第20話:嫁と初デートしたら、初恋相手へのお土産を買ってしまい、案の定バレたんだが!?
今日は濃姫と出かける日だ。
つまり。
嫁との初デートである。
「…………」
いや、待て。
結婚してから初デートって、順番がおかしくない?
普通は付き合って、デートして、結婚するものだろ。
でも俺たちは違う。
初対面に近い状態で結婚して、初夜には短刀を突きつけられ、俺は納屋へ逃げ込んだ。
それから槍で三秒で負けた。
そして今、ようやくデートだ。
「……順番が滅茶苦茶だな」
「何がでございます?」
「ひゃっ!」
振り返ると、濃姫が立っていた。
淡い桜色の小袖を着ている。
髪には小さな飾りが挿してあった。
いつもの凛々しい姿とは、少し雰囲気が違う。
「……綺麗ですね」
思わず口に出た。
濃姫が目を丸くした。
「まあ」
そして、頬を染めた。
「ありがとうございます」
「…………」
あれ?
なんか普通に可愛い。
いや、濃姫は最初から美人だった。
ただ、俺が怖がっていただけで。
「信長さまも、本日はよくお似合いでございます」
「ありがとうございます」
濃姫が微笑む。
俺も笑った。
よし。
今日は大丈夫そうだ。
槍も短刀も持っていない。
たぶん。
*
「若殿、本日は城下をご覧になるので?」
「はい」
家臣が俺たちを見た。
「奥方様とお二人で?」
「そうです」
「……それはようございました」
なぜか家臣が感動したような顔をした。
「若殿も、ようやく奥方様との仲を深めるお気持ちに……」
「そんな大げさな話じゃないですよ」
「いえ、めでたいことでございます」
家臣が目頭を押さえた。
泣くな。
結婚してから嫁と出かけるだけだぞ。
どれだけ夫婦仲を心配されていたんだ、俺たち。
「では、供の者をつけますゆえ」
「……二人きりじゃ駄目ですか?」
俺が尋ねると、家臣は即答した。
「なりませぬ」
「ですよね」
知ってた。
戦国武将にプライベートはない。
*
城下は思っていたより賑やかだった。
道の両側には店が並び、野菜や魚、布などが売られている。
行き交う人々の声が飛び交い、子供たちが走り回っていた。
「……すごいな」
俺は思わず呟いた。
現代の商店街とは違う。
でも、人が集まって買い物をしている光景は、どこか懐かしい。
「信長さま、あちらをご覧くださいませ」
濃姫が指さした。
小さな露店に、色とりどりの組紐が並んでいる。
「綺麗ですね」
「はい」
濃姫が嬉しそうに頷いた。
「私、こういうものを見るのが好きなのです」
「そうなんですか?」
「はい」
知らなかった。
濃姫が組紐を好きだなんて。
俺は少し考えた。
「……一つ、買いましょうか?」
濃姫が驚いた顔をした。
「よろしいのですか?」
「もちろん」
「ですが……」
「好きなんでしょう?」
濃姫は少し俯いた。
そして、小さく笑った。
「……ありがとうございます」
なんだろう。
すごく喜んでくれている。
俺は店主に声をかけた。
「これ、いくらですか?」
店主が値段を告げる。
俺には、この時代の物価がまだよく分からない。
とりあえず家臣に目で確認した。
家臣が頷く。
よし。
ぼったくられてはいないらしい。
「じゃあ、これを」
俺は淡い青色の組紐を選んだ。
濃姫が首を傾げた。
「青でございますか?」
「はい」
「なぜ?」
「濃姫に似合いそうだから」
「…………」
濃姫が固まった。
あれ?
変なこと言った?
「……濃姫?」
「い、いいえ!」
濃姫が慌てて首を振った。
「とても嬉しゅうございます」
頬が赤い。
俺は少し笑った。
なんだ。
こういう普通の会話もできるんじゃないか。
*
しばらく歩くと、菓子を売る店があった。
俺の足が止まった。
「……お菓子」
濃姫が笑った。
「ふふっ。やはり、お好きなのですね」
「はい」
「では、少し買ってまいりましょう」
店先には餅や干し柿が並んでいた。
俺は目を輝かせた。
甘いものだ。
現代のケーキやチョコレートには及ばないかもしれないけど、こういう素朴な甘さも悪くない。
「信長さま、どれになさいます?」
「……これと、これ」
「ふふっ。たくさん召し上がるのですね」
「甘いものは別腹です」
「別腹?」
「……何でもありません」
しまった。
現代語が出た。
濃姫は不思議そうに首を傾げていた。
俺は餅を一つ口に入れた。
「美味しい!」
濃姫が嬉しそうに笑う。
「それはようございました」
そのとき。
俺はふと思った。
吉乃も、こういうお菓子が好きだろうか。
いつも俺に出してくれるばかりで、吉乃自身が何を好きなのか、まだ聞いていない。
「……もう少し買ってもいいですか?」
「もちろんでございます」
濃姫が頷いた。
「どなたかへのお土産ですか?」
「……え?」
俺は固まった。
鋭い。
鋭すぎる。
「ええと……」
「家臣の方々に?」
「……まあ、そんな感じで」
嘘だ。
吉乃に渡そうと思った。
でも。
濃姫の前で吉乃の名前を出す勇気はなかった。
俺は追加で餅を買った。
濃姫は何も言わなかった。
ただ、少しだけ俺を見ていた。
*
その後、俺たちは城下の外れにある小さな寺へ向かった。
境内には季節の花が咲いている。
濃姫が嬉しそうに歩いていた。
「綺麗ですね」
「はい」
俺は花を眺めた。
名前は分からない。
前世でも植物には詳しくなかった。
「濃姫は、花が好きなんですか?」
「はい。特に桔梗が好きでございます」
「桔梗?」
「はい」
濃姫が微笑んだ。
「父の家の紋にも使われておりますので」
「……なるほど」
斎藤家か。
そういえば濃姫は、美濃から嫁いできたんだった。
知らない土地に来て、知らない男と結婚して。
しかも、その男は初夜に逃げ出した。
「…………」
俺、ひどくない?
