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床に倒れ伏したローザの身体からは絶え間なく血が流れ出る。私たちを圧倒できるほどの力を持った呪いの魔法使いである彼女があっけなくその命を奪われる光景をただ茫然としたまま見つめていた。
「・・・・・父上・・・なぜこんなことをっ」
初めに我に返ったのはルーカスだ。目の前の信じられない光景に信じられないといった感情のままに問いただす。ルーカスの叫びにも動じることなく、アドニスは何事もなかったように剣を振りついた血を払う。払った血が倒れたローザに降りかかっても気にする様子はなく、ゆっくり剣を鞘に納めてこちらに向き直った。
「さっき彼女に言った通りだ。もうローザに価値はなくなった。まぁ、呪いを自在に行使できる力は少し惜しいがな」
自らの妃を手に欠けた直後とは思えないほど事務的な答えにルーカスの身体がわずかに震えたのがわかった。
「・・・父上は知っていたのですか?母上が、聖女や魔塔の魔法使いたちを殺害したことも、王族である兄上を呪って市井に追い出したことも、全部・・・」
ルーカスは声を震わせながら問いただす。アドニスは当然だと言わんばかりに頷いた。
「あぁ、もちろん。と言ってもアマリリスの件は彼女の独断だ。・・・・・残念だよ。彼女にはまだ使い道があったのに」
「使い道、だと?」
声を上げたのはヒースクリフだ。信じられないような言葉に聞き返すとアドニスはあまり興味がなさそうにヒースクリフを一瞥する。
「ヒースクリフか。アマリリスの亡き今お前に価値はない。二度と私の前に姿を現さないのなら見逃そう」
「・・・はっ」
久しぶりの親子の対面だったはずだ。けれど言葉通り価値のないもの見るような視線にはわずかな血縁の情すらない。ヒースクリフは怒りを通り越して呆れたように息をつく。
「・・・・恐れながら陛下にお尋ねします」
それまで一言も発することなかったエゼキエルが声を上げた。かろうじて礼節を保っていられるのも彼が魔塔主であると自ら自負しているからだろうか。尋ねたエゼキエルを無感情の瞳が見下ろした。
「先代の聖女の殺害が独断だと言うのなら・・・魔塔を壊滅させたのは・・・まさか・・」
浮かび上がる嫌な予感のまま尋ねるとアドニスは当然のことのように躊躇うことなく頷いた。
「もちろん私だ。あれは私が命じた実験だったからな」
「・・・実験、だと?」
まるで世間話をするように、何てことない話をするような返答にエゼキエルが意味が分からないと言わんばかりの声を上げる。
「・・・あれほど大勢の人を殺すことが実験だったと?」
エゼキエルの握られた拳が怒りに震えているのがわかる。けれどアドニスはそれすら興味がないように言葉を続ける。
「お前は知らなかっただろうがこのローザは魔塔出身の魔法使いだ。それも前魔塔主の弟子のな。お前の姉弟子といったところか」
興味のない視線が倒れ伏したローザにも向けられる。彼女の体はもはや動く様子もない。
「ローザは呪いを扱うことのできる稀有な才能の魔法使いだった。だがそれを前魔塔主は良しとせず、呪いという魔法自体を禁忌としようとした。だからローザに命じたんだ。邪魔者を排除してお前の力を、存在意義を示せとな」
「っ!!ふざけるなっ!!・・・お前の、お前たちのせいでどれほどの犠牲が出たかわかっているのか!」
「言っただろう実験だったと。呪いの魔法というのは効果がまだ未知数だったからな。呪いというものは扱う上での制限こそあれど、その威力は私の想像をはるかに超えるものだった」
アドニスはローザの示した結果に満足したように微笑んだ。自らの快楽のために力を行使し微笑む王妃とも違う、そこにあるのはただ純粋な悪意だ。
「・・・なにを、おっしゃっているのですか父上。実験とか、母上の価値とか意味がわからない。それに、まるで母上の価値は呪いを扱えるからという意味に聞こえます」
震えた声のルーカスが最後の頼みに縋るように父に言葉をかける。目の前の現実はもはやルーカスにとって悪夢そのものだ。悪魔の具現化した存在は息子の問いに残酷な答えを突きつける。
「その通りだ。この女の価値は呪いを自在に扱えるという点だ。それにこちらに従順だったからな。だから王妃として迎えた。しかし、それももう終わりだ。1度なら見逃したが私の命に背いて好き勝手にする者などいらぬ」
「父上は・・・政略結婚だったとしても、母上を愛していたのではないのですか」
「愛、か。ローザも言っていたな。愛していると。私がこの女を愛していたとすればその能力だろう。それ以外は何も意味はない」
「・・・・」
ルーカスはもう問いかけることもせず黙り込んだ。それを終わりの合図としたようにアドニスがわずかに微笑む。
「積もる話もこれまでだ。悪いがこの場にいる君たちには王妃殺害の罪を背負い消えてもらおう」
信じられないような言葉と共に国王の言葉で周囲に待機していた兵が一斉に武器を構えて私たちを取り囲む。よく見ると彼らはただの兵士ではない。構えているのは様々な魔法の媒介。彼らは、宮廷魔法使いだ。普通の兵士よりも手ごわい彼らにエゼキエルをはじめとした全員がそれぞれの得物を構えるけれど先手を打つことなくたじろぐ。
(・・・このままじゃ、国王を倒しても私たちは国の叛逆者になってしまうだけ・・どうすればいいの?)
