第57話:未来から来たと告白してるのに驚かれないんだが!?
人間には、墓場まで持っていくべき秘密があるという。
例えば、子どもの頃に母親の財布から小銭を拝借したことだとか、友人の好きな女の子を実は自分も好きだったことだとか、大学の講義に出席しているふりをして、実際には自室で一日中寝ていたことだとか。
最後のものについては、俺にも多少の心当たりがある。
だが、今の俺が抱えている秘密は、そんな可愛らしいものではなかった。
俺は、本当の織田信長ではない。
正確には、織田信長の体に入り込んだ、未来の日本で暮らしていた大学生だ。
名前は中田龍之介。
特別に頭がよかったわけでも、運動が得意だったわけでもない。人前に立つのが苦手で、揉め事が起きれば真っ先に逃げ道を探し、戦国武将のような勇ましい生き方とは、まるで縁のない男だった。
そんな俺が、よりによって織田信長になってしまった。
しかも、最初に目を覚ましたのは本能寺の変の真っ最中で、その後も何度か死んでは過去へ戻り、ようやく今の人生へたどり着いたのである。
冷静に考えると、誰かに話したところで信じてもらえるとは思えない。
未来から来たなどと口にすれば、気が触れたと思われるか、怪しげな術を使う者だと疑われるのが関の山だろう。
それでも、俺は吉乃に話そうと決めた。
彼女が病に倒れたとき、俺がなぜあれほど取り乱したのか。
なぜ、まだ起きてもいない出来事を恐れ、何度も彼女の命を案じていたのか。
その理由を、いつまでも隠したままにはしたくなかった。
何より、俺は吉乃を側室に迎えたいと願っている。
これからの人生を共に歩んでほしいと頼むのであれば、自分が何者なのかくらい、きちんと話しておくべきではないだろうか。
もっとも、問題が一つあった。
俺自身、どうしてこんなことになったのか、まったく分かっていないのである。
*
吉乃の家を訪ねたのは、彼女が病から回復して十日ほど経った頃だった。
秋も深まり、村を囲む田畑では刈り入れがほとんど終わっていた。道端には稲藁が積まれ、家々の軒先には干した大根や柿が吊るされている。遠くからは薪を割る音が聞こえ、冷たい風に乗って、どこかの家の夕餉の匂いが漂ってきた。
吉乃は、庭の柿の木の下にいた。
母親に無理をしないよう言われているらしく、今日は畑仕事ではなく、縁側に腰を下ろして小さな布を縫っていた。
俺の姿に気づくと、彼女は針を置き、嬉しそうに立ち上がった。
「信長さま!」
俺は、その笑顔を見て、思わず頬を緩めた。
病に倒れた日のことを思えば、こうして元気に出迎えてくれるだけで胸がいっぱいになる。
「もう外へ出ても大丈夫なのか?」
「はい。宗伯さまからも、少しずつ普段の暮らしへ戻してよいと仰せいただきました」
「無理はしていないだろうな」
吉乃は、少しだけ頬を膨らませた。
「信長さまは、お会いするたびに同じことをお尋ねになりますね」
「心配なんだから仕方ないだろう」
「それでは、次にお越しになるまでに、何か別のお尋ねを考えておいてくださいませ」
俺は、思わず笑った。
どうやら、病が治ったことで、吉乃の遠慮のなさまで戻ってきたらしい。
それが、何より嬉しかった。
母親へ挨拶を済ませると、俺たちは庭の柿の木の下へ移った。
枝には、まだいくつか実が残っている。
以前、吉乃はこの木を見上げながら、人間には変えられないことがあるのだと話してくれた。
冬になれば葉は落ちる。
だが、だからといって、水をやらなくてよいわけではない。
あのときは、ただの例え話だと思っていた。
今になって考えると、吉乃は俺が何を恐れているのか、薄々気づいていたのかもしれない。
*
「……吉乃。今日は、大事な話がある」
俺がそう切り出すと、吉乃は膝の上で手を揃え、こちらへ向き直った。
「はい。何でございましょう」
俺は、しばらく言葉を探した。
未来から来ました。
本当は織田信長ではありません。
