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「今日は聖女としての仕事は大丈夫なのか?」
ルーカスの戴冠後、改めて聖女としてのお披露目を終えた私は王城の一角ではなく侯爵家へと住み家を戻していた。私を王城で軟禁状態にしていたオリヴァーは失脚した。彼は王妃の命を受けて私の行動を制限していたのだ。新たにその役割を受け継いだ司祭は私の心のままに、と選択の自由を許してくれた。侯爵家に戻ることを選択したのは、ひとえにマティアスがいたからだ。両親を失脚させた兄を血の通わないような冷たい家に1人にしていたくなかった。
「ええ。前話した通り、今日は予定を入れてあるから」
「ああ、そうだったな」
笑顔で答えるとマティアスは頷きながらもどこか不服そうな顔をする。彼のことが話題に上がるといつもこの表情をする。その様子がおかしくてクスリと笑みがこぼれる。
新たな当主として家を取り仕切る姿が当たり前のようになってしまった今、ふと考えることがあった。
「ねぇ、お兄様はよかったの?魔塔から出て侯爵家の当主として生きていくこと・・・それにあの人たちのことも」
2人で侯爵家に暮らし始めてから半年が経った侯爵家は若き当主の誕生と共に使用人を入れ替え以前よりもこじんまりとした場所となった。ここで暮らす人こそ少なくなったけれど以前よりも遥かに温かく血の通ったような家になじみ始めていた。
マティアスは魔塔の籍をなくし、本格的に侯爵家当主として内外に知れ渡ることになった。両親は王宮での騒動の後、表向きは病気のため侯爵家の当主を退いて隠居、それに伴ってマティアスが社交界に復帰したということになっている。実際は氷漬けから解放したあとに力技で言うことを聞かせて当主交代をしたのだけれど。初めは、両親の貴族としての身分をはく奪して国外追放させてもよいのではないか、という話もあった。しかしそれを他でもないマティアスが退けたのだ。
「あぁ、もちろんだ。もとより魔塔ではやるべきことがあったから在籍していただけだからな」
「やるべきこと?」
「あの人の望み・・先代魔塔主たち魔法使いを殺した犯人を探し出すことだ」
それはエゼキエルの悲願だ。その手で処罰を下すことこそ叶わなかったけれど、王妃と国王はすでにこの世を去った今エゼキエルの目的は果たされた。
「両親のことは目の届かない場所に野放しにしておくよりはあの2人がおかしな行動をとらないように監視して拘束しておきたいと思ったからだ。今は彼らの言葉に惑わされることはないし、この先お互いが理解しあえないということもわかっている。アリスの気持ちとしても複雑だろう・・・すまない」
複雑そうな顔をしてそう言ったマティアスに黙ったまま首を振って否定した。私にとっては正直どちらでも良かった。もう、彼らが私たちの人生を遮るような障害になることがなければ。心配だったのはマティアスの心だ。期待などとうの昔に捨ててしまった私とは違い、兄は決別する最後の瞬間まで両親のことを信じていたから。けれど、もう心配ないのかもしれない。マティアスの表情を見てそう思った。まるでふさがった傷口を慈しんで受け入れるようなそんな顔をしていたから。最後まで信じて裏切られたことで着いた傷も、それがふさがっていくことも彼は大切に自分のなかで消化して受け止めていくのだろう。
「家のことは心配するな。お前の身分はそのまま残しておく。これからのことを考えても侯爵家に籍をおいておくことは悪いことじゃない。たとえ聖女だとしてもお前は生きたいように生きなさい。俺がお前の力になる。もし寄る辺がなくて困ったときは迷わず帰ってくるんだ。俺はいつでもお前の味方だからな」
そう言ってマティアスは私の頭を優しく撫でた。見上げると優しく見つめる瞳と目が合う。その瞬間に幼いころの記憶がよぎった。私たちは歪んだ家族関係の中で生まれた。けれどその中でもマティアスは一心に家族を思う心を持っていた。嘘をつかれているとわかっていても、最後の瞬間まで信じることをやめなかった。一度は兄妹として離れてしまった私たちは再び家族として、歩き出すことができた。
その時、タイミングを見計らったようにコンコンっと部屋の扉が控えめにノックされた。
「ご当主様」
「入れ」
マティアスが短く入室の許可を出すと恭しく頭を下げて入って来たのは新たに就任した執事長だった。
「失礼いたします。お嬢様。お客様がお見えになっております」
執事長はそう言って私を見た。その反応で誰が来たのか、マティアスにもすぐに分かったのだろう。少し諦めたように小さくため息をついた。
「行ってきなさい。王兄を待たせるわけにもいかない」
マティアスはまだ彼のことを完全に認めているわけじゃない。それほどに第一印象が最悪だったから。けれど、それが解消されるのも時間の問題だろう。なんだかんだ言いながらも、マティアスは彼とはどうなのかと気にすることが多いから。
「ええ。行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてな。まだ結婚を許したわけじゃないんだから、日が暮れるまでにかえってくるんだぞ」
