第56話:正室と恋人に向き合ったら覚悟を問われたんだが!?
吉乃の熱がすっかり下がったのは、病に倒れてから五日目のことだった。
その朝、宗伯はいつもより長く脈を取り、喉の様子を確かめたあと、ようやく表情を和らげた。まだ体力は戻っておらず、しばらくは無理をさせてはならないということだったが、少なくとも今すぐ命を落とすような容体ではないらしい。
俺は、その言葉を聞いて、畳に座り込んでしまった。
前の人生で吉乃が亡くなった夜から、五日が過ぎていた。
彼女はまだ少し痩せていて、長く話せば疲れてしまうし、庭へ出ることも許されていない。それでも朝になれば目を覚まし、母親の作った粥を食べ、ときには俺の顔を見て笑う。
何でもないことばかりだった。
だが、俺にとっては、その何でもないことが奇跡のように思えた。
「若殿さま。これからは、ご家族の方に看病をお任せしてもよろしいかと存じます」
宗伯にそう言われたとき、俺は思わず吉乃の母親を見た。
母親は、疲れた顔で笑っていた。
「若殿さまには、本当にお世話になりました。ですが、お城のお仕事もございましょう。どうか、そちらへお戻りくださいませ」
俺は、吉乃へ目を向けた。
彼女は布団の上で背中に枕を当て、膝に薄い掛け物をかけていた。病み上がりのため頬は以前よりほっそりしていたが、俺と目が合うと、いつものように少し首を傾げた。
「信長さま。わたくしは、もう大丈夫でございますよ」
「……本当に?」
「はい。昨日も、その前の日も、同じことをお尋ねになりましたね」
俺は、返事に詰まった。
吉乃は、くすくすと笑った。
「これでは、信長さまがお城へ戻られる前に、わたくしのほうが先に元気になってしまいそうでございます」
それは、むしろ望むところだった。
だが、彼女の笑顔を見ていると、いつまでもここに居座るわけにはいかないということも分かった。
俺には、織田家の若殿としての仕事がある。
そして、城には濃姫がいる。
吉乃の病を案じながらも、俺を送り出し、必要なものを届け、何度も容体を尋ねてくれた正室が。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。今日は城へ戻る」
吉乃は、ほっとしたように微笑んだ。
その笑顔を見て、俺は少しだけ複雑な気持ちになった。
どうやら俺は、心配をかけることにかけては、かなりの才能があるらしい。
*
城へ戻る道中、十衛門はいつもより口数が少なかった。
俺が何度も振り返るからだろう。
村の家並みが見えなくなっても、田畑の向こうに柿の木が見えなくなっても、俺はつい後ろを確かめてしまった。
吉乃が元気になったのは分かっている。
だが、たった今別れたばかりなのに、もう様子を見に戻りたくなっている自分がいた。
「若殿」
十衛門が、馬を並べて声をかけた。
「吉乃どののご容体は、宗伯どのが確かめてくださっております。何かあれば、すぐに知らせも参りましょう」
「……分かっている」
「それならば、そろそろ前をご覧になってはいかがでしょう」
俺は、慌てて顔を戻した。
十衛門は、何事もなかったように続けた。
「道の真ん中に石がございます。馬が足を取られれば、吉乃どののご心配をなさるどころではございませぬ」
俺は、少しだけ苦笑した。
「……お前は、本当に容赦がないな」
「若殿の馬が転びましても、私には受け止められませぬので」
それはそうだ。
俺は手綱を握り直し、ようやく前を向いた。
だが、城が近づくにつれ、今度は別の不安が胸の中に広がり始めた。
濃姫と、何を話そう。
吉乃を側室に迎えたい。
その気持ちは変わっていない。
だが、吉乃が病に倒れたからといって、濃姫の気持ちが変わったわけではない。俺が何日も吉乃の家に泊まり込んでいたことだって、濃姫からすれば複雑だったに違いない。
それでも彼女は、俺を責めなかった。
だからこそ、俺はもう逃げてはいけないと思った。
*
城へ戻ると、父上から預かっていた仕事が、見事なまでに積み上がっていた。