以前にも何度か死んでいます。
どれから話しても、まともな人間の発言には聞こえない。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……吉乃。お前は、生まれ変わりというものを信じるか?」
吉乃は、少しだけ首を傾げた。
「生まれ変わり、でございますか」
「ああ。人は死んだあと、別の人間として生まれることがあると思うか?」
吉乃は、しばらく考えた。
「お寺の和尚さまから、そのようなお話を伺ったことはございます。人は何度も生まれ変わり、前の世の行いによって、次の世の暮らしが変わるのだとか」
俺は、頷いた。
「……そうか」
「信長さまは、そのお話がお好きなのでございますか」
「いや、好きというか……少し事情が違うんだ」
俺は、思わず頭をかいた。
吉乃は、俺の顔を見つめながら、静かに待っていた。
俺は、覚悟を決めた。
「……俺は、本当は、この時代の人間じゃない」
吉乃は、瞬きをした。
「この時代、でございますか」
「ああ。もっとずっと先の時代から来たんだ。今から何百年も先の日本で、俺は暮らしていた」
吉乃は、少しだけ目を見開いた。
だが、驚いて声を上げることも、俺を気味悪そうに見ることもなかった。
ただ、静かに尋ねた。
「では、信長さまは、未来のお生まれなのでございますか」
「……そういうことになる」
「まあ」
吉乃は、小さく呟いた。
そして、なぜか少し感心したように頷いた。
「それは、ずいぶん遠くからお越しになったのでございますね」
俺は、思わず彼女の顔を見た。
遠くから来た。
確かに間違いではない。
だが、そういう問題だろうか。
「……いや、吉乃。俺が言っているのは、尾張から京へ来たとか、そういう話じゃないんだぞ」
「はい。何百年も先からお越しになったのでございましょう」
「……そうだ」
「でしたら、たいそう長い旅でございましたね」
俺は、言葉を失った。
どうやら吉乃は、未来から来たという話を、長旅の一種として理解しているらしい。
この調子では、俺が月から来たと言っても、道中は寒うございましたかと尋ねられそうである。
*
俺は、もう少し詳しく説明することにした。
「……俺の本当の名前は、中田龍之介という」
吉乃は、静かに頷いた。
「なかた、りゅうのすけさま」
「ああ。未来では、そう呼ばれていた」
「立派なお名前でございますね」
「……ありがとう」
俺は、少しだけ照れくさくなった。
戦国時代へ来てからというもの、中田龍之介という名前を口にしたことはほとんどなかった。
自分でも、もう忘れかけていたくらいだ。
だが、吉乃がその名前を呼んでくれた瞬間、胸の奥に懐かしいものが込み上げてきた。
大学の教室。
駅前の商店街。
夜遅くまで明かりのついていたコンビニ。
スマートフォンの画面。
そして、もう二度と会えないかもしれない家族や友人たち。
俺は、少しだけ目を伏せた。
「……未来では、俺は大学というところへ通っていた」
「大学、でございますか」
「ああ。学問をするところだ。寺子屋とは少し違うが、勉強する場所だと思ってくれればいい」
吉乃は、興味深そうに頷いた。
「では、信長さまは学問をなさっていたのでございますね」
「……まあ、一応」
俺は、少しだけ視線を逸らした。
大学へ通っていたことと、真面目に勉強していたことは、必ずしも同じではない。
吉乃は、俺の様子に気づいたらしく、小さく笑った。
「お勉強は、あまりお好きではなかったのでございますか」
「……得意ではなかったな」
「そうでございましたか」
吉乃は、納得したように頷いた。
俺は、少しだけ肩を落とした。
未来から来たという重大な告白をしているはずなのに、なぜか大学時代の成績について反省させられている。
だが、まだ肝心なことを話していない。
俺は、表情を引き締めた。
「……それから、俺は一度、死んでいる」
吉乃の笑顔が、静かに消えた。
