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怪の十 視える人

 長くて量の多いまつ毛に縁取られた切れ長の目。すっと通った高い鼻梁。ほっそりした顔のライン。まるでモデルのような抜群のスタイル。出るところはしっかり出ているくせに、お腹はキュッと引き締まっている。

 いったい何を食べたらこうなれるのだろう。起伏に欠けた体型に定評のあるわたしには妬ましい限りだ。

 そんなわたしの気も知らず怜悧な美貌の生徒会長、蘆屋朔夜あしやさくやは涼しい顔をしている。いつでもどこでもポーカーフェイス。彼女の笑顔を見たことがあるものはいないと噂されている。

 成績は常に学年トップで全国模試でも上位の明晰な頭脳。それなのに運動神経も抜群。去年の体育祭ではリレーのアンカーを務め、前を走る運動部たちをごぼう抜きにして逆転優勝した勇姿が語り継がれている。さらに文化祭では軽音部に混じり華麗にサックスを演奏。多くの生徒たちの心を奪った。

 この人に出来ないことは何もないのではと思うほどのスーパーウーマン。みんなの憧れ。みんなのお姉さま。下駄箱には毎朝ラブレターが詰まっているらしい。


「会長…!?」


 西堀さんが声を裏返らせて立ち上がり、それにつられてみんなして立ち上がった。まるでお代官様を前にした村人のように。

 立ち上がったはいいもののみんな固まってしまい、会長は怪訝そうな顔をしている。


「あっ、えっと、これはその、人生相談…みたいな?」


 何か言わなきゃと思い、口を開いたわたしから出てきたのはバカみたいな疑問形だった。


「ふむ、学友同士助け合うのはけっこうなことだが空き教室の無断使用は校則で禁止されている。使うならちゃんと許可を取って……」


 会長は言葉の途中であんぐりと口を空けて、しゅんとうなだれる美怜の背後を見つめた。まるで美怜の背後にふよふよと浮いているもふもふが、視えているかのように。

 会長ともふもふの目が合っているように見える。もふもふが警戒心丸出しの目つきで会長を見返している。これって偶然、じゃないよね。


「もふもふ…」


 なんてこと。この会長、文武両道、容姿端麗なだけでなく、視えている。もふもふに触りたそうに、無表情で手をわきわきとさせている。

 

「ひっ…どうしようひかり。会長怒ってるよね…」


 美怜はわたしの後ろに隠れ、怯えた声で言った。小動物みたいでかわいい。

 自分の背後にいるものが視えていない美怜には、会長が怒りで手をわなわなさせているように思えるのだろう。確かに無表情でそうされるとちょっと怖い。変な威圧感がある。


「それはないから安心して。なんというか、もふもふを前にした人間の条件反射みたいなものだから」


「もふもふ…?」


 首をかしげる美怜の後ろでもふもふも首をかしげている。かわいい。どっちもなでたい。


「むっ」


 会長は手を止め、目を細めてわたしを見つめた。視えているのかと目で問われている気がして、わたしは小さくうなずきを返した。

 

「もふ…」


 会長が低くつぶやくと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。会長は壁にかかっている時計を見上げ、わたしに目を移した。