状況は王妃を相手にしているときよりも遥かに悪い。何せ相手はこの国の国王、全ての決定権を持つ人間だ。世間体こそあれど彼の権力1つで私たちは簡単に反逆者になってしまうのだから。敵だとしても相対している私たちが攻撃を仕掛けることができずがない。それがわかっているからだろう、アドニスは警戒したままの私たちを見て薄く笑った。
「だが・・・君たちに一つだけ生き伸びることが出来る選択肢をあげよう。彼女・・・聖女をこちらに渡しなさい」
「え?」
突然の提案に思わず声が漏れた。どうして、と問う前にヒースクリフが私を守るように立った。
「・・・彼女をどうするつもりだ」
警戒心を強めた彼は剣を構えたまま国王を睨みつける。アドニスはヒースクリフの睨みを受けても平然としたまま不可解な答えを返した。
「決まっている。聖女としての務めをはたしてもらう・・・・この国の新たな王妃としてな」
「王妃・・・だと?まさか、自分の妃に迎え入れるつもりなのか?」
ありえない、と否定したくなるような提案。けれど今私は目にしたばかりだった。呪いを扱うことに価値を見出され国王に愛された王妃の姿を。それを肯定するように国王は頷いた。
「あぁそうだとも。君の聖女としての力は見せてもらった。時間を巻き戻すというその稀有な力、私が有効に使ってあげよう」
「ふざけるなっ!!」
吐き気をもよおすようなおぞましい提案にヒースクリフの怒りに満ちた声が響く。だから王妃は真っ先に私を殺そうとしたんだ。私の聖女としての力に国王が価値を見出す前にと。今にも剣を振りそうなその中で一歩前に踏み出したのはエゼキエルだった。
「その提案に乗るつもりはない。お前たちの相手は俺1人で十分だ」
「あなたは、何を言っているんですかっ!」
「マティアス。これは俺の復讐だ。だから、手を出すな」
今までにない有無を言わせないような雰囲気にマティアスがたじろぐ。
「お前の言う通り、王妃殺しの罪を背負ってやろう。ただし、国王殺しの罪も背負ってだがな」
エゼキエルが長い髪を耳にかけると彼の魔法媒介である耳飾りが光る。それは、かつてエゼキエルを救ってくれた師と仰いだ恩師がくれたイヤーカフだ。
「やめてくださいっ!あなたがいなくなったら・・魔塔は、俺たち魔法使いはどうするんですか!」
マティアスが言い募ろうとエゼキエルに近づこうとするがバチっと何かに阻まれる。エゼキエルの魔力が私たちの目に見える形で溢れている。
「これが、亡き師匠にできる俺のはなむけだ。それにお前たちなら大丈夫だ。俺はお前たちを信じてるからな」
肩越しに振り返ったエゼキエルは決意に満ちていながらどこか晴れやかな笑みを浮かべる。
周囲を取り囲む魔法使いたちが一斉に魔法を放とうとしたそのとき
「させないわ」
その場に女性の声が静かに響いた。
ありえない。
それはもう絶えてしまったはずの声だ。
声の主が誰なのか理解したとき、アドニスに変化が起きた。
「ガハッ・・。グッ。」
腹部を押さえてよろめいたと思ったら口から血を吐いて膝をついた。
一体何が起きたのか。理解する間もなく視界の端でゆらりと床に倒れ伏していたはずの身体が起き上がった。それは死んだはずの王妃、ローザだった。腹部を貫かれた彼女はふらりふらりとゆっくりとした歩みで王のそばへと向かう。その異様な光景に誰もが声を発することができなかった。
「・・・させないわ。この人は私のものよ」
歩くたびにぼたぼたと血が垂れる。もはや執念のみで動き王の傍に立った王妃は、跪いて苦しむ彼の身体にしなだれかかり首に手を回した。
「ローザッ‼︎どういう、ことだ!」
「あなたは本当に私の能力しか見ていなかったのね。でも、私はわかっていたのよ・・・あなたはいつか私を捨てるかもしれないと」
苦しみながらローザを睨むアドニス。しかしローザは彼のそんな様子を気にすることなくアドニスの頬に手を当てると愛おしそうに撫でた。
「ローザッ貴様・・・」
「私は許せないの。あなたが私を捨てることも。あなたが誰かを求めることも。あなたが誰かに奪われることも。だからあなたに呪いをかけておいたのよ。あなたがわたしを捨てたときに発動する転写の呪いを。・・さすがに傷が深くて時間がかかってしまったけれど」
床に2人分の血だまりが広がり、膝をつくこともできなくなったアドニスがぱしゃっと音をたてて仰向けに倒れる。もはや声を出すことも敵わず、半端に開いた口からは呻きのような呼吸のようなわずかな音が漏れるだけだ。ローザは床に倒れ伏したアドニスの頬を愛おしそうに名残惜しそうに撫でた。
「愛しい人。あなたの最期も私のものよ。誰にも奪わせるものですか」
はっというわずかな吐息を最後に、アドニスの呼吸が止まる。それをローザは慈しむように見つめてただ一言呟いた。
「あなたを、愛してる」
そう囁いて瞼を閉じた彼女の瞳から一筋の涙かこぼれ落ち、身体を重ねるようにして倒れた。
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