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王妃が国王を道連れにして亡くなってから半年が経った。

王妃の犯した罪は公のものとなり、先代魔塔主とエゼキエルの罪は無事に払拭されることとなった。

国の支柱をになっていた国王を失い国は混乱していたが、すぐに第一王子であったルーカスが国王として国を背負い立つことでばらばらになりかけていた勢力をその手腕で瞬く間にまとめ上げた。初めは罪人である王妃の息子ということで国王としてふさわしくないのではという声も多くあり、本来の第一王子であるヒースクリフが王位を継ぐべきではないかと支持する貴族も多かったけれどヒースクリフはそれを辞退した。結果として王位に就いたルーカスは反対意見をその政治的な手腕で黙らせることとなった。



「・・・兄上、本当によろしかったのですか?」


「何がだ?」


2人しかいない広い執務室で王としてではなく、弟として問いかける。唐突な問いに怪訝な顔をしてこちらを見る兄上の視線は以前のような抜き身の剣のような鋭さを持っていない。彼女が傍にいてくれているおかげだろうか。家族として、兄弟として歪な自分たちは少しずつお互いを知りながら共にいることが出来ている。


「本来であれば、この王位はあなたのものです。兄上が望めば私はいつでも王位を譲るつもりです」


「一国の王になったものが軽々しくそんなことを言うな。それに、俺は王位になど興味はない」


「・・・ですが・・」


「あいつらの罪はお前の罪じゃない」


当たり前のことだと言わんばかりの言葉にずきりと胸が痛んだ。両親が犯してきた数々の罪、彼らの素顔と最期の姿を目の当たりにして自分に残ったのは親を失った悲しみよりも罪悪感だった。どうやっても償うことのできず、当の両親はあっけなくこの世を去ってしまった。罪悪感に飲まれそうになっていた自分を何度も救いあげてくれたのは、兄上のこの言葉だ。気遣いからくる気休めの言葉ではなく、ただ真っ直ぐな気持ちを乗せた言葉。両親の犯した罪は決して許されるものではない、けれど悔しいことに社交界から国をまとめ上げ、王として国を豊かにする力は確かなものだった。


「私はこの国をもっとより良く変えていきます。もう・・・権力や無慈悲な暴力に脅かされることなくあなたたちが笑顔で暮らせるように」


それが自分にできる罪滅ぼしだ。きっとこの先、自分は誰かと添い遂げることはない。両親の愛の形に恐れを抱いたのもある。けれど、一番は自分の中に芽生えたこの愛以上の気持ちを抱くことができないからだ。気づいたところですでに遅かった。いや、初めから報われる可能性などなかった。私は兄上を想う彼女のことを愛してしまったのだから。ならば遠くから彼女の幸せを見届けよう。彼女が兄上と幸せに生きていくことができるようにこの国を導こう。きっとそれが私の愛の形なのだろう。


「どちらに行かれるのですか?」


報告書を提出すると、もう用はないと言わんばかりに背を向ける兄上に問いかける。青空を思わせる青色の瞳が肩越しに振り返った。


「墓参りだ。約束があるからな」


「・・・・・彼女によろしくお伝えください」


まるで彼のためにあつらえたかのように聖騎士団の鎧を着こなす兄上の背を穏やかな気持ちで見送った。


**********



「師匠、ようやくあなたの汚名を濯ぐことが出来ました。どうか、安らかに」


「・・・・」


晴れ渡った空には雲一つなく、気持ちの良い墓参り日和だ。手に持っていた花をそっと墓前に手向ける。ここに師の身体は眠っていない。人目を忍ぶようにひっそりと建てられた墓は、罪人として埋葬することも叶わなかった師と仲間たちのの死を悼むために造ったものだ。ユーインと並んで手を合わせて目を閉じる。


「・・・師匠たちの仇を討つと思っていたんだけどな・・・」


「馬鹿なことを言わないでください」


ポツリと呟いた言葉はやや怒りのこもった口調できっぱりと否定されてしまでう。ちらりと隣を見ると案の定、険しい顔でこちらを睨むようにして見ている。今までユーインがこれほど自分に怒りをあらわにすることはなかった。国王と対峙したときに、自分の命を捨てようとしていたことをマティアスから聞いた後からひどくご立腹だ。機嫌を取ろうにも甘いものや高価な物を贈ってもまったく改善せず、お手上げだった。


「ただでさえマティアス様が魔塔を出られてしまって人出が足りないんです。あなたには生きてしっかり働いてもらわないと困ります」


眉間に皺を寄せて小言を言うユーインに苦笑いをする。マティアスは若き侯爵として侯爵家当主の座を引き継ぎ、魔塔から去っていった。マティアスは俺の境遇を知り、それに協力するために両親から白い目で見られながらも魔塔に在籍してくれていた。実際、実務を担ってくれていた彼が抜けることは大きな痛手だけれど幼い頃から見守っていた身としては嬉しい限りだ。

