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「聖女様。お客様がいらしております。」
そう言って声をかけてきたのは身の回りの世話をしてくれているシスターだ。
この聖教会にはメイドがいない。
だから聖女の身の回りの世話は聖教会に属るシスターが行うことになっているらしい。
聖女としてここに来てから1週間が過ぎた。
その間、療養と称して一歩も外に出ることができていない。
エゼキエルは無事なのか尋ねても答えてくれる人はおらず、答えを濁されるばかり。
聖女としての身分を使ってエゼキエルの無実を訴えても証拠となるものもない。
身動きの取れない状況に焦る気持ちばかりが募っていた。
「どなた?」
「聖女様のご家族様です。」
「え・・」
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「アリス!愛しい我が娘、無事だったか?」
「よくぞ無事で。倒れていたと聞いたけれど、身体は大丈夫なの?」
「どうして、ここに・・・。」
身支度を終えて応接室に顔を出した私は驚いて目を見張る。
「どうしてって当たり前じゃない。おかしな子ね。」
「あぁ。娘が倒れたとあって駆け付けないわけがないだろ。」
向けられた言葉が自分たちのことだと勘違いしたらしい両親が走り寄ってくる。
感極まったように涙ぐむ母、あくまでも大事な娘であることを主張する父。
聖女という代えがたい身分に群がる両親は想像できた。
けれど彼が一緒にいることは予想もできなかった。
「お兄様・・。」
「アリス。」
どういうことなのだろう。
会えて嬉しい反面、両親と共にこの場にいることに嫌な予感がする。
最後に見たのは会場で倒れていた姿だ。
動けるほどに回復したようだけれどガーゼが当たっており治療した跡が見える。
マティアスは複雑な表情で私を見上げていた。
「お前たちが顔を合わせるのは久しぶりだったな。
アリス、覚えているか?幼い頃に魔塔に行っていたお前の兄だ。」
「え、えぇ・・。」
私の反応を見た父は久しぶりの再会に言葉がでないと勘違いしたらしい。
「マティアスはお前が聖女としての勤めに専念できるようにと侯爵家を継ぐために帰ってきたんだ。」
「え」
(侯爵家を継ぐ・・?エゼキエルと魔塔が大変なこの状況で、どうして?)
今の状況に加えて魔塔主の右腕を担っていたマティアスが抜けてしまうことは魔塔の存続すら危ぶまれるのではないのだろうか。言われた言葉とマティアスの行動の意味が分からず混乱する。
「父上。母上。急な話でアリスは戸惑っているようなので2人で話をさせてください。」
「あぁ、もちろんだ。久しぶりの再会だからな。ゆっくり話すといい。」
マティアスの言葉に両親は上機嫌で部屋を出ていった。
扉が閉まり、足音が遠ざかるのを確認してからマティアスに詰め寄る。
「お兄様、侯爵家を継ぐってどうして・・。
いえ、それよりも大変なのエゼキエルが―」
「アリス。大丈夫だ。全部わかっている。」
私の話を遮り落ち着かせるようにマティアスは私の頭を撫でた。
「俺が全部なんとかするから。お前は何も心配するな。」
「・・・どういうこと?」
「城下町での爆発事件に加えて王侯貴族を狙った会場の襲撃事件、貴族令嬢の目撃証言もあってこのままいけばあの人の処刑は免れない。」
「でも、証拠になるものがないじゃない。」
「あるんだ。あの方はある物の作成のために魔石を大量に取り寄せていた。
それに加えて問題なのは、襲撃があった日あの人は王城への潜入のために姿をくらませていた。
おそらくエゼキエルが王城に忍び込むことは向こうに予測されていた。
それを逆手にとられて本物がいない間に偽物を仕向けたんだ。
まんまと策にはまったんだよ。」
「でも、だからって・・・」
「俺が魔塔の魔法使いであるうちはどうすることもできない。
だから、この方法しかないんだ。」
でも、でも、と子供みたいな否定の言葉しか出ない。
「それが、侯爵家嫡子として社交界に復帰するということなの?」
「あぁ。侯爵家の嫡子として生きるのであれば魔塔主を擁護して命だけは助ける、と。」
「それは、お父様からの提案なの・・?」
「そうだ。父上が約束してくださった。」
(おかしい・・それって、変だわ)
あの人たちは魔塔になど興味がない。あの人たちは自分たちのためになることしかしない。
偽のものとはいえそれだけの証拠が集められているなかで今回の一件に侯爵家として酌量を求めることは立場的に見ても芳しくない。
それに、何よりも立ち回りが早すぎる。
「それにいずれ侯爵家を継ぐのであれば、聖女となったお前の後ろ盾になることもできる。
聖女という立場ならすぐに危険が及ぶことはないと思うがあの人からお前を守るためには必要なことだ。」
あの人という言葉が誰を意味するのかその意味が分かった。
マティアスは自分を犠牲にして大切なものを守ろうとしている。
「大丈夫だ。心配するな。全て俺が何とかするから。」
マティアスは安心させるように私の手を握りこんだ。
その姿がどうしてか、回帰前のヒースクリフの姿を思い出させ言いようのない不安が広がっていく。
どうにか止めなくてはと口を開いたとき、コンコンと扉が控えめにノックされた。
「アリス様。」
その声は普段身の周りの世話をしてくれているシスターのものだ。
「今は取込み中なの。後にしてもらえないかしら。」
「申し訳ございません。至急確認していただきたいお手紙が届いております。」
「ごめんなさい。すぐに戻るから。」
「あぁ。俺は待っているから、気にしないで良い。」
マティアスに断りを入れて扉を開ける。
シスターが手にしていたのは銀色の盆だった。
その上に手紙というには簡素な1枚のメッセージカードが乗っている。
怪訝に思いながらもカードをめくって文字を目で追う。
そこにはただ一言、流麗な字でこう書かれていた。
『喜んでいただけたかしら?』
「王妃様から、お茶会へのお誘いが届いております。」
シスターの声がどこか遠くに聞こえる。
美しく華やかなカードには似つかわしくない黒薔薇の絵が添えられていた。
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