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パキンっと2人の姿がマティアスの魔法によって氷に閉じ込められる。
ずっと自分を縛り付けていた家族の終わりを茫然としたまま見つめていた。
「アリスッ」
マティアスに声をかけられてハッと我に返って振り返る。
「お兄様」
「どこか、怪我はしていないか?」
殴られそうになった私の顔に傷がないかどうか心配する様子はもとの彼のままだ。先ほどまでの険しい雰囲気はそこにはない。
「大丈夫よ。・・・2人はどうなったの?」
氷片となった2人の姿を見上げるとマティアスも同じく視線を向ける。
「殺してはいない。ただ眠っているだけだ」
淡々と事実を告げるその声に情は含まれていない。
マティアスは視線を外して私へと向き直ると勢いよく頭を下げた。
「すまなった。俺が不甲斐なかったせいで・・ずっと苦労をかけてしまって」
「どうしたの?」
突然謝罪の言葉を口にするマティアスに驚き、止めようとするけれどマティアスは頑なに頭を下げたまま言葉を続ける。
「俺はずっと中途半端だった。家族と幸せに暮らすことを夢見ていながら、両親からの重圧に耐えられなくて魔塔に逃げた。お前があの家でどんな扱いを受けるか想像できたのに・・・。結局家族としての関係を壊したくなくてお前にも、両親にもいい顔をしていたんだ」
「・・・・」
否定することも肯定することもできなかった。マティアスが侯爵家の嫡子として戻ってきたことで想像はできていた。兄は出て行ってから侯爵家との繋がりを全て絶ったわけじゃなかった。私が知らないところで両親とつながっていたんだ。それを思えば、回帰してから初めて会ったときの誕生日プレゼントを贈ったと言っていたことも納得できる。恐らく、魔塔を出たまま一向に戻らない兄に業を煮やした両親が嫌がらせをしていたのだろう。私には兄が戻らないことを伝え、兄には私が良く思っていないとでも伝えた。だから回帰前の私たちはあれほどすれ違ってしまっていた。
「アリス、俺を恨んでいるだろう?俺はそれだけひどいことをした」
「・・・・恨んでなんかいないわ」
ゆるく首を横に振ってその言葉を否定した。
恨んでいるのか、なんて回帰前ヒースクリフに言われた言葉みたいだ。なんだか懐かしくて少し笑みがこぼれてくる。あの時は彼がなんでそんなことを聞くのか驚いた。けれど、今ならそう尋ねた理由が少しわかる気がする。
「恨むわけないでしょう?」
「・・・そんな、そんなはずない。だって苦しかっただろう?ただの貴族令嬢としてじゃない、ルードベルト侯爵家の娘として完璧な存在を求められて生きていくことは。思い通りに生かされていることは。自分がそれを強いられて苦しいとわかっていたはずなのに、俺は家に戻ることをしなかったんだ。一番目を向けなければならない現実から目を逸らし続けて、辛い役割をお前に押し付けたんだ」
マティアスの言葉に一瞬否定しようとする自分がいた。けど、それは建前だ。あの家にいたときの辛さはマティアスだってよくわかっている。目を閉じればまだあの家に閉じ込められてただ生かされていた自分の姿を思い浮かべることができる。だから自分の気持ちを整理してから、口を開いた。
「・・・そうね、苦しかった。自分の存在価値なんてわからなくて、自分がまるで遊ばれている人形みたいに感じていたの。私の意志なんて関係ないのにあなたのため、なんていう耳障りのいい言葉で丸め込もうとする両親が嫌いだった。・・・だから私は・・・お兄様に幸せになって欲しかったの」
「・・・・幸せに?」
「そう。窮屈で生きづらさを感じる家を出たのなら、自分らしく生きられる場所で羽ばたいていてほしかった。お兄様は私にとって希望だったの。お兄様が自分の人生を生きていてくれるなら、私の生活にも意味があると思えたから」
「アリス・・・」
今度言葉に詰まるのはマティアスの方だった。悲しみをこらえるようにぐっと眉を寄せている。
「お兄様、私を愛してくれてありがとう。お兄様と過ごした幼い頃の日々が家に縛られてた私にとっての希望だった」
「アリス・・・約束する。俺はもう、お前を1人にはしないから。だから・・・これからも家族として守らせてほしい」
「・・・・ありがとう、お兄様」
泣きそうに顔を歪めたマティアスの頭を背伸びをしてそっと撫でる。幼い頃の記憶では転んで泣いた自分を慰めるように頭を撫でてくれた兄の姿。今は逆になった私たちの家族の時間がここから動きだした気がした。
「いやぁ、素晴らしい兄妹をもてて俺は本当に幸せ者だ」