俺は、続けた。
「いや、一度じゃない。何度も死んで、そのたびに過去へ戻ってきたんだ」
吉乃は、黙って俺を見つめていた。
「最初は、もっとずっと先の時代だった。俺が織田信長として目を覚ましたときには、城が燃えていて、周りには敵がいた。何も分からないまま、俺は死んだ」
あのときのことを思い出すと、今でも背筋が冷たくなる。
炎に包まれた本能寺。
煙の匂い。
刀を握る蘭丸の顔。
そして、首筋を走った鋭い痛み。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「次に目を覚ましたときは、少し前の時代だった。だが、そこでも失敗して死んだ」
吉乃は、静かに聞いていた。
「そして、その次に目を覚ましたとき、俺はお前と出会った」
吉乃の目が、わずかに動いた。
俺は、彼女を見つめた。
「……吉乃。俺は、前にもお前と会っている」
庭を渡る風が、柿の葉を揺らした。
吉乃は、しばらく何も言わなかった。
俺は、続けた。
「前の人生でも、俺たちは仲良くなった。お前の家へ通うようになって、三日後に泊まりに行くと約束した」
吉乃は、静かに俺を見つめていた。
「だが、その約束の日の朝、お前が病に倒れたという知らせが来た」
俺は、拳を握った。
「俺は慌てて駆けつけた。医者も呼んだ。だが、間に合わなかった」
喉が、ひどく乾いた。
それでも、話さなければならない。
「……お前は、死んだんだ」
吉乃は、息を呑んだ。
俺は、俯いた。
「俺は、お前を助けられなかった」
しばらく、沈黙が続いた。
遠くで、子どもたちの笑い声が聞こえた。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
「……だから、今度こそ助けたかった」
吉乃は、何も言わなかった。
「お前が少し咳をしただけで怖くなったのも、宗伯を探したのも、病になったと聞いて取り乱したのも、全部そのせいだ」
俺は、吉乃を見つめた。
「前の人生で、お前を失ったからだ」
*
吉乃は、長い間黙っていた。
俺は、その沈黙が怖かった。
信じてもらえないかもしれない。
気味悪がられるかもしれない。
あるいは、俺が吉乃を騙していると思われるかもしれない。
だが、吉乃は、やがて静かに口を開いた。
「……信長さま」
「……何だ」
「そのとき、信長さまは、たいそうお悲しみになられたのでございますね」
俺は、息を呑んだ。
吉乃は、少しだけ目を伏せた。
「わたくしが亡くなってしまったのであれば、信長さまは、どれほどおつらかったことでございましょう」
俺は、何も言えなかった。
未来から来たことでも、何度も死んだことでもなく。
吉乃が最初に気にかけたのは、俺がどれほど悲しんだかということだった。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……つらかった」
吉乃は、静かに聞いていた。
「お前がいなくなって、何も考えられなくなった。これからどうやって生きていけばいいのか、分からなかった」
俺は、膝の上で拳を握った。
「……だから、俺は自分で命を絶った」
吉乃の表情が、変わった。
それまで静かに話を聞いていた彼女が、初めて明らかな動揺を見せた。
「……信長さまが?」
俺は、頷いた。
「……ああ」
吉乃は、しばらく俺を見つめていた。
そして、静かに首を振った。
「それは、なりませぬ」
俺は、顔を上げた。
吉乃の声は穏やかだったが、その目には強い意志が宿っていた。
「わたくしが亡くなったからといって、信長さままで命を絶ってしまわれるなど、悲しゅうございます」
俺は、何も言えなかった。
「わたくしは、信長さまに生きていていただきとうございます。たとえ、わたくしがおそばにいられなくなったとしても」
俺は、胸が締めつけられた。
前にも、似たことを言われた。
