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炎の上がり始めた会場を見た。

ヘレンだけじゃない。

ここには護衛として待機していたはずの魔塔の魔法使いの姿も見えない。


(・・まさか、お兄様!)


思わず会場に向かおうとしたとき、凛とした声が響いた。


「シェーファー侯爵。」


「妃殿下っ!」


場の混乱を治めるように声を響かせたは王妃だ。

彼女もこの会場に転移していたのか。


「すぐに捜索のため人を向かせます。

あなた方はすぐに退避を。

この場にいる皆様も。 

侍従に案内させますので。お早く。」


王妃の声かけにパニックになりかけていた人々が落ち着きを取り戻していく。

皆ホッとしたように周囲の誘導の声に従って歩き出すなか

私は動きだせないまま王妃を見ていた。


ふと、王妃は周囲を見渡した。

オレンジ色の瞳が私の姿を捕らえると少し驚いたように見開いて何かを呟いた。

私の見間違いだろうか。


『あら、残念。』


そう言って妖艶に微笑んだように見えたのは。

王妃はそのままシェーファー侯爵夫妻とともに会場を後にした。


***********


誘導に従って人々は移動し始めている。

周囲を見渡すがすでに両親の姿はない。

あの2人のことだ、いち早く避難したに違いない。

それなら好都合だ。

行きかう人の波に逆らって歩き出そうとしたとき、腕を掴まれた。


「待て。」


驚いて振り返ると魔塔のローブをまとったヒースクリフがそこにいた。


「どうして、ここに・・。」


ここは王城からほど近いパーティ会場だ。

いくら暗闇と人込みに紛れられるからといって彼にかけられた王妃の魔法の痕跡は消せないはずだ。


「魔塔主に細工をしてもらった。

それより、あそこに行くつもりか。」


そう言ったエゼキエルは胸元のブローチを指さした。

真っ赤な艶のあるブローチ。

それはどこかで見たことがある気がしたが

今はそれどころではない。


「もちろん。

私の友人もお兄様だってもまだあそこにいるの。

私だけこのまま逃げることなんてできない。」


「お前には何を言っても無駄、だな。

仕方ない。行くぞ。」


「え?」


「あいつらを助けに行くつもりだろ。

俺も行く。」


手を掴まれたまま引っ張られそうになったが逆にヒースクリフの手を引いた。


「なんだ?」


「待って。剣を貸してほしいの。」


怪訝そうな顔をしながらも、ヒースクリフは腰に下げた長剣ではなく懐から短剣を出して私に手渡す。

私は渡された短剣で勢いよくドレスの裾を切り裂いた。ただでさえヒースクリフには足手まといだ。

動きづらいドレスのままではもっと足手まといになってしまう。

予想外の行動だったのだろう、ヒースクリフは少し目を見張っていた。


「行きましょう。」


頷いたヒースクリフと共に火の手の上がる会場へと向かって走り出した。

***********


「あなたはなぜここに?」


「エゼキエルに言われた。

自分が王城に潜りこんでいる間は警備が手薄になるからだからお前を見張っておけとな。

それよりも、いたぞ。」


ヒースクリフに言われるまま前方へと目を凝らした。

会場のすぐ傍、芝生に倒れているマティアスを見つけた。


「お兄様っ!」


倒れているマティアスを抱き起す。

声をかけても気を失ったままぐったりとしている。


「心配ない。気を失っているだけだ。

だがここに寝かせておくのは危険だ。

すぐにここにも火が回る。」


ヒースクリフは慣れた様子でマティアスの怪我を確かめた。

爆風に吹き飛ばされたのだろう。ところどころ服が焼け焦げているが幸いにも大きな怪我は見られない。

ほっとして息を吐いたとき、背後から大きな声が聞こえた。


「マティアス様っ!」


走ってきたのは魔塔の制服をまとった青年だった。

ヒースクリフは私を隠すようにして進みでた。


「魔塔の魔法使いか。」


「はい。・・・あなたは、魔塔主様の・・」


どうやらヒースクリフの顔に見覚えがあったらしい。

青年はすぐに警戒を解いて私たちの傍に走り寄った。


「マティアス様が身を挺して我々を守ってくださらなければ

無事では済みませんでした。ご無事で本当に良かった。」


「他の魔法使いは?」


「負傷者の救出と共に消火にあたっておりますが

いかんせん爆発の範囲も広く、追いついていない状況です。」


「庭園に転移できなかった者が数人いる。

その者たちはどこにいる。」


「・・・・転移できなかった方々は皆保護いたしました。

ただ1人、シェーファー侯爵令嬢を除いて。

そもそも我々にも会場が移動するという報せはなかったのです。

なぜ、このようなことが起きたのか・・。」


「・・・起きたことを嘆いていても仕方がない。

お前はこいつを連れていき負傷者の治療を。

シェーファー侯爵令嬢はこちらで捜索する。

