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「私のお茶会へようこそおいでくださいました、聖女様。」
メイドに案内された先は知っている場所だった。
黒薔薇の温室。
回帰前に1度だけ訪れたことのあるその場所は以前と変わらず異彩を放っている。
私を出迎えた王妃は普段と変わりない笑みを浮かべている。
「お招きいただき幸栄です。王妃殿下。」
笑顔で答えるが内心は緊張感が拭えない。
「こちらこそ、聖女様にいらしていただくなんて幸栄だわ。
ところでお招きしていないお客様がいるようだけれど・・」
王妃はそう言ってちらりと私の隣に立つマティアスを見た。
王妃の茶会に招かれた私を1人で行かせるわけにはいかない付き添いを買って出てくれたマティアスは怯むことなく王妃と向かい合う。
「お初にお目にかかります。
ルードベルト侯爵が嫡男、マティアス・ルードベルトと申します。」
「あなたのことは存じているわ。
魔塔の優秀な魔法使いだと。
今回の魔塔主の件はとても残念だったわね。」
「・・・王妃殿下のお心を煩わせることとなり、申し訳ございません。」
「侯爵家の嫡男としての責務もあるでしょう。あなたともいつかゆっくりお話しをしてみたいわ。
けれど・・」
言葉を区切って王妃は困ったように頬に手を当てる。
「せっかく来ていただいて申し訳ないのだけれど、聖女様と2人で女性同士のお話があるの。今日は遠慮してくださらないかしら。」
「・・・・。」
いくらマティアスが侯爵家に戻ったからと言って王族からの言葉を拒否するほどの力はない。マティアスはすぐに答えず、少し考えこむ素振りを見せてから口を開いた。
「聖女という役割を賜っても彼女は変わらず侯爵家の大切な一員ですので、
愛する妹を心配するあまり、出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません。」
「・・えぇ。もちろん、大切な聖女様ですもの丁重におもてなしするわ。」
「アリス。茶会が終わったら迎えに来るよ。」
マティアスは少し大げさなくらいに丁寧な仕草で私の手をとり微笑んだ。
王妃はそのやり取りにどこか冷たい微笑みを浮かべていた。
マティアスが退室すると王妃に促されて席に着いた。
侍女の手によって目の前のティーカップに紅茶が注がれる。
上等な茶葉を使用しているのだろう、ふわりと良い香りが広がる。
「どうぞ。召し上がって。」
オレンジ色の瞳が観察するように私を見ている。
「ふふふ。緊張しているのかしら。」
紅茶に手をつけられずにいると王妃が優雅にティーカップを手にとり紅茶を飲む。
まるで暗に毒は入っていないことを示すかのように。
意を決して紅茶を飲むが味や香りにおかしなところはない。
慎重に味を確かめた私の様子を王妃はにこやかに見つめていた。
「今日あなたをお呼びしたのはルーカスのことです。
私はあなたにルーカスの婚約者になっていただきたいのです。」
王妃は唐突に本題を切り出した。
「・・・私が、ですか?」
「えぇ。おかしなことではないでしょう?
先代の聖女様も王へ輿入れをしたんですもの。」
「・・・お言葉ですが、私はまだ聖女として選ばれたばかりで聖女としても未熟で学ぶべきことが多くあります。それに、先代の聖女様が王族の一員となったのは国への貢献によるものだとお聞きしております。私は今だそれに見合うだけのことを成しえていません。」
断る理由としては十分だと思った。けれど王妃は余裕の笑みを絶やさない。
「ふふふ、そうね。けれどそれはあなたには必要ないわ。
あなたはすでにその資格を得ているんですもの。」
「・・・どういう意味でしょうか?」
「先代の聖女様が王族に迎え入れられるために功績が必要だったのは、彼女が平民の孤児だったからです。あなたは生まれながらにして侯爵令嬢。申し分のないの血筋です。
何より、長らく現れなかった聖女が王子の婚約者となれば、国も安泰であることを内外に示せます。
だからこそ、私はあなたにルーカスの婚約者となってほしいのです。」
「それは・・・」
「あなたもそう思うでしょう?
・・・・それとも、他に思う相手でもいるのかしら。」
「・・・・。」
王妃の言葉の全てが疑わしく思えてしまう。
自分の言葉と行動1つで仕留められてしまうような緊張感に握りしめた手に汗がにじんだ。
ヒースクリフの目的のためにルーカスの婚約者になることは覚悟していた。
けれどこの場合は別だ。何か別の思惑があるような気がしてならないし、なによりも王妃の言動はどこか焦っているようにも感じられた。だからこそ不用意に承諾してしまうことは躊躇われ、黙りこんだ。
「失礼します、母上。」
沈黙を破ったのは入室を知らせる声だった。
「まぁ、ルーカス。貴婦人のお茶会に無断で入ってくるなんて無礼よ?」
「無礼なのは母上の方ではありませんか。
大方聖女様への婚約の申し入れをしていたのでしょう。」
颯爽と現れたルーカスは毅然とした態度で私をかばうように立つ。
けれど王妃が怯む様子はなかった。
「えぇ。あなたにとっても悪いことではないはずよ?」
「父上は了承されなかったはずです。」
「・・・・そうね。」
その声は普段よりもはっきりとした冷たい色を含んでいた。
笑みを絶やさない王妃にしてはわかりやすいほどに。
「この茶会が父上の耳に入れば母上にとって都合が悪い。
今日のこの話はなかったことにいたしましょう。」
「・・・・・・えぇ。わかりました。」
「行きましょう、聖女様。部屋までお送りします。」
ルーカスの声に促されて立ち上がる。
「お招きいただきありがとうございました。」
退室の挨拶をするとオレンジ色の瞳と目が合う。
「・・・またお会いできるときを楽しみにしているわね。」
その視線と言葉は暗に諦めていないこと物語っていた。
**********
「アリス。無事でよかった。」
温室を出てしばらく歩いてからルーカスはとほっとしたように振り返った。
「どうしてここに?」
「君の兄さんからの伝言が届いたんだ。
君が母上の茶会へと誘われたと、ね。」
マティアスはルーカスが力を貸してくれていることを知っている。
だからこそ自分の手に負えないと判断し、ルーカスに助力を求めたのだろう。
「お兄様が・・。
ルーカス、来てくれてありがとう。」
「表立って危害を加えることはないだろうと思っていたけれど、あの件もあったから・・。」
あの件とは婚約のことだろう。
ルーカスは険しい顔をする。
「婚約の件はすでに父上から慎重に検討すると言われている。
けれどまさか君を呼び出して強硬手段に出るとは思わなかった。
間に合って良かったよ。」
あのままだったら、王妃の言葉通りに婚約の話が進んでしまっていただろう。
ルーカスの言う通り、王が了承していない婚約だとしても聖女の希望があるという言質を取られてしまえばそれを盾に押し切ることが出来る。
「あぁ、けれど父上は今だに了承はされていない。
君が侯爵令嬢であった頃は候補に挙げられていることに問題はなかったが
何か思うところがあるのだろうけれど、
私から父上には伝えておく。また強要されるようなことはないと思うけれど注意しておいてほしい。」
「わかったわ。」
(王妃はどうして婚約の話を急いだのかしら。)
焦って事を進めようとした様子が気になったけれど、その答えが浮かぶことはなかった。
その後合流したマティスに付き添われて自分の部屋へと戻った。
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