書状の束を見た瞬間、俺は思わず天井を仰いだ。
どうやら五日間というものは、世の中の仕事を増殖させるのに十分な時間らしい。
源太が、申し訳なさそうに笑っていた。
「若殿。急ぎのものは、信秀さまにご裁可いただいております」
「……そうか。助かった」
「ですが、こちらは若殿にご確認いただきたいものばかりでして」
俺は、書状の束を見つめた。
村の用水路の修繕。
兵糧の備蓄。
隣村との境界を巡る争い。
それから、藤吉郎が勝手に厩の掃除方法を変えたため、古参の小者と口論になったという報告まで混じっていた。
俺は、その最後の一通を読んで、思わず顔をしかめた。
未来の天下人は、どうやら俺が留守にしている間も、着実に面倒を増やしているらしい。
だが、今はそれどころではない。
俺は、源太へ必要な指示を出し、急ぎの書状だけを片づけた。
そして、日が傾き始めた頃、濃姫の部屋へ向かった。
*
濃姫は、窓際で文を読んでいた。
俺が入ると、すぐに立ち上がり、静かに頭を下げた。
「お帰りなさいませ、信長さま」
その言葉を聞いた瞬間、俺は少しだけ胸が温かくなった。
五日ぶりの城だった。
濃姫はいつもどおりの落ち着いた表情をしていたが、近くで見ると、目の下にわずかな疲れがあった。
「……ただいま」
俺がそう答えると、濃姫は小さく微笑んだ。
「吉乃どのは、もうお元気になられましたか」
「ああ。熱は下がった。まだ体力は戻っていないが、宗伯も、少しずつ普段の暮らしへ戻してよいと言っていた」
「それは、ようございました」
濃姫は、心から安心したように息を吐いた。
俺は、その姿を見つめた。
「……いろいろ、ありがとう」
濃姫は、少しだけ首を傾げた。
「何のお礼でございましょう」
「布や米を届けてくれたことも、城のことを気にかけてくれたことも。それから……俺のことも、心配してくれたことも」
濃姫は、しばらく俺を見つめていた。
そして、静かに答えた。
「わたくしは、信長さまの妻にございますから」
その言葉が、胸に刺さった。
妻。
俺は、吉乃を好きになった。
だが、濃姫もまた、俺の妻なのだ。
彼女は俺のためにこの城へ嫁ぎ、見知らぬ家臣たちに囲まれながら、織田家の正室としての務めを果たしている。
そのことを、俺は忘れていたわけではない。
ただ、吉乃を失うことが怖すぎて、濃姫の気持ちを考える余裕を失っていた。
俺は、畳へ座った。
「……濃姫。今日は、ちゃんと話をしたい」
濃姫は、少しだけ表情を引き締めた。
「吉乃どののことでございますね」
「……ああ」
濃姫は、静かに俺の向かいへ座った。
「承知いたしました」
*
俺は、まず吉乃の病について話した。
前の人生のことは言えない。
だが、彼女が高い熱を出し、何日も苦しんでいたこと。そして、ようやく回復し始めたことを、できる限り詳しく伝えた。
濃姫は、途中で口を挟まなかった。
俺が話し終えると、静かに頷いた。
「吉乃どのがご無事で、何よりにございます」
「……ああ」
俺は、しばらく黙っていた。
そして、ようやく口を開いた。
「……俺は、吉乃を側室に迎えたい」
濃姫の表情が、わずかに変わった。
だが、彼女は何も言わなかった。
俺は、続けた。
「前にも話した。だが、あのときは俺の気持ちばかり伝えて、濃姫がどう思うか、きちんと聞けなかった」
濃姫は、静かに俺を見つめていた。
「……今日は、聞きたい」
しばらく、沈黙が続いた。
庭から、鳥の鳴き声が聞こえた。
濃姫は、ゆっくりと口を開いた。
「信長さまは、わたくしが嫌だと申し上げても、吉乃どのを側室に迎えたいのでございますね」
俺は、息を呑んだ。
以前にも、似たことを尋ねられた。
あのとき俺は、吉乃を諦められないと答えた。
だが、今は少し違う。
「……迎えたい気持ちは、変わらない」
俺は、正直に答えた。
「だが、濃姫が嫌だと言うなら、その理由を聞きたい。俺が何をすればいいのか、どうすれば少しでも納得してもらえるのか、考えたい」
