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幸せそうな仲睦まじい家族を夢見ていたのはいつまでのことだっただろうか。夢を見ているとき、自分にとって両親は絶対的な存在だった。世界で一番自分の味方をしてくれる、あるべき理想の大人の姿。夢見た家族の形になれないのは自分のせい。自分がもっと上手にできれば、もっと言われたとおりにちゃんとできればきっと望んだとおりに――


なんて、なるはずがない。

そんな夢を見ているとき、1番現実を見ていないのは自分だから。


「アリス、急用とは一体どうしたんだ」


声をかけられて振り返る。そこには呼び出された場所が場所なだけに心配そうにこちらを見つめるマティアス、そして呼び出されて不機嫌そうな両親がいる。


「お兄様・・・」


「娘からの呼び出しだからと来てやったが・・なんだここは。客をもてなすこともできんのか」


ルーカスの力も借りて人払いをしたこの部屋には私たちの姿しかない。招待されたにも関わらず茶の一杯も出されないこの状況に両親が苛立っているのが手に取るようにわかる。


「ですが、こういった場で話をしなければ困るのはお2人なのではないかと思いまして。単刀直入にお聞きします。・・・・・父上、母上どうして魔塔主様を殺そうとしたのですか」


「・・・・え」


問いかけられた2人は急に真顔になり、マティアスだけが何を言っているのかわからないといった怪訝な顔をする。


「報告を受けています。魔塔主様の命を狙った賊が何度も侵入していると」


「何を言っている。父を疑うなど馬鹿馬鹿しい。」


「そうよ。それにいずれ処刑される罪人を殺して何の得があるっていうの」


母は気を悪くしたと言わんばかりに金切り声をあげる。その言葉できっとマティアスは自分が交わした約束ににヒビが入ったことに気づいたはずだ。


「母上・・・?」


困惑したようにマティアスは父と母の顔を見るけれど、2人はマティアスの様子には気づかない。


「証拠ならすでにあります。賊を尋問してすでに証言を得ています。依頼主の名前を簡単に教えてくれたそうですよ。ダメじゃないですか、闇市場で適当な賊を雇うなんて」


「そんな・・・まさか」


信じられないといった様子でマティアスの顔はどんどん青くなっていく。けれど当の本人たちである父と母が堂々としたままだった。むしろ、疑いをかけられて迷惑だとでもいうように呆れた顔をして私の話を鼻で笑う。


「何を馬鹿なことを言っている。そんな嘘の証言など真に受けてどうする」


「ですが不思議に思いませんか。母上の言葉どおり、皆がいずれ処刑されると思っているはずの人に誰が賊を差し向けるのでしょうか。差し向けるとすればそれは・・・・その人を助けるという嘘をついている人物の仕業。そうでしょう?」


「・・・・」


一瞬の沈黙だった。けれどその一瞬で呆れたような両親の表情は冷酷なものへと変わる。


「・・・・・あの邪魔者を差し向けたのはお前か。お前のせいで一体何度邪魔されたことか」


追及に父が本性を現した。今、この瞬間から私の戦いは始まる。だからこそ美しく、堂々と見えるように微笑んだ。


「いいえ、私ではありません。魔塔主様の護衛はある人が自ら買って出てくれたのです。聖騎士団の団長が」


「・・・あの人が・・?」


マティアスは茫然としまま呟く。信じられないのも当然だ。

あの襲撃事件が起きてから、本来であれば聖女を守護する役目を持つ聖騎士団の団長、トリスタン・ミラーは一度も姿を見せていなかった。事件が王妃の思惑だといち早く気づいたヒースクリフとトリスタンは秘密裏に消される可能性の高いエゼキエルの護衛をしていたのだ。