「・・・・・・・は?」
この場にいるはずのない人の声がすぐ傍でした。今までよりワントーン下がったマティアスの声が響く。声のした方へ視線を向けるとハンカチで涙を拭う仕草をしたエゼキエルがうんうんと頷きながら私たちの肩を抱き寄せている。意味がわからなかった。
「これからも3人兄妹、仲良く暮らしていこうな!」
「な、なんであなたがここにいるんですか!!刑を軽くするために尽力してるっていうのに脱獄してどうするんです!」
いち早く現実に戻ってきたマティアスはエゼキエルの腕を振り払うと襟に掴みかかって感情のままに怒鳴りつけた。
「ぐ、ぐるじい」
エゼキエルは襟を掴まれたまま、マティアスに詰め寄られてなされるがままになっている。よく見ると彼の服は最後に会ったときとは違って目立たないようにか、魔塔のものではないくすんだローブをまとっている。見る限り怪我をしている様子もなく、元気そうなその姿はとても牢に入れられていた人物とは思えない。
「ど、どういうこと・・?」
「心配ない」
戸惑いながら2人の様子を眺めているすぐ傍で声がした。エゼキエルと同じく突然姿を現したのはヒースクリフだった。彼もまた、エゼキエルと同じようなローブを身にまとっている。
「ヒースクリフ?あなたも、どうしてここに・・?」
「あの親と真っ向からぶつかると言っていたからな、少し様子を見ていた」
彼にはあらかじめ両親から侯爵家の権威を取り戻して、マティアスを味方につけることは説明していた。あのままの状態であれば両親からの呪縛から逃れられず、マティアスが良いようにされてしまうことがわかっていたからこその強硬手段だったけれど、まさか見守られていたとは思わなかった。結果としてよかったのかはわからないけれど、今はすがすがしい気持ちだ。
「頑張ったな」
ヒースクリフがそう言いながら私の頭を撫でた。決して必要のないときは触れることのなかったその手が私の髪に触れた。
「え・・」
驚いて見上げると控えめに触れていた手はすぐに離れてしまった。少し気恥ずかしそうにしながら穏やかな表情で私を見る彼の表情が回帰前の姿と重なって少し涙が出そうになる。
「・・・・ありがとう」
礼を言うとなぜかヒースクリフは俯きながら右手で胸を押さえて後ずさった。
「どうしたの?」
突然黙り込んで後ずさるヒースクリフの様子に驚いて顔をのぞき込もうとすると、目の前に大きな背中が立ちはだかった。
「おい、俺の妹に近づくな。お前がしたことは忘れてないからな」
いつのまにかエゼキエルと話していたマティアスが私たちの間に割って入り、私を背に隠すようにしてヒースクリフと対峙する。その声と態度には警戒心が滲み出ている。無理もないだろう、それほどにヒースクリフとの初対面は印象的だった。警戒心をあらわにするマティアスの様子をヒースクリフは鼻で笑った。
「・・・お前の上司を助けたのも、俺だということは忘れたわけじゃないだろう」
「それはっ・・・・それについては礼を言う。本当に助かった」
突っかかっていってもきちんとお礼を言う律儀な兄の姿にくすりと笑みがこぼれた。軽口を言い合えるのが夢みたいだ。戻ってきた日常にほっとしていると、マティアスがエゼキエルに向き直った。
「それで、どうしてあなたがここにいるんですか?まさか、本当に脱獄してきたわけじゃないですよね」
冗談めかしていながらも少し疑っているような口調にエゼキエルは当然だとでもいうように頷く。
「もちろん。本物の俺は初めから投獄されていないからな」
「本物の?・・・・まさか」
「そのまさかだ。今魔塔主として投獄されている俺は魔法で変化したユーインだよ」
エゼキエルはどうだ、驚いたかとでも言いたげな笑みを浮かべる。けれどマティアスは唖然とした表情でエゼキエルを見つめる。
「あなたって人は・・自分が助かるために部下を犠牲にするなんて・・。見損ないましたよ」
「違う違う!ユーインが身代わりを買って出てくれたんだ。俺が影で動いて証拠を集められるように」
「はいはい。・・それで、成果はあったんですか?」
冗談だったらしく、マティアスは適当にエゼキエルの答えを受け流すと先を促した。エゼキエルはコホンと咳払いをすると居住まいをただして自信ありげな表情を浮かべる。
「もちろん。俺に変装していた主犯格は王妃に暗殺される前に闇市場で捕らえた。
これからはいいようになんてされてやらないさ。ここから反撃開始だ」
得意顔のエゼキエルが企てるようににやりと笑った。
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