吉乃は、自分が死んだあとも、俺には幸せでいてほしいと願っていた。
だが、あのときの俺には、それを受け入れることができなかった。
「……ごめん」
俺がそう言うと、吉乃は静かに首を振った。
「謝らないでくださいませ。ただ、今度は、そのようなことをなさらないとお約束していただきとうございます」
俺は、しばらく黙っていた。
もう一度、吉乃を失ったら。
そのとき、自分がどうなるのか。
正直に言えば、まだ分からない。
だが、今の俺には濃姫がいる。
十衛門がいる。
父上がいる。
源太や権六、藤吉郎もいる。
俺がいなくなれば、悲しむ人間がいる。
そして、俺には織田家の若殿として果たさなければならない務めもある。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……約束する」
吉乃は、俺を見つめた。
「……本当に?」
「ああ。もう、自分から命を絶つようなことはしない」
吉乃は、ようやく少しだけ微笑んだ。
「……それなら、ようございました」
*
しばらくして、俺は気になっていたことを尋ねた。
「……吉乃。お前は、俺の話を信じるのか?」
吉乃は、少しだけ首を傾げた。
「はい」
俺は、思わず身を乗り出した。
「……本当に?」
「はい」
「未来から来たんだぞ? 何百年も先の時代からだぞ?」
「先ほど、そう伺いました」
「しかも、何度も死んでいるんだぞ?」
「それも、伺いました」
俺は、言葉を失った。
もっと驚くと思っていた。
少なくとも、腰を抜かすとか、念仏を唱えるとか、俺の額に手を当てて熱がないか確かめるとか、そのくらいの反応はあると思っていた。
だが、吉乃は落ち着いた様子で俺を見つめている。
「……怖くないのか?」
俺が尋ねると、吉乃は少しだけ考えた。
「不思議なお話だとは思います」
「……だろうな」
「ですが、信長さまが嘘をおつきになっているとは思いませぬ」
俺は、息を呑んだ。
吉乃は、静かに続けた。
「それに、わたくしには、未来のことも、前の世のことも分かりませぬ。信長さまがお話しくださったことを、確かめる術もございませぬ」
俺は、頷いた。
そのとおりだった。
俺自身ですら、なぜ過去へ戻ったのか説明できないのだ。
吉乃に理解しろというほうが無理な話だった。
だが、彼女は少しだけ微笑んだ。
「ただ、信長さまが今ここにおられることは、確かでございます」
俺は、顔を上げた。
「そして、わたくしも、こうして生きております」
吉乃は、そっと俺の手を取った。
「でしたら、今はそれで十分ではございませぬか」
俺は、何も言えなかった。
吉乃の手は、温かかった。
病に倒れた夜のような、熱に浮かされた温かさではない。
生きている人間の、穏やかな温もりだった。
俺は、その手を握り返した。
「……お前は、本当に不思議なやつだな」
吉乃は、くすくすと笑った。
「未来からお越しになった信長さまに、そのように仰せいただくとは思いませなんだ」
俺は、思わず笑った。
確かに、そのとおりだった。
*
やがて、吉乃は庭の柿の木を見上げた。
秋の風が枝を揺らし、赤く色づいた葉が一枚、ゆっくりと地面へ落ちた。
「信長さま」
「……何だ?」
「ひとつ、お尋ねしてもよろしゅうございますか」
「ああ」
吉乃は、少しだけ考えてから口を開いた。
「信長さまは、何度も過去へ戻られたのでございますね」
「……そうだ」
「では、今度も、また過去へ戻られるのでございましょうか」
俺は、息を呑んだ。
その可能性を、考えたことがなかったわけではない。
だが、今の俺には分からない。
死ねば必ず過去へ戻るのか。
それとも、次に死んだときには、本当に終わってしまうのか。
そもそも、なぜ俺だけがこんなことになっているのか。
何一つ、答えは出ていなかった。
「……分からない」
俺は、正直に答えた。
「今度死んだら、また戻れるのかもしれない。だが、戻れないかもしれない」