私自身、それを知ったのはヒースクリフが私の部屋を訪れてからだ。


「聖騎士団長だと?王家に仕えるはずの人間が何をしているんだ!これは王妃陛下からの密命だというのに・・」


「王妃・・?まさか・・王妃からの命で・・彼を・・・それなら、どうして・・」


「はぁ・・・知られてしまったなら仕方ない。マティアス、お前の手で片をつけなさい。たかが騎士の1人や2人、お前にとっては簡単だろう」


「は?」


父の言葉にマティアスが唖然とする。けれどマティアスの様子など気に掛けることなく父は続けて言い捨てる。


「あの男が生きていることは我々にとって害にしかならん。すぐに死ぬのも今後処刑されるのも同じことだ。」


「何を・・・何を言っているんですか?約束してくださったではありませんか。あの人の減刑を求めてくださると、命だけは助かるようにしてくださると・・・」


「端から助けるつもりなどない」


縋るようにして紡がれた言葉は一切の迷いもなく断ち切られる。マティアスは今だ戸惑ったまま問いかける。


「なら・・・どうして・・俺はそのために、大変な状況の魔塔を・・捨て置いて・・・」


「お前は侯爵家の人間だろう。お前が家のために戻ってくるのは当たり前のことだ。何を言っている?」


「それならどうして約束などしたのですか!」


マティアスの叫びが部屋に響く。けれど父はそんなマティアスの言葉を鼻で笑う。まるでそこに価値などないとでもいうように。


「そうでも言っておかないとお前はいつまで経っても戻らないではないか。魔塔で成すべきことがあるからといつまでも魔塔の人間とだと名乗りおって・・お前が言うことを聞かないから話を合わせただけだ」


「どうして、こんなことを・・・俺たちはあなたたちの子供でしょう?なぜこんなことができるのですか。」


「どうしてかって?この期に及んでおかしなことを聞くんだな。お前たちは私たちのため、侯爵家のために尽くしてこそ価値がある。そのためにここまで育ててやったんだ。」


「いつもおっしゃっていたではありませんか。すべては俺たちのことを考えてのことだと。アリスは俺のことを恨んでなどいませんでした。あなたたちの言葉は間違っていたとわかっていました。

でも、それでも信じていたんです。あなたたちの言葉を。

だから俺は今まであなたたちの言葉に従ってきたのです。それなのに、どうして・・・」


「お前の気持ちなど知ったことではない。さっさとお前の手で魔塔主を始末に行け」


「そんな・・・」


父はマティアスの言葉を冷たく切り捨てる。彼にとって私たちがどう思おうが関係ないのだ。全て自分たちの思うとおりに動けばそれでいい。私たちの親はそういう人だ。


「まぁ、あなた。そんな言い方しなくてもよいではありませんか」


そう言って父の言葉を制したのは母だった。

膝をついているマティアスのそばに近づくと穏やかに微笑んだ。


「お互い少し考えが入違ってしまっただけだわ。少し時間を置けばわかるはずです。ねぇ、そうでしょう?マティアス」


「母上・・」


「大丈夫。母はあなたの味方です」


マティアスの手をとり、肩に手を乗せると慰めるように囁いた。


「だからマティアス、魔塔主を殺しなさい。

大丈夫。母の言う通りにしていればすべてうまくいきます」


心の底からそれが正しいことだと信じている言葉だ。笑顔でそう言えるこの人が恐ろしい。

自分の母なのに、自分と同じ言葉で話をしているのに、まるで同じ人間の姿をした未知の生き物と話をしているような不気味な感覚に襲われる。


(この人たちには何を言っても通じない)


自分たちの考えが正しいと思っているから。

それ以外を認めることは決してしないから。

侯爵家の人間として侯爵家のために生きていくことが両親にとってのすべてだ。

それを否定することは両親のすべてを否定することになる。

今まで生きてきた道のりを、今在る意味を失うことになる。

だからきっと何千、何万の言葉を尽くしても私たちは分かり合えることはないのだろう。

私たちは大切にするものが違うから。

だからこそ、私たちはここで決別しなくてはならない。


「父上、母上」


心を込めて呼びかける。2人が私の顔を見る。きっとこう呼ぶのは最後だろう。


「私たち、もう家族を終わりにいたしましょう」


令嬢としてじゃない、ただの1人の娘として最後の笑顔を贈る。


「アリスっ・・」


縋るようにマティアスが私の名前を呼ぶ。これはマティアスが最も恐れたことなのだろう。だからこそ嘘だとわかっていていも裏切られているかもしれないとわかっていても、ただひたすらに彼は信じ続けたんだ。理想の家族というものを。


「何を馬鹿なことを言っている。聖女として覚醒したからと言っていい気になりおって・・。少し躾が必要なようだな」


「私はもう、あなたの言う通りになど動かない。私は・・・私たちは、あなたたちにとって都合のいい人形じゃない!」


怯まない意志を視線に込めて父だった男の顔を見返す。かつて敬愛を持っていたその顔は今や怒りに醜く歪んで私を見下ろしている。自分にとって従順な人形だった娘が反抗してくることが許せないのだろう。滑稽だった。かつて偉大な幻想を見た、ちっぽけな姿に思わず笑みがこぼれてくる。


