怪の十二 頼もしい先輩
「御子柴くんどうした?私の顔に何かついているか?」
「あっ、いえ、何でもないです。それよりさっきはありがとうございました、蘆屋先輩」
「なんてことないさ。しかしさっきのやつはいったいなんだったのだろうな。生徒会室には結界を張ってあるから大丈夫だとは思うが…」
「結界?」
マンガやアニメでしか聞いたことがない単語がサラリと出てきて面食らう。
「ああ、うちは陰陽師の家系というやつでな、叔父からもらった御札を貼ってあるんだ」
蘆屋先輩が言うには棚の裏とか机の下とか目に見えないところに貼ってあるらしい。うっかり剥がされたりしないように。見上げると神棚まであり、この中にいれば安全なように思えた。心なしか空気も澄んでいるような気がする。
これが、結界パワー。
「陰陽師の家系って、美怜と同じですね」
「美怜、あのもふもふを連れてた子のことかな」
「そうです。やっぱり視えているんですね、蘆屋先輩も」
蘆屋先輩にはさっきの白装束も視えていたし、やっと自分と同じものが視える人に出会えたことに感極まってしまう。美怜みたいに中途半端に視える、ってことはなさそうだ。
「ああ、小さい頃からな。まあ詳しい話はお茶でも飲んで一息ついてからにしよう。アイスティーしかなかったけどいいかな?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「うん…」
どことなくさみしそうな顔をしているのはなんでだろう。
初めて入った生徒会室は普通の教室の半分くらいの広さで、入ってすぐのところに長机が二つ合わせて置いてある。その上にペットボトル入りの紅茶と、お菓子の入ったカゴが乗せられていた。わざわざ準備しておいてくれたのだろうか。
わたしと蘆屋先輩は横並びにパイプ椅子に座り、注いでもらった紅茶を飲んでやっと一息つけた。なぜわざわざ横並びで座っているのかはわからないけど、まあいいか。
一息つくと生徒会室を見回す余裕も出てきた。
廊下に面した壁際にはファイルや書物の入った書庫が並び、部屋の奥にはパソコンの乗ったデスクが置いてある。デスクの隣には小型の冷蔵庫。冷蔵庫の上にはお菓子の入った大きめのカゴ。
「余分なものとか置いてないイメージでしたけど、冷蔵庫なんてあるんですね。あとお菓子も」
「我々も人間だからな。真面目な話をするにしてもお茶とお菓子くらいは欲しくなる。これは食べたことあるか、御子柴くん?」
「ないです。これ新作ですよね、気になってたやつだ」
「それならぜひ食べてみてくれ。美味いぞ、塩キャラメルかりんとう」
「あっ、美味しい。いくらでも食べられる系のやつだ」
「そうだろそうだろ。お塩の塩梅がほどよく、キャラメルのこっくりした甘さとほろ苦さに絶妙に合うんだ」
「しょっぱいわけではないけどでも確かに感じる塩味。好きな味です」
「うむ、甘いのに飽きたら塩おかきも塩味のチップスもあるぞ」
「それ無限に食べられちゃうやつ、最高です」
にしても塩味が多いのはなんでだろう。やっぱり視えてると塩にすがりたくなるのかな。
ボリボリとかりんとうとおかきとチップスの塩分三兄弟をかじり、合間に紅茶を飲みながらわたしたちは話した。
まずわたしが視えるようになった経緯を大まかに説明すると、蘆屋先輩は大きく目を見開いた。
「そんなおまじないで視えるようになるなんて聞いたことがない。驚きだ」
「ですよねえ。わたしもどうしよう!視えちゃった!って感じですもん」
「うむ、視えていいことなんてほとんどないからな…」
「ほんとそうですよね。視えるせいで意識しちゃって、でも平然としてなきゃ周りにもおばけにも視えてるのがバレちゃうし。あいつらって視えてるのに気がつくとやたらと敏感に反応しますよね」
「そうだな。私たちみたいに視える人間はごく少数だし、誰からも無視され続けて存在に気がついてもらいたいという思いが募っていくのだろう」
「それはなんだか、孤独、ですね…」
電柱の下の段ボールにぽつんと入ったヒトベロスを思い出した。
ずっと誰からも気が付かれずにあのままかと思うと、ちょっとかわいそうな気もしてくる。
「孤独だろうな。でも私たちが同情してやる義理もないぞ。視えるとバレたらどんな危険が待っているのかわからない。安易な同情は禁物だ」
確かに、さっきの白装束だって明らかにわたしを追いかけていた。あのまま個室に留まっていたら、わたしは今こうして蘆屋先輩と話をしていられなかったかもしれない。
あの異様に大きな手のひらで蚊でも潰すみたいにパンっとやられてたかもしれない。想像しただけでも肝が冷える。
蘆屋先輩の言うとおり、安易な同情はよそう。
「そうですね。ところで蘆屋先輩って陰陽師の家系だってさっき言ってましたよね」
「ああ」
「それなら蘆屋先輩もすごいパワーとか持ってたりするんですか?」
「いや、私も御子柴くんと同じで視えるだけだ。血筋だからといって、特別な力を持って生まれてくるものは稀だ」
「そうなんですね…」
蘆屋先輩なら除霊くらいできても不思議でないと思っていたけど、よく考えたらさっきだってわたしと一緒に逃げてたもんな。
「だったら、ああいうのに対する無視する以外の対処法ってあったりしますか?」
「残念ながらそういうものはない。陰陽師としての才覚に恵まれた叔父が言うには、よほどの霊力があったとしても触らぬ神に祟りなし、無視するのが一番の対処法とのことだ」
「そうですか…」
これさえすれば絶対安全!どんなおばけからも身を守れる!みたいなのがあればと思ったけど、そんな動画のサムネみたいに都合のいいものはないのか。ちょっと残念。
「ただ私が実践している気持ちを落ち着かせるおまじないがあって、これはなかなかに効果的だぞ」
「えっ、なんですそれ!?」
それそれ。視える先輩からそういうのを聞きたかったんだよ。
「それはな…」
「それは…」
ツバをゴクリと飲み込んで続く言葉を待つ。
高額のかかったクイズの回答を告げるくらいに溜めに溜めて、蘆屋先輩は得意げな顔で言った。
「ちょびるんだ」
「ちょびる…?」
いきなり飛び出してきた謎の単語に、なぜだかイヤな予感がした。




