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「そう。アリス・ルードベルトね。」


豪奢な室内に佇むその人は従者からの報告を聞いてどこか嬉しそうに微笑む。


「フフフ。調べさせて正解だったわ。

彼女にはこちらから会いたいと思っていたもの。」


室内の鳥かごに閉じ込められた美しい鳥が窓の外の景色を見ながら鳴いている。


「そうだわ。いいことを思いついたの!

ねぇ、手紙を書くわ。すぐに用意して頂戴。」


弾んだ声で傍に控えていた従者に声をかけた。

従者は一礼すると準備のために主人の部屋から出ていった。

残された彼女は鳥かごにゆっくりと近づくと扉を開けて鳥を手にのせた。

美しい鳥が空を羽ばたくことも、鳥かごに戻ることも

すべては彼女の思いのままだ。


「ねぇ、あなたもとても楽しみよね。

きっと私にとっても、彼らにとっても楽しい余興になるわ。

・・・とっておきの準備をしなくては。」


彼女の声に答えるようにして鳥は鳴いた。


*********


「舞踏会?」


「えぇ。今年は特別にと王妃様の命で執り行われることになったそうですよ。」


それを聞いたのは朝の支度をメイドに手伝ってもらっているときのことだった。


「なんでも今年は第一王子殿下の婚約者を決める年になるからということで

国中から名家のご令嬢が集まるということです。

急なお達しなのでどこの屋敷でも大急ぎで準備を始めているところです。」


(・・・変だわ。)


回帰前、建国祭の前に王妃が舞踏会を主催することなど1度もなかったし

なによりもルーカスの成人祝いは来年のはずだ。

その前から婚約者を決めることを公にしていることなどなかった。

自分たちの行動も含めて、過去が変わってしまっているとしても

何か嫌な予感が拭えなかった。


(魔塔の皆に知らせなくちゃ。)


身支度を手短に済ませようとメイドへ声をかけようとしたが

それは叶わなかった。


「今回のために旦那様も奥様も大変張り切っておいでです。

お嬢様に、礼儀作法やダンスの稽古を徹底して行うようにと。」


「何ですって?」


「今日は朝食の後から予定が入っておりますのでお急ぎください。」


私の意志など関係なく決定事項として伝えられ

言われるままに怒涛のレッスンが始まってしまった。


**********


「舞踏会だと?」


「えぇ。王妃の命で急遽決まったと。」


身動きの取れなくなった私は連絡手段をどうするか考えていたが

その必要はなかったらしい。

私の監視をしていたヒースクリフがいち早くその異変に気付き

夜に私の部屋を訪れていた。


「エゼキエルとお兄様に伝えてほしいのです。

これは予定になかった、と。

2人にはわかるはずですから。」


「わかった。」


嫌な予感が拭えなかった。

普段の舞踏会であればそうではないが

すでに正体の知っている王妃の主催するものであれば

どんなことが起きるかわからない。

それに王家の主催する舞踏会では魔塔の仲間が参加することは叶わない。



王家の主催する舞踏会まであと1ヶ月に迫っていた。



**********


舞踏会まであと1週間と迫った頃

ようやく屋敷を抜け出すことのできた私は魔塔への道のりを歩いていた。


王子の婚約者を決めるという大々的な舞踏会に浮かれた両親は

これまで以上に私の教育へと力を入れた。

厳しくなった監視のもとで身動きがとれなくなってしまっていたが

ここ数日は自分たちの身支度を整えることに夢中になっているらしい。

今日も朝から出かけているらしくすでに2人の姿はなかったため

メイドを買収し抜け出してきた。


魔塔への道を歩いていると、ふと違和感を感じて周囲を見渡した。


(・・・・歩いている人が少ない?)


魔塔への道は普段であればすれ違うにも肩がぶつかりそうなほど人通りが多く

通り沿いには多くの店で賑わっている。

けれど今は見渡しても数えるほどしか歩いている人がおらず

通り沿いの店も閉まっている場所が目につく。

街全体に活気がない。


(なんだろう。・・・とにかく、魔塔に急ごう。)


なんとなく嫌な予感を覚えて歩く速度を上げたとき

パンっと何かが破裂するような小さな音がした。

音に気づいて足を止めたのとほぼ同時に

ドンッッ!!!

