第9話:嫁に3秒で負けた俺でも腹を括って初陣に行かざるを得ないんだが!?
「嫌です!」
俺は即答した。
家臣が目を丸くする。
「……若殿?」
「行きません」
「何を仰せです!」
「だって俺、今日初めて槍の鍛錬したんですよ!?」
「存じております」
「濃姫に三秒で負けましたよ!?」
「それも存じております」
「なんで知ってるんですか!?」
俺の恥ずかしい情報、家中に広まるの早すぎない?
家臣はそんな俺を無視して話を続けた。
「領内の村が襲われております。賊徒は米や馬を奪い、すでに怪我人も出ているとのこと」
「…………」
怪我人。
その一言で、俺は黙った。
「近隣の土豪が手の者を差し向けたものと思われます」
「何人くらいですか?」
「五十ほどかと」
「五十……」
多い。
五人でも怖いのに。
「こちらは?」
「八十ほど動かせます」
「……じゃあ、その八十人だけで行ってもらうというのは」
「若殿」
「はい」
「若殿に率いていただきます」
「ですよね……」
分かっていた。
織田家の嫡男なのだ。
いつまでも、
『怖いので家臣に任せます』
では済まない。
でも。
「俺が行ったところで、邪魔になりません?」
「兵というものは、大将がいるだけで士気が上がるものにございます」
「俺でも?」
「若殿でも」
「…………」
微妙に失礼だな。
*
出陣の支度を整えていると、濃姫がやってきた。
「信長さま」
「濃姫」
俺は具足姿だった。
重い。
暑い。
動きにくい。
こんなものを着て走り回る昔の人間、体力がおかしいだろ。
「初陣と伺いました」
「はい……」
「おめでとうございます」
「めでたくないですよ」
俺が答えると、濃姫は不思議そうに首を傾げた。
「怖いので」
「まあ」
「普通に死ぬ可能性ありますからね」
格好をつけても仕方ない。
怖いものは怖い。
本能寺で一回死んでいる。
処刑でも一回死んだ。
だからこそ分かる。
死ぬのは嫌だ。
「信長さま」
「はい?」
濃姫が俺の前まで来た。
そして、具足の紐を整えてくれる。
「必ずお戻りくださいませ」
「…………」
「私は、信長さまがお帰りになるのを待っております」
俺は濃姫を見た。
いつもの笑顔ではなかった。
本気で心配しているらしい。
「……はい」
少しだけ胸が温かくなった。
この人。
ひょっとすると本当に、俺のことを気に入っているのかもしれない。
怖いけど。
「では」
濃姫が一歩下がる。
「ご武運を」
「行ってきます」
俺は歩き出した。
三歩進んでから振り返る。
「濃姫」
「はい?」
「帰ってきたら、槍の稽古はもう少し手加減してください」
「考えておきます」
そこは「はい」じゃないのかよ。




