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月明りに照らされた室内で1人、ぼんやりと考える。


ヒースクリフのこと

エゼキエルのこと

マティアスのこと

そして、王妃の思惑。


聖女の力と立場を手に入れた今でも私はあの頃のままだ。

回帰前、王子の婚約者として自宅で閉じ込められ何もできず、ただ見ているだけしかできなかった頃と何も変わらない。このまま何もしなければきっとあの頃と同じ、いやそれ以上の凄惨な結末が待っている。


「けど、どうしたら・・・・」


自分の不甲斐なさに両手で顔を覆った。

四方を囲まれたような状況に気持ちまで追いつめられる。


「泣いているのか?」


静寂を破る声がした。

聞き間違えようもない。

自分にとっては一番大切な人の声だから。


「・・・・ヒース、クリフ。

どうして、ここに?」


月明りを背にした彼が立っていた。

ここは聖女を守るために厳重な警備が敷かれている。

王宮の外れにあるとはいえ侵入するのは困難のはずだ。


「忘れているみたいだが、ここは本来聖騎士団の領域だ。

聖騎士団長の計らいがあれば、これくらいどうってことはない。」


「・・・ここには、来ないと思った。」


彼の目的はただ1つ。その手で王妃を殺すこと。

それを確実にするための協力関係にすぎない。

けれど今、要となるエゼキエルもマティアスも手を貸せるような状況ではない。

だからこそ、ヒースクリフがここに来る意味などないと思ったし1人で先走ってしまうのではないかと思っていた。


「・・・そうだな。

少なくとも俺の目的を果たすなら、今のままでも十分間に合っている。

けど・・・ただお前のことが気がかりだった。」


「私?」


ヒースクリフは自分でも不思議そうに、けれど真剣な表情で私を見た。


「俺の知るお前は諦めない奴だ。

たとえ自分にできることがなくても、できることが少なくても。

だからこそこんなところに閉じ込められて、大人しくしてないんじゃないかと思った。」


ヒースクリフ静かにアリスの傍へと歩み寄る。

まるで真っ暗な闇に月の光が音もなく差し込むみたいに。


「1つ、いいことを教えてやる。

あの女にとっての最大の誤算はアリス、お前だ。」


「私?」


「あぁ。本当であればあの舞踏会の日、爆発に巻き込まれた貴族は殺され、その罪は魔塔主に着せられるはずだった。だが計画は狂った。あいつの計画の歯車を狂わせたのはお前だ。」


そうだ。

私がヒースクリフと共に助けに向かってヘレンを助けた。

ヘレンと入れ替わったこともまた、王妃の計画の綻びだったとしたら今までの行動にも意味があったのだろうか。


「何もできないから何もしないんじゃない。俺にそう言ったのはお前だろ?」


鼻の奥がツンとしてじわりと視界が滲んだ。

いつだって無力な自分が嫌だった。

それでも見ているだけでは変わらないことを思い知っていたから

何もできなくても何かしなくては気持ちばかりが焦っていた。

けれどやっぱりできることが少なくて、悔しかった。

それでも少しでもできたことのなかに、私と仲間の未来を変えるものがあったんだ。


「私っ・・・助けたい。皆を、守りたいの。

このまま王妃にいいようにされていたくない。

だから、力を貸してほしい。」


1人ではできないことの多さを知っている。

だからこそ人は手を取り合って生きていくんだ。


「あぁ。いいだろう。

お前が諦めないなら、俺はお前を置いて行ったりしない。」


ヒースクリフは満足そうに微笑んだ。

それは回帰前とも、回帰して初めて会ったときとも違う笑顔だった。

今の私たちの関係性だからこそ見ることができる彼の笑顔だ。


(私はもう涙を流して、ただあなたの背中を見送るだけの令嬢じゃない。)


ヒースクリフの手をとって立ち上がったとき不意に扉をノックする音が響いた。

話し声を聞き付けて誰かが来たのだろうか。


「アリス。こんな時間にすまない。ルーカスだ。」


「ルーカス?」


思いがけない人物の声だった。


(どうしてここに・・・?)


何よりもシスターが声をかけに来なかったあたり、こっそりと来たのだろうか。


「少し、話したいことがある。何もしないと誓うから、開けてくれないだろうか。」


(どうしよう、ここにはヒースクリフもいる・・)


戸惑ってヒースクリフの顔を見た。


「・・・・そろそろ俺も潮時だな。」


けれどヒースクリフは予想に反して扉へと歩み寄るとドアを開けて無言でルーカスの身体を引っ張り込んだ。


「うわっ!」


引っ張り込まれたルーカスは何とか体勢を立て直して周囲を見回した。


「・・・そこにいるのは誰だ?アリスはどこだ・・?」


月明りしかない室内に目が慣れないのだろう。

私以外の誰かがいるとわかりながらもその人物の顔までは見えないらしい。


「ルーカス!・・・あの、この人は―—」


どう説明するべきか言葉を選んでいると、闇に目が慣れたらしいルーカスの目がヒースクリフの姿をとらえた。


「どうして・・・・・」


「え?」


「どうして・・・・生きていたのか・・」


ルーカスはまるで幽霊でも見たかのように青ざめていた。

ルーカスの目は私の隣にいるヒースクリフの姿をとらえている。

信じられないものを見たかのように茫然とするルーカスとは反対にヒースクリフは不敵な笑みを浮かべている。


「俺を知っているのか。」


ルーカスを試すような言葉。

それはまるで出される答えを待っているようだった。


「君と同じ顔の女性を見たことがある。その銀髪と空を映したような青色の瞳。

美しさと国への貢献で王の側妃となったかつてこの国の聖女であった女性・・。

あなたは・・」


「・・・。」


「あなたは・・・第一王子、ヒースクリフ・フェイ・ティアレイン

そうなんでしょう・・・?」


時計の針が動いたような、そんな音がした。

読んでいただきありがとうございます。

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