少し歩いた先の建物から爆発音と共に煙があがった。

周囲にいた人たちも悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

反射的に逃げようとしたところで気が付いた。

爆発した箇所のすぐ真下に子供がいる。

何が起きたのかわからず落ちてくる瓦礫を見上げたまま動く様子がない。


「危ないっ!!」


とっさに駆け出した。

私が走ったところで何になる。

間に合ったところで2人とも下敷きになるだけ。

頭ではわかっていたけれどそれでも手を伸ばさずにいられなかった。

子供の身体を守るようにして抱え込む。

瓦礫は間近に迫って逃げる猶予はない。


(私たちを守って!!)


マティアスの防御魔法のかかった腕輪に祈りをこめて

来る衝撃にそなえてぎゅっと目を閉じた。


けれど思っていたような衝撃は訪れず、かわりに浮遊感に包まれた。

固く閉じていた瞼をあけると綺麗な銀髪が風になびいていた。


「お前は何をしてる!」


怒鳴られたことよりも自分を助けてくれた予想外の人物に驚く。


「ヒース、クリフ・・・」


自分が怒鳴られたと思ったのか腕の中の子供は泣きだしてしまう。

ヒースクリフは瓦礫の落ちた箇所から少し離れた場所に私たちを下ろす。

近くに母親がいたのだろう。子供は近くにいた女性のもとへと泣きながら走り出した。

あの様子なら怪我もないだろう。

ほっと息をついたけれどそれで終わりではなかった。


「ついて来い。」


低く呟いたヒースクリフは私の腕をつかむと人のいない路地裏へと連れていくと

振り返って私を見下ろした。


「・・・何もできないくせに飛び出すなんて正気か?

あのままだったらお前もろともあの子供は死んでいた。」


「・・っ。」


こちらを見る目には今までにないはっきりとした怒りの感情が浮かんでいる。

その気迫に思わずたじろぐ。


「・・・死ぬつもりはありませんでした。

私には腕輪の防御魔法がありますし。」


「防御魔法が発動しなかったらどうする。

お前自身何もできないくせに、出しゃばって命を無駄にするつもりか?

見ず知らずの子供のために自分を犠牲にするのか?

自分の命をかける偽善なら他所でやれ。」


「何もできないからと言ってあの場で見殺しにしろと言うんですか。」


「少なくとも自分の命は守れる。その方が賢明だ。」


「私に何もできないことは私自身が1番よくわかっています!

それでもただ見ているだけでは何も変わりません。

私は何もせずにいて後悔したくありません。

それはそんなにも愚かなことですか。」


「・・・・お前みたいな人間を見ているとイライラする。」


ヒースクリフは私に背を向けると冷たく言い放ち魔塔への道を歩き出す。

彼の厳しい物言いに思わず奥歯を噛みしめた。


**********


「あぁ、アリス。久しぶりだな。

ヒースクリフと一緒だったのか・・・っと、なんだ?