吉乃は、静かに頷いた。
「そうでございますか」
俺は、彼女を見つめた。
「……怖くないのか?」
吉乃は、少しだけ微笑んだ。
「怖くないと申し上げれば、嘘になります」
俺は、黙って聞いていた。
「ですが、先のことは、誰にも分かりませぬ。明日、何が起きるのかさえ、分からないのでございますから」
吉乃は、そっと俺の手を握った。
「それでも、今日を大切に生きることはできます」
俺は、胸が熱くなった。
吉乃は、静かに続けた。
「信長さまが未来からお越しになったことも、何度も過去へ戻られたことも、わたくしには不思議なお話でございます」
そして、柔らかく微笑んだ。
「きっとそれも運命なのでしょう」
俺は、息を呑んだ。
運命。
俺が、何度も変えようとしてきたもの。
俺が、恐れてきたもの。
そして、ようやく少しだけ変えることのできたもの。
吉乃は、それを恐れるでもなく、恨むでもなく、ただ静かに受け入れていた。
俺は、思わず笑ってしまった。
「……お前、本当に驚かないんだな」
吉乃は、少しだけ首を傾げた。
「驚いておりますよ」
「……どこが?」
「信長さまが、未来では学問をなさっていたというお話には、たいそう驚きました」
俺は、言葉を失った。
そこか。
未来から来たことでも、何度も死んだことでもなく。
大学へ通っていたことが、一番の驚きだったらしい。
俺は、思わず天を仰いだ。
「……そんなに勉強ができなさそうに見えるのか、俺は」
吉乃は、慌てて首を振った。
「いいえ! ただ、信長さまは、じっと座って学問をなさるよりも、外を駆け回っておられるほうがお似合いかと……」
「それ、全然否定になってないぞ」
吉乃は、口元を押さえて笑った。
俺も、つられて笑った。
庭には、秋の柔らかな日差しが差し込んでいた。
*
しばらく笑ったあと、吉乃は少しだけ真剣な顔になった。
「信長さま」
「……何だ?」
「ひとつだけ、お願いがございます」
俺は、彼女を見つめた。
「……何でも言ってくれ」
吉乃は、静かに口を開いた。
「わたくしが、また病になったとしても、どうか、あまりご自分を責めないでくださいませ」
俺は、息を呑んだ。
「信長さまは、前の世でわたくしを助けられなかったことを、ずっと悔やんでおられたのでございましょう」
「……ああ」
「ですが、病になることは、誰のせいでもございませぬ」
吉乃は、そっと俺の手を握った。
「信長さまが、どれほどわたくしを大切に思ってくださっても、わたくしが一度も病にならず、一度も怪我をせずに生きることは、きっとできませぬ」
俺は、何も言えなかった。
「それでも、信長さまと一緒に過ごす日々を、わたくしは幸せだと思っております」
吉乃は、柔らかく微笑んだ。
「ですから、どうか、まだ起きてもいない悲しいことばかり考えずに、今のわたくしを見ていてくださいませ」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
吉乃は、安心したように微笑んだ。
俺は、その笑顔を見つめた。
前の人生で、俺は吉乃を失った。
だが、今は彼女が生きている。
そして、俺の秘密を知っても、変わらずこうして笑ってくれている。
俺は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……ありがとう、吉乃」
吉乃は、少しだけ首を傾げた。
「何のお礼でございましょう」
「……俺の話を、聞いてくれたことだ」
吉乃は、柔らかく微笑んだ。
「信長さまのお話でございますもの。いくらでも、お聞きいたしますよ」
俺は、思わず笑った。
そして、心の中で小さく呟いた。
未来から来たことも、何度も死んだことも、全部話した。
それなのに、吉乃は少しも俺を怖がらなかった。
むしろ、大学へ通っていたことのほうに驚かれてしまった。
……未来から来たと告白したのに、驚かれないんだが!?