濃姫は、少しだけ目を伏せた。
「……わたくしが、何をしても納得できないと申し上げたら?」
俺は、言葉に詰まった。
その可能性を、考えていなかったわけではない。
だが、実際に尋ねられると、答えが出なかった。
俺は、しばらく考えた。
「……そのときは、すぐには決めない」
濃姫が、顔を上げた。
「吉乃にも、濃姫にも、無理やり何かを決めさせたくない。俺の気持ちだけで、二人の人生を変えてしまうのは違うと思う」
濃姫は、黙って聞いていた。
俺は、続けた。
「ただ、俺が吉乃を好きなことも、濃姫を大切に思っていることも、嘘にはできない」
濃姫は、しばらく俺を見つめていた。
そして、小さく息を吐いた。
「……信長さまは、ずるいお方でございますね」
俺は、何も言えなかった。
濃姫は、少しだけ苦笑した。
「わたくしが嫌だと申し上げても、吉乃どのをお好きでいらっしゃる。それでいて、わたくしのことも大切にしたいと仰せになる」
俺は、俯いた。
「……そうだな」
「ですが、嘘をつかれるよりは、よろしゅうございます」
濃姫は、静かに続けた。
「わたくしは、吉乃どのを憎んでいるわけではございませぬ。あの方が病に倒れたと聞いたときには、心からご無事を願いました」
俺は、顔を上げた。
「……ありがとう」
「ですが、それと側室に迎えることは、別のお話にございます」
俺は、頷いた。
「……分かっている」
濃姫は、まっすぐ俺を見つめた。
「信長さま。もし吉乃どのを側室に迎えられるのであれば、あの方はもう、ただの村娘ではいられませぬ」
俺は、黙って聞いていた。
「お住まいも、身の回りのお世話をする者も必要になりましょう。織田家の方々から、どのように扱われるかも考えねばなりませぬ」
俺は、頷いた。
確かに、そのとおりだった。
俺は、吉乃と一緒にいたい。
だが、側室に迎えるということは、ただ好きな女性をそばへ置くことではない。
彼女の暮らしを変えることだ。
そして、周囲の人間からの扱いも変わる。
濃姫は、さらに続けた。
「もし、吉乃どのにお子が生まれたならば、その子はどのようなお立場になるのでございましょう」
俺は、息を呑んだ。
子ども。
以前、吉乃にいつか子どもが欲しいと言ったことを思い出した。
あのとき彼女は、俺の言葉を喜ぶどころか、真剣な顔で問い返してきた。
自分の生んだ子は、どのような立場になるのか。
正室である濃姫の子と、どう違うのか。
俺は、その問いに十分な答えを出せなかった。
「……俺の子として、きちんと認める」
俺がそう言うと、濃姫は静かに首を振った。
「それだけでは、足りませぬ」
俺は、顔を上げた。
「信長さまがお認めになったとしても、家臣たちがどう考えるかは別でございます。もしわたくしにも子が生まれたならば、家督を巡って争いが起きることもありましょう」
俺は、何も言えなかった。
濃姫の言うことは、もっともだった。
この時代、子どもの立場は母親の身分や家同士の関係によって大きく左右される。
俺が吉乃を好きだからといって、その子どもたちが何の問題もなく暮らせるとは限らない。
濃姫は、少しだけ声を落とした。
「わたくしは、吉乃どのが不幸になることを望んでおりませぬ。まして、そのお子が生まれながらにして争いの種になることなど、望みませぬ」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……そうだな」
「ですから、信長さまには、まず考えていただきたいのでございます」
濃姫は、まっすぐ俺を見つめた。
「吉乃どのをお好きだというお気持ちだけでなく、あの方と、その先に生まれるかもしれぬ子どもたちを、どのように守られるおつもりなのか」
俺は、何も言えなかった。
好きだから、一緒にいたい。
そんな気持ちだけでは、足りない。
濃姫は、俺にそれを突きつけていた。
*
しばらくして、濃姫が静かに口を開いた。
「それから、もうひとつございます」
俺は、顔を上げた。
「……何だ?」