あのとき、国王と対峙したときに思った。やっと自分の役割を果たせるのだと。この命をもって亡き師や仲間たちの仇をとり、大切な者たちの命を守れると心の底から歓喜した。けれど、そんな俺の浅はかな考えも王妃の執念によってあっけなく霧散してしまった。正直言って不完全燃焼だ。圧倒的な力も人を惹きつけるようなカリスマ性も持たない、中途半端な魔塔主がやっと胸を張って魔塔主としての本懐を遂げることができると思っていたのに。


「・・・たしかに、俺は馬鹿だな」


アリスから話を聞き追っていた魔法使いの手がかりとなるヒースクリフを見たとき、まるで昔の自分を見ているようだった。その身を焼くほどの苛烈な憎悪の炎を糧に生きている彼に、そこまで自分を追い詰めず幸せに生きればいいと思いながらどこか羨ましかった。魔塔や残された仲間を守るために俺は自分の憎しみの感情を押し殺して生きるしかなかったから。守るものを持たず命を捨てても復讐を果たそうとする彼の姿は、かつて自分がそうなりたいと願っていた姿だった。残された者の辛さは自分が一番よくわかっているはずなのに・・・我ながら自分勝手な行動だ。


「まだまだ仕事が山積みなんですから・・・・ほら、置いていきますよ!」


先に行ったユーインが少し遠くで振り返って俺を呼ぶ。全てを投げだそうとした無責任な魔塔主にも関わらず傍で支え続けてくれている仲間に思わず笑みがこぼれた。


「・・・すまない、師匠。まだそっちに行くのは先になりそうだ」


墓石に語り掛けると背を向けてユーインのもとへと歩き出す。その背を後押しするように強い追い風が吹き抜けていった。


**********



「ミラー卿、どうか私の旦那様になってくださいませんか?」


「はい?」


言った。ついに言ったわ。突然の告白に憧れの聖騎士団長様は目を見開いたまま固まってしまっている。けれど積年の思いを打ち明けた私はもう止まることなんてできないわ。


「・・・・・申し訳ございません、シェーファー侯爵令嬢。もう一度おっしゃっていただいてもよろしいでしょうか?」


「もちろん構いません」


数秒の間思考が停止したように固まっていた彼は聞き間違いか、というように尋ね返してくる。初手で拒否されなかっただけ良い反応ね。コホンと小さく咳払いをしてから口を開いた。


「あなたのことをお慕いしています。私と結婚を前提にお付き合いをしてくださいませんか?いずれは結婚して婿に入っていただき、シェーファー侯爵となった私の旦那さまになっていただきたいのです。もちろん、愛するあなたに苦労などかけませんわ。私が妻となればあなたは自由に暮らしていただいて構いません。あ、けれど愛人を持つのは絶対に認めませんわ。それ以外であれば―――」


「お、お待ちください!情報量が多くて追いつけません」


はやる気持ちが大きくて少し早口になりすぎたかしら。ミラー卿は驚いたように手を挙げて私を制して首を振る。珍しく取り乱した様子のミラー卿は居住まいをただすと戸惑ったまま私を見つめた。


「第一に、俺は貴族の籍を持たない平民です。侯爵令嬢であるあなたとはとても釣り合うような人間ではありません」


「構いません。私はあなたが良いのですから、私があなたを女侯爵の夫にして差し上げます」


「・・・・」


不安の種を残さないようにと胸を張ってきっぱりと断言する。けれど、どうしてかしら。ミラー卿は何とも言えない顔で黙り込んでしまったわ。

普段騎士としての彼は自分のことを決して俺、と呼ぶことは無い。けれどその変化が彼の素顔を垣間見えたような気がして笑みがこぼれる。ミラー卿は空気を変えるようにコホンと咳払いすると再び口を開いた。


「・・・・第二に、俺はもう三十を超えています。本来であれば結婚して子供が何人もいてもおかしくない年齢です。まだ年若く将来のある貴方にはふさわしくありません」


「私はとても幸運です。あなたが結婚もせずに独身でいてくださったんですもの。そうでなければ危うく略奪しなければならないところでした」


「・・・・・・・・・」


また黙り込んでしまったわ。もしかして、感激のあまり言葉もないのかしら。


「では、もう結婚を前提にお付き合いをするということでよろしいかしら?」


「よろしくありません!」


頷いてもらえると思って再び提案したけれど、拒否されてしまったわ。


「とにかく、お断りいたします!私は執務が残っておりますので失礼いたします!」


まるで逃げるようにしてミラー卿は素早く行ってしまった。

けれど、これで諦めるような私ではないわ。


「次こそ頷かせてみせるんだから」


溢れだした思いは止まることを知らず、突き進む令嬢は外堀から埋めていく算段を頭のなかで考え始めた。

読んでいただきありがとうございます。

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