今さらだけど。
「……濃姫」
「はい?」
「美濃が恋しくなること、ありますか?」
濃姫が少し驚いた顔をした。
「……ございます」
「そうですよね」
「ですが」
濃姫が俺を見た。
「今は、こちらが私の居場所にございます」
「…………」
俺は黙った。
濃姫は微笑んだ。
「信長さまのおそばが」
心臓が跳ねた。
いや。
これは恋愛的な意味なのか?
それとも、武家の妻としての覚悟なのか?
分からない。
でも。
濃姫が本気でそう思っていることだけは、伝わってきた。
「……ありがとうございます」
俺は小さく頭を下げた。
濃姫が笑った。
「信長さまは、すぐにお礼を仰るのですね」
「……変ですか?」
「いいえ」
濃姫は首を横に振った。
「私は、好きでございます」
「…………」
また心臓が跳ねた。
やめて。
そういうことを普通に言わないで。
俺、耐性ないんだから。
*
帰り道。
俺は濃姫と並んで歩いていた。
家臣たちは少し離れたところにいる。
「信長さま」
「はい?」
「本日は、ありがとうございました」
「こちらこそ」
「とても楽しかったです」
濃姫が微笑んだ。
俺も笑った。
「俺も楽しかったです」
これは本当だ。
最初はどうなることかと思ったけど、意外と普通に楽しめた。
濃姫は怖いだけの人じゃない。
綺麗なものが好きで、甘いものを食べる俺を見て笑ってくれる。
そんな普通の女の子なんだ。
「……また、出かけましょうか」
俺が言うと、濃姫が目を丸くした。
「よろしいのですか?」
「もちろん」
濃姫が嬉しそうに笑った。
「ぜひ」
俺も笑った。
なんだ。
少しずつなら、仲良くなれるじゃないか。
*
屋敷に戻ったあと。
俺は部屋で買ってきた餅を眺めていた。
濃姫への贈り物は組紐。
家臣たちには別に菓子を分けた。
そして、この餅。
吉乃への土産だ。
「……いつ渡そうかな」
明日、村へ行こうか。
いや、また家臣に井戸の話をされる。
でも、吉乃の喜ぶ顔が見たい。
俺は餅の包みを持ち上げた。
そのとき。
「信長さま」
「ひゃっ!」
濃姫が部屋に入ってきた。
「……そのお菓子は?」
「…………」
終わった。
完全に終わった。
「ええと……」
濃姫が包みを見た。
そして。
「吉乃様へのお土産でございますか?」
「…………」
俺は固まった。
なんで分かるの?
この人、読心術でも使えるの?
「……はい」
正直に答えた。
濃姫は少し黙った。
そして。
「……そうでございましたか」
小さく頷いた。
俺は慌てて言った。
「でも、今日のお出かけは本当に楽しかったです!」
「…………」
「濃姫と一緒に歩けて、嬉しかったです!」
濃姫が俺を見た。
そして、少しだけ笑った。
「……ありがとうございます」
でも。
その笑顔は、どこか寂しそうだった。
*
その夜。
俺は布団の中で考えていた。
濃姫との初デートは楽しかった。
それは間違いない。
でも。
吉乃への土産を買ってしまった。
しかも、濃姫にバレた。
俺は本当に不器用だ。
誰も傷つけたくないのに、結局誰かを傷つけてしまう。
「…………」
隣の布団では、濃姫が静かに眠っている。
俺は目を閉じた。
明日は吉乃に会いに行こう。
そして、ちゃんと考えよう。
この関係を、どうするべきなのか。
そう思った。
……ただ。
翌日、俺が村へ向かおうとしたところで、思いもよらない知らせが届くことになる。
それは。
吉乃に、縁談が持ち上がっているという知らせだった。