他の者は消火を最優先にしろ。

それから、魔塔以外の魔法使いが紛れ込んでいる可能性がある。

不審人物を見かけたら問答無用で捕縛しろ。

指揮官がいないからといって取り乱すな。自分たちのやるべきことを見失うな。」


「は、はいっ!かしこまりました!失礼します。」


ヒースクリフの言葉に泣き出しそうになっていた魔法使いはぐっと唇を噛むと頭を下げた。

そのままマティアスを連れ、庭園の方角へと走っていった。


「行くぞ。」


「はい!」


私たちは煙の立ち込めている会場内へと足を踏み入れた。


「けほっ・・」


会場の中は煙に覆われていて視界も悪い。

少し空気を吸い込んだだけでも熱気と煙で喉が焼けるように熱かった。


「姿勢を低くして煙を吸い込むな。」


ヒースクリフの忠告に黙って頷く。

周囲を見渡した時、火の手をさけるようにして舞踏会の会場の真ん中に床に倒れ伏すドレス姿が見えた。


「ヘレンッ!」


駆け寄って抱き起す。

幸いにも息はしているようだ。


「良かった・・・。」


ぎゅっと彼女の温かい身体を抱きしめる。

安心したのもつかの間、背後から金属音が響いた。

とっさに見上げると私をかばうようにしてヒースクリフが相手の剣を受け止めていた。

相手はフードをかぶっていて顔までは見ることができない。


「まるで餌でも置くように見える場所に置いておくとは。随分甘く見られたものだな。」


ヒースクリフは言いながら相手の剣を軽々とはじく。

けれど、再度相手は深く踏み込んで切りかかってきた。


「・・・お前っ・」


相手の剣を受けとめたヒースクリフは何かに気づいたように呟いた。


「ふっ・・・そういうことか。

さすが、あいつらしい」


けれどすぐに何かに気づいたように嘲笑った。

相手は剣を構えたまま再度切り掛かってきた。


「行けっ!」


ヒースクリフの声に後押しされるように私はヘレンを背負って走り出した。

人を背負って走ったことなんてない。

ドレスが重く、足にまとわりつく。

思うように走れない足をただ必死に動かした。


そのとき、視界の端に光が走った。


「きゃあっ!」


気が付いたときはには衝撃で床に倒れていた。

パリンっとガラスが割れるような音がして腕輪を見た。


(腕輪の防御魔法が発動したんだ・・)


魔石がいくつか砕けてしまっている。

床に投げ出されたヘレンの元へと向かった。


(逃げないと。でも、走っても追いつかれる・・)


背中を見せれば背負っているヘレンが攻撃の的になってしまう。

煙の向こうから人影が近づいてきた。

私はヘレンを背にかばって敵と対峙する。


「ちっ魔石持ちか。」


煙の向こうから現れた魔法使いは先ほど襲いかかってきた男と同じローブをまとっていた。


「だが、標的が自分から来るなんて好都合だ。

これで依頼達成だな。」


にやりと笑うと手のひらをこちらにかざした。

その瞬間に先ほどと同じ光の衝撃が襲いかかってきた。私を中心にしてできた光の膜が攻撃を弾いているけれどそれと共に腕輪の魔石が小さな音を立てて割れていく。

押し負けそうになっている。

反射的にそう思った。


「負けないでっ!」


パリンっと一際大きな音を立てて腕輪にヒビが入った。それと同時にいくつもの氷の矢が相手の頭上から降り注ぐ。


「ぐあっ!!」


相手が魔法を受けて倒れるのとほぼ同時に腕輪が砕けて落ちた。右手の甲の聖女の印があらわになる。


「・・・・くそっ!いい加減に死ねっ!」


傷は浅かったらしい。

相手は魔法で貫かれた肩を抑えながらこちらに手をかざした。


「アリスッ!!」


もう身を守る術がない。

ヒースクリフが私を呼ぶ声が聞こえる。

相手の放った火球が目の前に迫るのがやけにゆっくりと感じた。

痛みを覚悟して目を閉じたとき、地を揺るがす咆哮が響き渡った。



「な、なんだ?」


「なぜ・・・・」


敵が異常な事態に周囲を見渡して警戒する。

けれど、私にはそれが何なのかすぐに分かった。


「アストラ・・・。」


この国の守護者たるドラゴンが目覚めた。

彼の咆哮に呼応するようにして聖女の印が光り自分を中心にして光が王城全体に広がっていく。


光は空へと向かっていくとパッとはじけて雪のように辺りに降り注いだ。


気が付くと、周囲を包んでいた火は消えていた。


「お前、何をした。」


ヒースクリフが私を背にかばい剣をかまえる。

魔法使いは苛立たし気にこちらを睨んでいるが攻撃してくる様子はない。


(警戒してるんだ、さっきの力を)


そう思ったとき遠くからせわしない足音と共に人の声が近づいてきた。


「チッ。時間切れか。」


魔法使いは苛立たし気に舌打ちをすると音もなく姿を消した。


「助かった・・・。」


安堵のまま私は意識を手放した。

読んでいただきありがとうございます。

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