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「決めたのか。」
「えぇ。」
(ここは、どこ・・・?)
気が付くと、見覚えのある場所に来ていた。
回帰前、ヒースクリフとよく待ち合わせをしていたあの丘だ。
木の傍に佇む長身の男性と女性の後ろ姿が見える。
いつの間にこんなところに来たのだろう。
頭がぼんやりとしてうまく考えられない。
「それなら私はお前の意志に従おう。」
「私は必ずこの土地を、ここに生きる人たちを守ることを誓うわ。私の命に代えても。あなたがくれた、この印に誓って。」
女性は隣の青年に見えるように手を空にかざした。
(あれは・・聖女の印?)
見間違えるはずがない。
その印は自分にも刻まれているものだから。
「・・・。」
青年が隣の女性を見つめた。
その横顔は自分の知っているものだった。
(アストラ・・?)
回帰前に出会った人間の姿そのままだ。
けれどその表情はあのときよりも幾分か柔らかいものに見える。
「ならば私も誓う。
お前が生きている間も命を終えたその後も、この土地をここに住む人間を守ると。
だからお前の命までかける必要などない。」
「ありがとう。
私ね、もしこの戦いを終えても生きていたらあなたに伝えたいことがあるの。」
「それは今言えないことなのか?」
「えぇ。すべてが終わったら。
その時に聞いてほしい。
そうすれば絶対に死なないって気持ちになるでしょう。」
「・・・わかった。」
寄り添いあうアストラと聖女の印を持った女性。
(この光景は・・・記憶?)
温かいけれど切なくなるような記憶に
ふと誰かの声が聞こえた気がした。
「・・・。・・・!」
はっきりと聞こえない声。
けれどそれは自分を呼んでいるのだと感覚でわかる。
呼び声に応えて重たく閉じていた瞼をあけた。
「・・・ヘレン。」
「アリスっ!目が覚めたのね。」
目が覚めるとヘレンが目じりに涙をためて私の手を握っていた。
「・・・良かった。無事だったんだね。」
「あなた、目が覚めて最初に私の心配をしている場合?
炎に包まれた会場に助けに来るなんて命知らずにもほどがあるわ?」
「それはお互い様でしょう。」
苦笑いをするとヘレンは目頭に溜まった涙を拭った。
「ここは・・どこ?」
「急に動いてはダメよ。」
背中を支えられながら起き上がって周囲を見渡す。
真っ白なレースの天蓋。
白と金を基調とした高価な高価な調度品には美しく汚れ1つ見当たらない。
美しいけれど生活感は全くない。
まるで新しく揃えられたものみたいに。
「ここは王城の端にある聖教会の一室よ。」
「聖教会?・・・そうだ、私・・」
ハッとして手の甲を見た。
そこにははっきりと聖女の印が刻まれていた。
聖女の印を隠していた腕輪は砕けてしまったのだ。
「アリス、落ち着いて聞いて。」
聖女の印について言及されるのかと思ったがヘレンは真剣な顔で私の手を握った。
「今回の舞踏会の事件だけじゃなく
城下を含めた一連の爆発事件の首謀者として犯人が投獄された。」
「犯人って・・・あの会場にいた魔法使いを捕まえたの?
あの人が城下町の事件も関わっていたの?」
意識を失ってしまった後に駆け付けた兵に捕らえられたのだろうか。
しかし安堵した私とは反対にヘレンはぐっと眉をひそめてから重い口を開いた。
「投獄された犯人とされる人物は
魔塔主、エゼキエル・ウィンフリード様なの。」
「・・・・え?」
***********
「あの事件が起こったとき私を含めた数人の令嬢だけ転移せずに会場に残っていたの。
あなたたちが転移してすぐ、1人の魔法使いが会場を爆発させたのよ。
それが、魔塔主様だった。」
「そんなわけっ!ヘレンだって知っているでしょう?