喧嘩でもしたのか?」


気まずい空気のまま魔塔へ向かった私たちを快く迎えてくれたエゼキエルは

漂う雰囲気に怪訝な顔をする。

なんと返したらいいかわからずただ苦笑いを返す。


「別に。調査先でたまたま会っただけだ。

また起きたぞ。今度は5番街だ。」


「そうか。何か分かったか?」


「何も。少なくとも近くに魔法使いはいなかった。

それに爆発までの予兆もない。」


「ふむ・・。ご苦労だったな。」


「あの・・・爆発って何が起きてるの?」


さも日常のことのように交わされる会話についていけずに尋ねると

それに答えてくれたのはエゼキエルだった。


「あぁ、アリスは知らなかったか。

3週間ほど前から城下町を中心に爆発事件が多発している。

どれも小規模なもので幸いなことに今のところ死者は出ていないが

今だに犯人の手がかりもつかめていない。

ある時何の前触れもなく爆発が起きる。

魔法使いによる犯行ではないかということで

国王からの命で魔塔が調査を行っているんだ。

・・・だが、状況は芳しくないな。

犯行現場の共通点もなく小規模の爆発のみ。

愉快犯による犯行の可能性が高い。」


「あの女の犯行の線はないのか?」


ヒースクリフの言うあの女とは王妃のことだろう。

エゼキエルは難しい顔をした。


「可能性としてなくはない。

だが、これまで正体をひた隠しにしてきたにもかかわらず

こんな暴挙にでるとは考えにくい。」


「・・・・そういえば、爆発が起こる前。

足を止めていたようだが何かあったのか?」


突然ヒースクリフに話を振られて驚く。

どうやら爆発が起きるよりも前から見られていたらしい。

気まずい気持ちを引きずりながらも状況を思い返す。


「・・・あのとき、爆発の前に聞こえたの音が聞こえたの。

何かが破裂するようなパンって音。

とても小さい音だったけれど。」


「破裂するような音、だと?」


私の言葉に反応したのはエゼキエルだった。

何か思い当たることがあったのだろうか。


「何か分かったのか?」


「いや・・・まだ可能性の段階だから何とも言えない。

少し考えさせてくれ。」


エゼキエルは少し考える素振りを見せたあとに

私たちを見渡した。


「もうすぐ王家主催の舞踏会もある。

一連の事件のこともあって我々魔塔も当日は警備にあたる予定になっている。

何かあれば駆け付けるつもりだが用心はしてほしい。

決して1人で行動しないようにな。

アリスも今日はもう帰りなさい。」


心についた不安を拭いきれないまま

エゼキエルに忠告に深く頷いた。


「帰り道も何かあるといけないから送って・・」

「俺が送っていく。」


「!」


エゼキエルの言葉を遮るようにして申し出たのはヒースクリフだった。

思いがけないことに私だけではなくエゼキエルもまた目を丸くする。

けれどすぐに頷いた。


「そうか。よろしく頼む。」


「あぁ。いくぞ。」


そう言って彼は先に行ってしまう。

慌てて追いかけようとするとエゼキエルに呼び止められた。


「アリス。」


振り返るとエゼキエルは穏やかに笑っていた。


「仲良くやっているようだな。」


「・・・そうとは思えないわ。さっきも怒られてしまったし。」


「ははっ。怒るということは少なくとも君に関心がある、ということだ。

あの目的以外は無関心の塊みたいなやつが感情をあらわにするんだ。

自信を持っていい。」


「・・・私は、たとえ彼に嫌われたとしても彼が救われればそれで構わないもの。」


「アリス。俺が思うに、ヒースクリフを本当の意味で救えるのは君だけだ。」


「それは、どういう意味?」


言葉の意図が分からず首を傾げる私の頭を

エゼキエルは優しく撫でた。


「いずれわかる。だからどうか君は、君のままで。

・・・あまり待たせるのは悪いからな。気を付けて帰りなさい。」


エゼキエルに促されるまま、私は部屋を後にした。


「はぁ・・・。娘を嫁に出すってこんな気持ちなのかな。」


魔塔主の小さな呟きだけが部屋に残された。


**********



魔塔を出ても先ほどの言い合いが後を引いていて気まずくうつむいたまま歩く

こんなとき、何と言ったらいいのかわからず黙り込んだまま

前を歩くヒースクリフの後を追っていた。


「さっきは・・」


「え?」


小さな呟きが聞こえて顔を上げた。


「・・・さっきは言いすぎた。すまない。」


思わず立ち止まってしまう。

ヒースクリフは振り返ると少しばつが悪そうに目を伏せた。


「私もごめんなさい。

それから、助けてくれてありがとうございます。」


「別に、あれくらいなんてことない。

だが、自分の命を犠牲にして誰かを助けようとするな。

いつも今日みたいに助けられるわけじゃない。」


その言葉に私は頷くことができず目を伏せた。


「何でもできる力があるのに何もせず、目を背けるような奴よりはずっといい。」


その言葉は誰かに向けられているような気がした。


読んでいただきありがとうございます。

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