第11話:戦から帰ってきたら嫁の距離が近すぎるんだが!?
屋敷が見えた。
「……帰ってきた」
その瞬間、身体から力が抜けた。
生きてる。
ちゃんと手もある。
足もある。
首もある。
首、大事。
本能寺で一回なくなってるからな。
「若殿、ご無事のご帰還、何よりにございます」
「はい……」
隣の家臣は上機嫌だった。
「初陣にて敵の伏兵を見抜き、深追いもせず勝利なさるとは!」
「たまたまですよ」
「ご謙遜を」
「本当にたまたまです」
怖かっただけだ。
林が怖い。
伏兵が怖い。
追いかけるのも怖い。
死ぬのはもっと怖い。
その結果、なぜか名将みたいな扱いになっている。
勘弁してほしい。
「若殿!」
「若殿がお戻りになられたぞ!」
屋敷の前では、家臣や使用人たちが待っていた。
その中に。
「信長さま!」
濃姫がいた。
「あ」
俺を見つけた瞬間、表情が明るくなる。
そして。
走ってきた。
「え?」
待って。
なんで走ってくるの。
怖い。
反射的に一歩下がった。
「信長さま!」
「はいっ!」
濃姫が俺の前まで来る。
上から下まで俺の身体を見た。
「お怪我は?」
「ないです」
「本当に?」
「はい」
「どこにも?」
「どこにも」
濃姫がほっと息を吐いた。
「……よかった」
その顔を見て、俺は少し驚いた。
本当に心配してたんだ。
「必ず戻ると約束しましたから」
「はい」
濃姫が笑った。
「お帰りなさいませ、信長さま」
「……ただいま」
なんだろう。
変な感じがする。
前世では、俺が家に帰っても誰かが待っていることなんてほとんどなかった。
大学から帰れば、自分の部屋に入る。
飯を食って、風呂に入って、寝る。
それだけ。
なのに今は。
帰ってきた俺を見て、安心してくれる人がいる。
しかも美人。
いや。
短刀持ってたけど。
槍も俺より強いけど。
美人ではある。
「信長さま?」
「なんでもないです」
俺は目を逸らした。
なんか照れる。
*
部屋へ戻ると、ようやく具足を脱ぐことができた。
「重っ……」
肩が痛い。
腰も痛い。
馬に乗っていたせいで尻も痛い。
初陣って、敵と戦う以前に身体への負担がすごい。
「信長さま」
「はい?」
濃姫がまだいる。
いつ帰るんだろう。
いや、ここ濃姫の部屋でもあるのか?
結婚してから数日。
いまだに夫婦の生活範囲がよく分からない。
「お疲れでしょう」
「かなり」
「お休みになられますか?」
「そうします」
「では、お手伝いいたします」
「何を?」
濃姫が近づいてくる。
一歩。
二歩。
「え?」
俺は下がる。
「信長さま?」
さらに近づいてくる。
「ちょっと待ってください」
「はい?」
「何するつもりですか?」
「お召し物を」
濃姫が俺の帯に手をかけた。
「うわあっ!」
俺は飛び退いた。
濃姫の手が空を切る。
「…………」
「…………」
沈黙。
濃姫が俺を見る。
「信長さま」
「はい」
「私は何もいたしません」
「いや、今脱がそうとしましたよね?」
「お着替えをお手伝いしようと」
「自分でできます!」
「夫婦なのですから」
「夫婦でも自分でできます!」
危ない。
何が危ないのか分からないけど危ない。
俺はまだ童貞だ。
しかも、この人は俺の嫁だ。
状況だけなら何も問題がない。
むしろ世間的には俺がおかしい。
でも無理なものは無理だ。
濃姫は少し頬を膨らませた。
「信長さまは、やはり私がお嫌いなのですか?」
「違います!」
即答した。
「では、なぜ逃げるのです?」
「それは……」
怖いから。
とは言えない。
さすがに傷つくだろう。
「まだ……慣れてないんです」
「私に?」
「はい」
「いつになれば慣れてくださいます?」
「…………」
難問だ。
「一年くらい?」
「長うございます」
「半年」
「長うございます」
「三か月」
「長うございます」
値切られてる。
何これ。
「では一月」
「善処します」
「信長さま」
「すみません」
濃姫が吹き出した。
「ふふっ」
「なんで笑うんです?」
「信長さまは、おかしなお方」
最近そればっかり言われる。