「吉乃どのご自身は、何と仰せなのでございますか」
俺は、息を呑んだ。
濃姫は、少しだけ眉を寄せた。
「信長さまが側室に迎えたいとお考えなのは、よく分かりました。ですが、吉乃どのは、それを望んでおられるのでしょうか」
俺は、答えられなかった。
吉乃は、俺のことを好きだと言ってくれた。
一緒にいたいとも言ってくれた。
だが、側室になることについては、まだ何も決めていない。
俺は、彼女が病に倒れてから、その話をすることすらできなかった。
「……まだ、返事はもらっていない」
濃姫は、静かに頷いた。
「でしたら、まずは吉乃どののお気持ちを、お聞きになるべきではございませぬか」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……そうだな」
濃姫は、少しだけ表情を和らげた。
「わたくしも、吉乃どのとお話ししてみとうございます」
俺は、顔を上げた。
「……本当に?」
「はい」
濃姫は、静かに頷いた。
「信長さまのお話だけでは、あの方がどのようなお人柄なのか、十分には分かりませぬから」
俺は、少しだけ苦笑した。
確かに、そのとおりだった。
俺は吉乃のことを話すとき、どうしても良いところばかり挙げてしまう。
明るくて、優しくて、働き者で、誰にでも親切で。
だが、それでは吉乃という一人の人間を、きちんと伝えられていないのかもしれない。
濃姫は、静かに続けた。
「それに、もし本当に同じ家の者となるのであれば、いつまでも顔を合わせずにいるわけにはまいりませぬ」
俺は、頷いた。
「……分かった。吉乃が元気になったら、二人が会えるようにする」
濃姫は、小さく微笑んだ。
「お願いいたします」
*
それから数日後。
俺は、再び吉乃の家を訪ねた。
吉乃は、もう布団から起き上がり、縁側で針仕事をしていた。まだ長く歩くと疲れるらしく、母親から畑仕事は禁止されているという。
俺の姿を見るなり、彼女は嬉しそうに笑った。
「信長さま!」
俺は、思わず笑顔になった。
「……元気そうだな」
「はい。おかげさまで、ずいぶんよくなりました」
吉乃は、少しだけ胸を張った。
「昨日は、庭まで歩いてみたのでございますよ」
「……庭まで?」
「はい。柿の木のところまで」
俺は、思わず顔をしかめた。
「……無理をしていないだろうな」
吉乃は、くすくすと笑った。
「母にも、同じことを言われました」
俺は、少しだけ苦笑した。
どうやら、俺と吉乃の母親は、心配性という点では意見が一致しているらしい。
俺は、縁側へ腰を下ろした。
吉乃は、針仕事を膝へ置き、こちらへ向き直った。
「今日は、何かお話がございますか」
俺は、少し驚いた。
「……どうして分かった?」
吉乃は、少しだけ笑った。
「信長さまは、大切なお話をなさる前には、いつも少し難しいお顔をなさいますので」
俺は、思わず頬をかいた。
そんなに分かりやすいのだろうか。
吉乃は、静かに俺を見つめていた。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「……濃姫と、話をした」
吉乃の表情が、少しだけ変わった。
「……濃姫さまと?」
「ああ。お前を側室に迎えたいということについて、きちんと話した」
吉乃は、黙って聞いていた。
俺は、続けた。
「濃姫は、お前が不幸になることを望んでいないと言っていた。それから、もし子どもが生まれたときのことも、考えなければならないと」
吉乃は、少しだけ目を伏せた。
そして、静かに頷いた。
「……もっともなお話でございますね」
俺は、彼女を見つめた。
「……吉乃」
「はい」
「俺は、お前を側室に迎えたい。だが、お前が望まないなら、無理にそうするつもりはない」
吉乃は、しばらく黙っていた。
庭では、風に揺れた柿の葉が一枚、地面へ落ちた。
やがて、吉乃が静かに口を開いた。
「信長さま」
「……何だ」
「わたくしは、信長さまのことを、お慕いしております」
