第12話:嫁に迫られたが初めては好きな人がいいんだが!?
夕餉のあと。
俺は一人、縁側に座っていた。
眠れなかった。
目を閉じると、昼間の光景が浮かぶ。
矢が飛んでいく。
人に刺さる。
倒れる。
「…………」
俺が命令した。
あの男が死んだとしたら。
殺したのは誰だ?
矢を放った兵か?
それとも。
命令した俺か?
「信長さま」
「うわっ!」
振り返る。
濃姫だった。
「また驚かれました」
「気配消してません?」
「消しておりませぬ」
絶対嘘だ。
濃姫が俺の隣に座る。
近い。
少し離れようとした。
「逃げないでくださいませ」
「…………」
先手を打たれた。
仕方なく、そのまま座る。
「眠れないのですか?」
「……少し」
「戦のことを?」
俺は濃姫を見る。
「分かるんですか?」
「お顔を見れば」
そんなに分かりやすいのか。
「今日」
俺は庭を見る。
「人が倒れるところを見ました」
「はい」
「俺の命令で矢を放って」
濃姫は黙って聞いている。
「勝ったって、みんな喜んでました」
「はい」
「でも俺は……」
言葉が止まった。
こんなことを言っていいのだろうか。
織田信長が。
戦国武将が。
人が死んだのが怖かったなんて。
「……嬉しくなかった」
濃姫は笑わなかった。
「変ですか?」
「いいえ」
「武将なのに」
「信長さま」
濃姫が静かに言った。
「人が死ぬことを喜ばぬのは、悪いことでございましょうか」
「…………」
意外だった。
もっと、
『戦なのだから仕方ありません』
と言われると思っていた。
「でも、俺が戦わなかったら、村の人が襲われてた」
「はい」
「だから戦うしかなかった」
「はい」
「でも戦ったら、今度は向こうの人が死ぬ」
俺は頭を掻いた。
「難しすぎません?」
濃姫が少し笑った。
「難しいですね」
「ですよね」
「ですが」
濃姫が俺を見る。
「信長さまが今日、戦に出てくださったから助かった者もおります」
「…………」
「それだけは、お忘れにならないでくださいませ」
俺は何も言わなかった。
そんな考え方もあるのか。
誰も殺さない。
誰にも恨まれない。
たぶん、この時代では無理なのだ。
だったら。
せめて。
俺のせいで死ぬ人間を、できるだけ少なくする。
それなら。
できるかもしれない。
「濃姫」
「はい?」
「ありがとうございます」
濃姫が微笑んだ。
そして。
俺の肩に頭を乗せた。
「…………」
固まった。
近い。
髪が触れている。
いい匂いがする。
何これ。
どうすればいい?
逃げる?
でも、さっき励ましてもらった直後だぞ。
ここで逃げたら最低じゃない?
「信長さま」
「は、はい」
「今宵は、お側で休んでもよろしいでしょうか」
「…………」
来た。
最大級の難問が。
「いや、その」
「夫婦でございます」
「知ってます」
「私は信長さまの妻です」
「それも知ってます」
「では」
「…………」
俺の脳内で警報が鳴り響く。
落ち着け。
同じ部屋で寝るだけだ。
何も起こらない。
たぶん。
濃姫を見る。
綺麗だ。
ものすごく綺麗だ。
でも。
俺はまだ、この人を好きなのか分からない。
前世からずっと決めていた。
初めては、本当に好きな人としたい。
笑われるかもしれない。
童貞のくだらない理想かもしれない。
それでも。
そこだけは譲りたくなかった。
「……同じ部屋なら」
俺は答えた。
「まあ」
「でも寝る場所は別で」
「…………」
濃姫の笑顔が消えた。
「いや、違うんです!」
「何が違うのでしょう」
「嫌いとかじゃなくて!」
「では、なぜ?」
「心の準備が!」
濃姫が俺を見つめる。
そして。
「ふふっ」
笑った。
「信長さまは、本当に不思議なお方ですね」
「悪かったですね」
「いいえ」
濃姫が俺の袖をつまむ。
「では、今宵はそれで我慢いたします」
「我慢……」
怖い言い方するなよ。