「黙れっ!」


男は手に持っていたステッキを振り上げて私めがけて勢いよく振り下ろす。とっさに目を瞑って痛みに耐える準備をする。けれど衝撃が私を襲うことはなかった。パンッという何かを弾く音がして反射的に目を開けた。振り下ろされたステッキは弾かれたのだろう床に転がり、私を守るようにして覆っていた光の膜が役目を終えたようにふわっと消える。


「・・・・触るな」


「お兄様・・」


低い声で制止をしたのはマティアスだった。先ほどまで家族という現実に打ちのめされていたマティアスは母の手を振り払ってゆらりと立ち上がる。


「アリスに・・・俺の妹に、触るな」


「マティアス、何をしているの?ほら、たしなめるなら生意気な妹でしょう」


先ほどまでとはまったく違う様子に、母は動揺したように声をかける。その声には少しの怯えが込められているのがわかる。


「母上」


「ほら、あなたもあの子を説得して頂戴。そしてあなたも邪魔者を始末しに行くの。そうすれば全て丸く収まるわ」


マティアスはちらりと母の姿を見る。そして、悲しそうに眉をひそめた。


「私は・・・いや、俺は甘いものが好きなんです」


「は?」


突拍子もないマティアスの言葉に両親は怪訝な顔をする。けれどマティアスは気にせずに言葉を続ける。


「男だからそんな女が口にするようなものを食べるなと幼い頃に父上に言われてずっと我慢していましたが本当は甘いものを食べるのも、作るのも好きなんです。食べているとき幸せな気持ちになれるし、食べてくれた人の笑顔を見るのも好きだから」


顔を上げたマティアスは泣きそうに顔を歪めている。


「魔法が好きなんです。侯爵家の身分に囚われていた俺に新しい選択肢を与えてくれたから。・・・・魔塔が、好きなんです。魔塔は、俺に居場所を与えてくれたから」


「何を言っている?妙なことを言っていないでさっさという通りにしろ!」


かつて父だった男は声を苛立って声を荒げた。けれどもう、マティアスは臆さなかった。


「魔塔主は・・・エゼキエルは俺の家族のような、兄妹のような人です」


「何度も言っただろ!魔塔主は自分のためにお前を利用したんだ。お前は魔塔のために必要だったから良いようにされていたにすぎん!お前のことを思ってやってるのは私たち家族だけだ!」


「父上!!・・・・これが、俺なんです。

たとえ侯爵家にふさわしくなくても、貴族にふさわしい生き方ができなくても・・・エゼキエルを守りたい、これが俺の意志です」


「お前まで訳のわからないことを言いおって。アリスともども躾直してやる!ほら、来いっ!!」


無理やり手を掴まれて引っ張られそうになったとき、空気が張りつめた。

気づいたときにはヒッという悲鳴とともに母だった女が尻餅をついて、父だった男は私の手を掴んだ腕をかばうように押さえている。その腕にはびっしりと氷が張りついている。

いつの間にかマティアスはその手に杖を握っていた。


「もうやめてください。俺はもう、あなたたちの言うことを聞く子供じゃない。」


マティアスの今までにない迫力にヒッと悲鳴が上がる。


「もう夢を見るのは終わりにします」


マティアスは諦めたような、すっきりしたような笑みを浮かべた。その表情を見てさすがの2人も慌てだす。けれど、もう全てが遅い。


「まさか・・・お前まで私たちと・・侯爵家と縁を切るというのか?そんなことをしてタダで済むと思うな!侯爵家に立てついて、一介の魔法使い風情に何ができる!大切なものなど何も守れずに全てを失って悔やめばいい!」


「何を言っているんですか?」


冷ややかな声。そこにはもう家族への無償の愛は込められていなかった。


「全てを失うのはあなたたちだ」


パキンっという音と共にかつての両親の身体が氷に覆われていく。


「離せっ!こんなことをしてただで済むと思うな!」


「マティアス!あなたはいい子だったじゃない!どうして急に!」


今だにどちらが優勢なのかわかっていない2人がわめく。マティアスはゆっくりと近づくと父だった男の指からそっと指輪をとる。その指輪には我がルードベルト侯爵家はの紋章が刻まれている。当主としての証である大切な指輪だ。


「やめろっ!それはっ・・」


「安心してください。侯爵家は存続させます。俺と、俺の家族のために」


マティアスがトンっと床に杖を突いた。それを合図に2人の姿が完全に氷に包まれ、ぱっと氷片が舞い散った。それは、私たち家族の終わりへの最後のはなむけのような美しい魔法だった。

読んでいただきありがとうございます。

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