「時間のようだな。しかし空き教室の無断使用について詳しく話を聞いておきたい。学内の風紀を乱すことに繋がりかねないからな。外ハネウェーブが素敵なそこの君、名前は」


 ただの天パなんだけど外ハネウェーブって言われるとちゃんとセットしてるっぽく聞こえて嬉しい。今度からわたしもそう言おう。


「御子柴ひかりです」


「御子柴くん。悪いが放課後、生徒会室まで来てくれないか」


 やった。これはたぶん、視えるもの同士で話をしたい、ということだろう。願ったり叶ったり、渡りに船だ。


「はい、わかりました」


「ありがとう。それでは後ほど」


 会長は大人っぽく一礼すると、長い髪をひるがえして颯爽と教室を後にした。ふわりとエレガントな残り香が鼻をくすぐる。なんてことだ、美人は匂いまで美人なのか。


「ふええ、びっくりしたあ。まさかいきなり生徒会長が入ってくるなんてねえ」


「ええ、ほんとに」


「と言いつつぜんぜん動じてないじゃん、ひかり」


「そんなことないよ」


「会長もクールだったし、二人ってちょっと雰囲気似てるかも」


 それはたぶん、会長も視える人だからだろう。異質なものを視ても反応しないために、自分を律しているのだと思う。わたしも見習わなきゃ。


「あの、御子柴さん。うちらも一緒に説明に行こうか?」


「うん、元はと言えば相談を持ちかけたあたしのせいだし…」


 心配そうに見つめる東西コンビにわたしは笑顔を返した。


「大丈夫だって、そんな怒られるようなことじゃないでしょ。ちょろっと行ってちょろっと説明してくるよ」


 手を振って東西コンビと別れると、美怜が心配そうな顔で訊いてくれた。


「ほんとにいいの?私も行こうか?」


「ありがと。でも大丈夫。美怜は先に帰ってて。実はわたし生徒会に興味あってさ、生徒会長にいろいろ訊いてみたいんだ」


「おお、ひかりってば野心家」


「未来の生徒会長と呼んで」


 こんなデマカセが簡単に口から出てくるなんて、わたしは詐欺師の才能があるのかもしれない。まったく、なんていらない才能だ。


 ♡


 我が月白高校にも代々伝わる学校の怪談なんてものがあるくらいで、校舎内で変なものを視ることが多い。町中を歩いているときよりも多くの異物を目にする。

 特に塀を挟んだ隣に墓地があるせいか、特殊教室棟になっている西校舎では目撃率が高い。そして呼び出された生徒会室があるのは西校舎の三階。できればあんまり近寄りたくないデンジャーゾーン。

 さっそく三階なのに、窓の外に人の姿が視える。白装束を着て長い黒髪をヘビのようにうねらせ、淀んだ空気を撒き散らしながら窓の外を漂っている。眼窩は落ちくぼみ、奈落の底へと続いているかのような暗闇。鼻はひしゃげてあらぬ方向を向き、唇は片側が頬の真ん中くらいまで裂けて骨や汚らしい歯茎が剥き出しになっている。

 視つけて一瞬でも立ち止まってしまったのがよくなかったのだろう。目が合ったのはほんの一秒にも満たなかったにも関わらず、窓の外越しに廊下を歩くわたしについてきてしまっている。顔がずっとわたしの方を向いているし、スマホをいじるふりをして立ち止まると向こうの動きも止まるから間違いない。

 それにさっきから聞こえている、耳触りなことこの上ない声。


「視エル?視テルネ?ネエ、視エテルヨネ?」


 塞いだ穴から聞こえてくるような、くぐもった粘着質な声。まだ半信半疑みたいだけど、これが確信に変わったらいったいどうなってしまうのだろう。考えただけでもゾッとする。

 このまま生徒会室に入ったら、間違いなくこいつを引き連れていくことになってしまう。窓の外からこいつの熱視線を浴びながら話すことになってしまう。

 それは非常に良くない気がする。こんなのの目の前で視える人トークなんてしたら、どんな目に遭うことか。

 

 だけどせっかく出会えた視える人なのだから会長と話してみたい。そのためにはなんとかこいつの追跡を撒かなければならない。

 幸いなことに校舎内には入ってこられないみたいだから、その性質を利用してなんとかできないものか。

 考えながら廊下を進むわたしの目にトイレが飛び込んできた。

 そうだ、トイレの個室に入ってしまえば窓からは見えない。それでなんとか撒けたりしないだろうか。

 ものは試しだと思って、わたしはトイレに飛び込んだ。すると思わぬものが目に入ってきた。

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