立場が変わっても過保護は健在だ。その心配の愛情にくすぐったく笑いながらマティアスに見送られ軽い足取りのまま部屋を出た。
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「・・・・また、来たのか」
歓迎しているのかわからない、少し戸惑ったような声が私たちを出迎えた。そんな様子のアストラの声にヒースクリフは少しため息をこぼして呆れたような視線を向ける。
「また、は余計だ。それに今日は母上の命日だからな」
ヒースクリフは跪くと手に持っていた花束をそっと新しく建てられた墓石の前に手向けた。私も同じようにヒースクリフに並ぶとその隣、初代聖女ティアの墓石の前に花を手向けた。先代聖女、アマリリスの埋葬はヒースクリフの意向でしめやかに執り行われた。もう穏やかに眠りについてほしいと言った彼が選んだ埋葬場所は意外にもこの場所だった。
「母上は・・・あいつを俺と同じように家族みたいに大切にしていたから。心休まる場所で休んでほしい」
ヒースクリフが語ったのは先代聖女が生きていた頃、守護龍であるアストラと共に過ごした穏やかな日々だった。毎日のように母とともにドラゴンの下を訪れていたこと、ドラゴンの姿となったアストラの背に乗り母と共に花畑に出かけたこと。あまりにも穏やかで愛しい日々だったからこそ、彼はアストラが仇を取ることを拒み閉じこもったことを許せなかったんだろう。けれど、その関係も以前とは少しだけ変わってきている。変わったのはアストラがヒースクリフの命を助けるために行動した日からだ。
「ヒースクリフ。お前はアマリリスに似て小言が多い」
「お前がいつまでもぼんやりとしたままだからだ」
今では言い合いながらも穏やかな雰囲気の2人に笑みがこぼれる。淡々とした返答は以前とは変わらない。けれど、彼は私たちを名前で呼び個として認識してくれている。それは大きな進歩だろう。
「そういえば、気になっていたことがあったんですけど・・」
ふとアストラを見ていて疑問に思っていたことを口にした。
「どうして私を聖女として選んでくれたんですか?」
尋ねるとヒースクリフと言い合っていた彼の視線が私に向く。風のない凪いだ湖面のような穏やかな目だ。あの時の私は必死だったとはいえアストラからしてみれば不法侵入の無礼を働く人間だったはずだ。それなのに、彼は話を聞き最後には私を聖女として認めてくれた。最初こそ渋ったもののやけにあっさりとしていたと思っていた。アストラは問いかけられた疑問に表情を変えないまま口を開いた。
「それが、アマリリスの意志だったからだ」
「母上の?どういうことだ?」
アストラの言葉に対して私の代わりに問いかけたのはヒースクリフだ。予想もしていなかった言葉に思わず言葉を失ってアストラの言葉を待つ。
「アマリリスは聖女としての力で身近にいる者の未来を見通すことができた。だが、その力もまた無償のものではない。代償というより、制約のようなものだったがアマリリスは自身に大きく関わる未来を変えることはできなかった。たとえ自分の死を予知しても、変えることができない。だから私の力を込めた首飾りを託した。いつかのときに彼女の助けとなるように」
初めて明かされた事実は淡々と抑揚のないまま告げられた。
アストラの力を込めた首飾り、それがあればわずかでも王妃の魔の手から逃れる方法があったかもしれない。けれど、その前に先代聖女はヒースクリフに首飾りを手渡した。
「それが本当なら・・・母上は俺のせいで・・」
アストラはヒースクリフの言葉に首を振って否定する。
「言ったはずだ。彼女の死の未来は変えられないのだと、あれは気休めのようなものだ。だから選んだのだろう。変えられぬ運命の中で大切なお前を救う未来を」
彼の言葉は暗に語っていた。先代の聖女から始まりヒースクリフから遺品を受け取り、その思いを受け取っていたから選んだのだと。大切な思いを乗せたそれは今はもうない。けれど、作られた目的を遂げて砕け散った。そのおかげで今愛する人が側いて、愛する人の傍にいることができている。これが先代聖女の望んだ未来なのかはわからない。けれど、そうなるために自らの命を投げうってでも想いを子に託したのだろう。
「その生を全うして幸せになれ。それが、私と彼女の願いだ」
自分の気持ちを語るときは言葉数の少ないアストラからの思い。それを受けたヒースクリフは当たり前だと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「お前に言われなくてもそのつもりだ。彼女を残して死ぬわけにはいかない。俺のために何をしでかすかわからないからな」
「うっ・・」
クスリとからかうように向けられた視線に返す言葉もない。何せ彼の命を救うために過去に戻ってきてしまったのだから。
「・・・・どうか、健やかに」
満足気に微笑んだアストラは祈るように目を閉じて呟いた。
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