカスとヒースクリフはお忍びのスタイルだ。
「父上としても一刻も早く聖女の存在を貴族間に知らしめることで権威を示したいのだと思う」
ルーカスの言っていることは最もだった。なにせ建国から長い時間のなかで聖女が亡くなった後に、次代の聖女が選ばれずドラゴンが姿を隠していたことなど聞いたこともない。今の国王にとっては頭の痛い問題だっただろう。
「そっちの準備はどうなってる?」
ルーカスに尋ねたのはヒースクリフだった。彼は顔を出すことのできないエゼキエルの代わりに連絡役になってくれている。ヒースクリフの言葉にルーカスが真剣な表情で頷いた。
「ルードベルト侯爵家の力添えをもらっていますからほとんど準備は整っています。そちらはどうですか?」
「こっちも抜かりはない。あとはその時が来るのを待つだけだ」
「そうですか・・・」
ルーカスが少し考えこむように
「あの、兄上・・・」
「そんな風に呼ぶな。俺はもう王族じゃない」
ルーカスが気まずそうに呼ぶとヒースクリフはきっぱりと言い捨てた。
「申し訳ありません・・」
「勘違いするな。俺はお前に対して恨みがあるわけじゃない」
話が終わったのならもう用はない、と言わんばかりに短く別れの挨拶を済ませるとヒースクリフは行ってしまった。その姿を見送って残されたルーカスに向き直る。
「・・・何か聞きたいことがあったんじゃないの?」
「いや、いいんだ。聞きたかったのは先代の聖女様についてだから・・私がそのことを尋ねるのはあの人の気に障ってしまうかもしれない」
少し悲しそうな表情をしながらルーカスは首を横に振った。腹違いの兄弟であるはずの彼らには深い溝がある。いくらヒースクリフが恨んでいないと言ったとしても、ルーカスにとっては自分の母親のことだ。ましてやヒースクリフは存在を葬られた第一王子。本来であればルーカスの立場はヒースクリフのものだった。その罪悪感が彼を苦しめているのだろう。ルーカスは気持ちを切り替えるように目を閉じて息を吐きだすと私を見た。
「それよりも君に聞きたいことがあったんだ」
「私に?」
なんだろう、と軽い気持ちのまま答える。私を見るその目がやけに真剣なことが気になった。
「君の・・・聖女としての力について」
動揺して思わず身じろぎしてしまいそうになるのを何とか堪えた。幸いにも私の動揺にルーカスは気が付かなかったらしく言葉を続けた。
「改めて禁書庫を調べていて文献を見つけたんだ。代々聖女はドラゴンから人知を超えた力を授けられていた。不思議の力は無限のものだと思われていたけれど、人の身に余る力にはそれ相応の代償があった。歴代の聖女たちはその代償に苦しんでいたという。君だけが例外であることはないはずだ。・・・君は何の力を得てどんな犠牲を払う?」
真実を突き詰めようとする目が私を捉えている。その真っ直ぐな視線を居心地悪く思いながらも動揺を隠したまま視線を下げて笑顔を浮かべる。
「私は・・・・まだ聖女としての力を発揮できていないの。ほら、ドラゴンに会うこともできていないし聖女としても選ばれたばかりでしょう?」
全てが嘘というわけではなかった。自分1人では時間を戻せたことはないし、力を授けるとされているアストラには会えていない。けれどそんな言い訳はルーカスには通じなかったらしい。
「そんなはずはない。聖女はドラゴンからその紋章を与えられたときから力を与えられるとあった。君にもそれがわかるはずだ」
オレンジ色の強い意志を持った瞳が逃がさないというように私を見ている。言い逃れはできないことを理解した。どちらにせよいつか彼には伝わる話だ。今か先の話かという問題なら今言ってしまっても問題はないだろう。そう思って気乗りしないまま重たい口を開いた。
「・・・私は・・・私の力は、時間を巻き戻すことができるの」
「・・・・時間、だって?・・・そんなことが可能なのか?」
信じがたいと言わんばかりの彼の言葉に私はただ苦笑いを浮かべた。私も実際に自分が経験していなかったらとても信じられなかっただろう。
「いや、違う・・・それができるとわかっているということは・・・まさか、すでにその力を使ったのか?君は・・そんな力を手にして一体どんな代償を支払ったんだ?」
聡い彼は私の力を聞いただけで私がしたことに気づいてしまったらしい。
「対価は自分の時間。巻き戻す時間が長いほど私は自分の命を削っていく」
「・・・・そんな・・」
