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「あの!」
前を歩いていたヒースクリフは私の呼び止める声に振り返る。
「なんだ?」
闇市場を抜けた私たちは魔塔へと戻る道を歩いていた。
後は受け取った品を届けて用事を済ませるだけ。
それはわかってはいたが、彼とせっかく2人になれた時間を終わらせたくなかった。
「まだ何か用があるのか?」
声をかけたはいいがなかなかその続きを
伝えることができない私を訝しげに見ている。
意を決してこちらを見下ろす彼の目を見返した。
「あの、行きたい場所があるんです。
少し付き合ってくれませんか。」
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「はぁ・・・。お前も、あいつも本当に呑気だな。
俺にはこんなことをしている余裕なんてないってのに。」
ヒースクリフとともにやってきたのは
かつて回帰前にヒースクリフに連れてきてもらった花畑だった。
怒りを通り越して呆れられてしまっているらしく
想像していたよりもその口調は穏やかなものだった。
目的地を告げたとき、断られてしまうかと思ったが
呆れながらも彼は私について来てくれていた。
見渡す花畑は以前と変わりなく見える。
ヒースクリフは眩しそうに目を細めると、近くの木陰に腰を下ろした。
私も彼にならって少し距離を開けて隣に座る。
ヒースクリフはちらりとこちらを見たがやがて興味がなさそうに
花畑を少し眩しそうに見つめていた。
目を閉じて深呼吸をすると花と草木の香りに満たされる。
最近は何かと慌ただしかったからこんな風にのんびりとするのは久しぶりだった。
ヒースクリフが生きて、またこんな風に過ごせることが
まるで奇跡みたいだ。
(とても、幸せだな。)
言葉にできない気持ちをそっと噛みしめた。
「とても穏やかでいい日ですね。」
「お前もずいぶん変わっているな。
自分を殺そうとした相手と2人で穏やかだなんて。」
そう言いながらも彼はあれから私を傷つけようとすることはない。
目の前に美しい景色が広がっているにも関わらずヒースクリフまるで
路傍の石を眺めるように興味がなさそうにしている。
『生き急ぐな。』
そう言っていたエゼキエルの言葉がよくわかる。
今のヒースクリフはただ王妃をその手にかけることのみに
心血を注いでいる。
常に何かに急かされているようにさえ見える。
「あなたはどうしてそこまであの人を追うのですか?
自分の命がかかっているからですか?
それとも・・・。」
(・・・それとも、何か他に理由があるの?)
言葉にして問いかけることはできなかった。
「お前に言うつもりはない。
誰にも理解してもらいたいとも思わない。」
また、この表情だ。
まるで手負いの獣のような
近づく者すべてを威嚇するような顔。
余計な詮索はするな、とその表情が物語っていた。
(それでも、私はあなたのことが知りたい。)
きっと今の彼には迷惑なことだろう。
それでも自分の気持ちは変わらない。
「・・・この場所、落ち着きますよね。」
「・・・・。」
「昔、連れてきてもらったんです。
私の大切な場所で、大切な時間を過ごした場所だから
・・・少し気分転換がしたくて。」
本音は少し違った。
ヒースクリフが私の心を和ませるためにこの場所に連れてきてくれたときのように
生き急ぐ彼にとって、深呼吸ができるような時間になればいいと思ったのだ。
「・・・それが、辛い思い出になったとしてもか。」
「え?」
返答があるとは思わず、驚いてヒースクリフを見る。
「思い出すだけで苦しくなるような思い出になったとしてもか。」
彼は私を見ていなかった。
風に揺れている花を見つめている。
その横顔には悲しみも、寂しさもない。
花を通して何か別のものを見ているようだ。
その横顔を見て思い出すのは、自分と彼の思い出だ。
辛い別れになってしまった、自分のすべてをかけても
生きていてほしいと願った人。
「・・・悲しんでいいんですよ。」
「何?」
「悲しんでいいんです。思いだして泣いてもいいんです。
それくらい大事な思い出だったってことでしょう。
それなら私は忘れたくないです。
思い出すたびに傷ついて涙を流しても
共にいた時間と記憶を愛しんでいたいです。」
「・・・。」
気が付くと、花に向けられていた視線は私の姿を捕らえていた。
私の言葉が思いがけないものだったのだろうか呆気に取られているような顔をしている。
「・・・あの。」
彼の様子に何と言ったらいいのかわからず
言いよどんでしまう。
「・・・・・・もう、いいだろう。帰るぞ。
ここにいると余計な事まで考える。」
私が何かを言うよりも早く、彼は立ち上がった。
日の暮れてきた空を見上げる彼は、もうこちらを見ることはなかった。
一瞬だけ、私を見た彼が泣きそうな表情を浮かべていたのは気のせいだろうか。
振り向くことはない彼の表情を確かめることはできなかった。
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