俺は、息を呑んだ。
吉乃は、少しだけ頬を赤くした。
「できることなら、これからもおそばにいたいと思っております」
俺は、胸が熱くなった。
だが、吉乃はそこで言葉を止めなかった。
「ですが、側室になるということは、ただ信長さまと一緒にいられるというだけではございませぬね」
俺は、頷いた。
「……ああ」
「わたくしの母のこともございます。村の人たちとのお付き合いも、今までどおりにはいかなくなるかもしれませぬ」
俺は、黙って聞いていた。
「それに、濃姫さまのこともございます」
吉乃は、少しだけ目を伏せた。
「わたくしが側室になれば、濃姫さまは、どのようなお気持ちになるのでしょう」
俺は、答えに詰まった。
濃姫は、吉乃を憎んでいないと言っていた。
だが、それだけで納得しているわけではない。
俺は、正直に答えた。
「……複雑だと思う」
吉乃は、静かに頷いた。
「そうでございましょうね」
俺は、少しだけ俯いた。
「……すまない」
吉乃は、首を振った。
「謝らないでくださいませ。わたくしも、自分の気持ちを考えているのでございますから」
俺は、顔を上げた。
吉乃は、まっすぐ俺を見つめていた。
「信長さま。わたくしは、誰かの不幸の上に、自分の幸せを築きたいとは思いませぬ」
俺は、何も言えなかった。
吉乃は、静かに続けた。
「ですが、だからといって、信長さまをお慕いする気持ちを、なかったことにもできませぬ」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……ああ」
吉乃は、少しだけ微笑んだ。
「ですから、もう少し考えさせていただきとうございます」
俺は、頷いた。
「……分かった」
吉乃は、安心したように息を吐いた。
そして、少しだけ首を傾げた。
「ところで、信長さま」
「……何だ?」
「濃姫さまは、わたくしにお会いになりたいと仰せなのでございますか」
俺は、驚いた。
「……どうして分かった?」
吉乃は、くすくすと笑った。
「信長さまが、先ほどから何か言いかけておられるようでしたので」
俺は、思わず苦笑した。
本当に、俺は分かりやすいらしい。
「……ああ。濃姫は、お前と話をしてみたいと言っていた」
吉乃は、少しだけ目を見開いた。
そして、しばらく考えたあと、静かに頷いた。
「……わたくしも、お会いしてみとうございます」
俺は、顔を上げた。
「本当に?」
「はい」
吉乃は、少しだけ微笑んだ。
「お会いせずに、あれこれ考えていても、何も分かりませぬから」
俺は、胸が温かくなった。
濃姫も、同じようなことを言っていた。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。二人が会えるようにする」
吉乃は、静かに頭を下げた。
「お願いいたします」
*
帰り道、俺は馬の上で考えていた。
濃姫は、俺に覚悟を問うた。
吉乃もまた、自分の人生を真剣に考えていた。
俺は、二人を好きだ。
だが、好きだという気持ちだけでは、何も解決しない。
吉乃を側室に迎えるのであれば、彼女の暮らしを守らなければならない。
濃姫が正室として尊重されることも、当然のことだ。
そして、もし子どもが生まれたならば、その子どもたちが不必要な争いに巻き込まれぬよう、今から考えておかなければならない。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
前の人生では、吉乃を失った。
今度は、彼女が生きている。
だが、生きているからこそ、向き合わなければならない問題がある。
それは、決して簡単なことではない。
俺は、空を見上げた。
秋の空は高く、雲がゆっくりと流れていた。
吉乃の命を救えたことは、嬉しい。
だが、これから先の人生をどう生きるかは、まだ何も決まっていない。
俺は、手綱を握り直した。
そして、心の中で小さく呟いた。
……正室と恋人に向き合ったら、覚悟を問われたんだが!?