エゼキエルは・・」
「しっ。ここは端にあるとはいえ王城の一部よ。誰が聞いているかわからないわ。」
ヘレンが私の口に手を当てて遮った。
彼女の言う通りだ。
私たちがいるのは王城の一部、王妃の庭なのだ。
どこに彼女の耳や目があるかわからない。
私が頷くのを見届けてからヘレンは手を離してから小声で話を続けた。
「もちろん知っているわ。
あれが魔塔主様の姿をした別人だってこと。
けれど問題はあの場にいた複数人がそれを目撃したということよ。」
「・・・ヘレンは何か知っていたの?」
転移する前、ヘレンは何かに気が付いたように私とカードを交換したはずだ。
それが杞憂であればいいと言っていた。
私の気づいていない何かに気づいていたはずだ。
「あの時、カードをを渡されていたでしょう。
あなたが最初に持っていたカードは死神、そしてあなたと同じく死神のカードを持っていた令嬢たちに規則性があったの。彼女たちの家は王家のなかでもとりわけ王妃に近い高位貴族であり魔塔との親交もある家柄の。だから顔を知られることの少なかった魔塔主様の顔も知っていたということよ。
おそらく彼女たちは何も知らないわ。
魔塔主の顔を知っているということを利用されただけ。」
「それじゃあ・・」
(嵌められた。)
どうやって気づかれたのかはわからない。
けれどこの状況を考えればわかる。
彼女の狙いは私とエゼキエルだった。
王妃は自分の身辺を探っている存在に気づいて消そうとしていたんだ。
顔を青くして動揺している私の手をヘレンはぎゅっと握る。
「アリス。落ち着いて聞いて。おそらく、今回の一件は・・」
「失礼いたします。聖女様。お目覚めでしょうか。」
ヘレンの声を遮るようにして
コンコンというノックの音と共に少ししわがれた声が響いた。
(知らない声。)
ちらりとヘレンを見るとヘレンは無言で頷くと居住まいをただした。
「・・・どうぞ。」
声をかけると扉を開けて司祭の服を着た3人の年配の男性が部屋に入って来た。
彼らは目覚めた私の姿を見ると芝居がかったように驚く。
「おぉ、聖女様。お目覚めになられて本当に良かった。
お加減はいかがでしょうか。」
「聖女様は目覚めたばかりでお疲れのご様子です。
手短にお願いします。」
まるで警戒するようにヘレンは彼らを諫めると先頭の聖職者が一歩前に出て恭しく頭を垂れた。
「失礼いたしました。私はこの聖教会で司教の位を賜っております、オリヴァー・トレスと申します。
聖女様の誕生を今か今かと待ち望んでおりました故、気持ちがはやってしまったようです。」
司祭だというオリヴァーは私をじっと見てからヘレンに視線を移す。
その表情は穏やかなのに冷たい印象がぬぐえない。
「聖女様のお身体を思えばこそ、お1人で休まれる時間が必要ではないでしょうか。」
「聖女様の身の周りのことは友人である私が行います。
新しい環境では気苦労も絶えないでしょうから。」
「聖女様のお世話など、あなた様には過ぎたものでしょう。」
オリヴァーは穏やかな口調にはっきりとした侮辱を含ませていた。
「無礼者。私を誰だと思っているの。
シェーファー侯爵が1人娘、ヘレン・シェーファーよ。
一介の聖職者ごときに侮辱されるいわれはないわ。」
「勘違いされているようですが、ここは聖教会。
いくら侯爵家とはいえ貴族の権威が及ぶ場ではございません。
ましてや聖女様のことであればなおのこと。
さぁ、ご令嬢がお帰りだ。」
オリヴァーの合図に待機していたのであろう兵士が現れてヘレンを連れていく。
「待って!やめてください。
ヘレンを離してっ!」
「聖女様、落ち着いてください。お身体に障ります。」
ベッドから出て止めようとした私を兵士とともに入って来たシスターが押さえる。
「聖女様。あなた様は長く世に現われなかった救世主なのです。
あなた様の心身は我々がお守りしなくてはなりません。
あのように傍若無人な令嬢と共に在ることは聖女様の品性が疑われてしまう。」
「私の友人を侮辱しないでください。」
「おや、気分を害してしまったようで申し訳ありません。
ですがこれも一重に聖女様のため。ご理解ください。」
睨みつけても意に介さずオリヴァーは一礼すると私を1人残して部屋を出ていった。
(何が私のためよ・・)
そっと扉に近づいて耳を澄ませるとオリヴァーの声に応える兵の声が聞こえた。
「この部屋から一歩も出さないように。」
(見張りの兵を置かれてる)
それならばと窓を開けて外の様子を確認して、愕然とした。
とても飛び降りて無事でいられるような高さではない。
そして悟った。
自分が置かれた状況を。
聖女という名の籠に閉じ込められて自分の意志では飛び立てなくなっていることに。
読んでいただきありがとうございます。