ルーカスは驚きで言葉を失った。それもそうだろう、時間を巻き戻すことができて自分の寿命を削っていくなんてとても信じがたい。
「私は、今から1年後の未来を生きていたの。そこで、取り返しのつかないことがあって・・・私のために大事な人が犠牲になって、私はその人を助けるために聖女になった。この力はそのときに手に入れた力なの」
「・・・・・ヒースクリフ兄上なんだろ?君がそこまでして救いたいと願ったのは」
驚いて視線を上げるとルーカスが微笑んだ。
「さすがにわかるさ。君がどれほど兄上を大切に思っているのか、そばで見ていればすぐにわかる」
苦いものを噛んだような複雑な表情をしていた。
「・・・一体、未来で何があった・・。兄上は・・・母上に殺されたのか・・?」
ルーカスの言葉に頷くのがためらわれた。これから先の話はルーカスを苦しめるものだろう。けれど、真実を伝えないことを目の前のこの人は許してくれそうもない。
「・・・ヒースクリフは・・・処刑された。私を助けるために、王侯貴族を殺害した罪に問われたの」
「君のため・・・つまり、兄上は母上ではなく私を手にかけたんだな」
少しわかっていたようなルーカスの口ぶりに何も言えなくなった。
「アリス、こんなことを言うのは不謹慎かもしれないけれど時間を戻してくれてありがとう」
「・・・・え?」
「君のおかげで兄上はその手を私の血で染めずに済んでいる。私は兄上としてあの人と会うことができた。きっと未来では何もわからないまま死んでいただろう。それに兄上の奪われた未来を返す罪滅ぼしができる。その機会を君が与えてくれた」
ありがとう、なんて言われると思わなかった。自分のしたことに後悔はなかったけれど、すべては自分の独りよがりだと思っていたから。意識していなかったけれど、ルーカスもまた悲しい運命に翻弄された人だったんだ。胸に溜まった重い気持ちを吐き出すように、そっと息を吐く。
「ヒースクリフには、このことを言わないでほしいの」
口止めをするとルーカスは驚きで目を見開いた。
「・・・・まさか、兄上は君が犠牲にしたものを知らないのか?」
「えぇ。私から言うつもりはないし彼には知ってほしくない。負担に感じてほしくないの。今のヒースクリフは未来と同じ彼ではないから。彼にとって私は、ただの目的を同じくする仲間だもの」
「・・・君は、本当にそれでいいのかい?自分の献身も犠牲も思いも・・何も伝えなくて本当にいいのか?」
険しい表情でルーカスが食い下がった。その反応が少し意外だった。自分の好きな人に対して同じだけの思いの見返りを求めることはルーカスが嫌悪するものだったはずだから。
「えぇ。私にとって大事なことはヒースクリフが生きて幸せになることだもの」
祈るように手を合わせて頷いた。それは、自分が過去に戻ってくる理由になった思い。自分を愛してくれた彼に彼が与えてくれた愛を返したい。これが彼の負担になってほしくはない。彼が縛られている過去の憎しみや運命の鎖から解き放ってあげたい。それが私の願いだ。
「君は・・・・・君って人は本当に愚かだよ。いっそ縋ってしまえばいいじゃないか。自分の命を犠牲にして尽くしてきたんだと、だから自分を選べと言ってしまえばいい。・・・・君にはそれを言う権利があるだろ?」
泣きそうな、ひどく傷ついたような顔で言ったルーカスの言葉に首を横に振った。
「私ね、彼に選ばれなくてもいいの。もちろん、私を選んでくれるならこれ以上ないほど幸せよ・・・でも、私にとって一番大事なことは彼の幸せなの。多くのものを1人で抱え込んできた彼を自由にしてあげたいの。自分のために生きてほしい。未来のヒースクリフが私にそうしてくれたように、私も彼に愛を返したいのよ」
「・・・君は・・・・いや、本当に愚かなのは私の方だな。私たちの勝負は初めから勝敗が決まっていた。今更になってこんな大事なことに気づかされるなんて」
ルーカスはもう傷ついたような顔をしていなかった。その表情はどこか晴れやかで、諦めたようにも見える。
「・・・・・・これが人を愛するということなんだな」
長い沈黙のあと、そう呟いたルーカスは痛みをこらえるように自分の胸を押さえた。
2人っきりの聖堂、人払いをしているはずのその場所の物陰に隠れた人物もまたひっそりとその会話を聞いていた。
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