025 労働改善!
ボオオオオッ!
真っ赤な火球が、分厚い鉄の扉を抜けてボイラーの奥へと吸い込まれていく。
「はぁっ……はぁっ……」
ボイラーの前に立つエルフの男が、杖を床に突き、肩を激しく上下させている。
額から流れ落ちた汗が、あごを伝ってコンクリートの床に落ちた。
「ストップ! そこまでだ!」
ハルが、丸めたポスターでドラム缶を叩いて音を鳴らす。
「一時間の連続詠唱はキツいって言っただろ! 裏の休憩室でスポーツドリンク飲んで、牛丼食ってこい! 次のシフトのやつと交代!」
「しゃ、社長……! ありがとうございます……!」
エルフは涙ぐみながら深く頭を下げ、足を引きずりながら休憩室へと向かっていった。
カジノの借金で雇われた魔法使いたちが、交代でファイアーボールを放ち、ボイラーの水を沸騰させてタービンを回している。
「効率が悪いな」
矢良内が、タブレット端末の画面から顔を上げる。
「魔法使いの魔力量には個人差がある。それに、お前が頻繁に休憩を挟ませるせいで、発電量が安定しないぞ」
「だって、あいつら倒れるまで魔法撃とうとするんだぜ? しっかり休ませて、飯を食わせないと体がもたないよ。借金は健康に働いて返してもらわないと」
ハルは腕を組み、ボイラーの鉄板を指で弾いた。
「やっぱり、リンちゃんの作る『火の魔石』をそのまま燃やしてタービンを回せないかな」
「無理ですわ」
ハルの背後から、リンが歩み寄ってくる。
彼女は手のひらに、ビー玉ほどの大きさの真っ赤な石を浮かべていた。
「火の魔石は、ダンジョンの魔力が結晶化したものです。ですが、安全に作られているため、どれだけ集めても五十度以上の熱は持ちませんの。お風呂のお湯を沸かすのが限界ですわ」
「そこをなんとかできないかって話だよ。クロさんの研究チーム、なんか進展ないの?」
ハルが、タブレットを見つめる矢良内を振り返った。
◇
第一総合病院、地下研究室。
真っ白なLEDライトに照らされたステンレスの作業台の上で、黒目が顕微鏡を覗き込んでいた。
「クロさん、定時だぞ」
ハルが、研究室の扉を開けて声をかける。
「……あと少しだけ、この魔石の構造式を」
「ダメ。地上から高いお金払って、夜勤の優秀なドクターを三人雇ったから、もうクロさんが二十四時間起きる必要はない。奥のふかふかベッドで寝ろ」
ハルが、黒目の手から強制的にガラスのプレパラートを取り上げる。
「……わかりました。じゃあ、寝る前にこれだけ報告させてください」
黒目がパイプ椅子から立ち上がり、作業台の引き出しから金属のすり鉢と乳棒を取り出した。
「社長。火の魔石が五十度しか出ないのは、この結晶が熱を均等に、ゆっくりと放出しようとするからです」
ゴリッ、ゴリゴリッ
黒目が乳棒に体重をかけ、真っ赤な火の魔石をすり鉢の底で粉砕していく。
硬い石が砕け、サラサラとした赤い粉末に変わった。
「現代の物理学で考えれば、単純な話です。塊のままだから、表面積が小さくて燃焼効率が悪いんです。石を粉にして、酸素と触れ合う表面積を爆発的に増やす。いわゆる粉塵爆発の理論です」
黒目は、赤い粉末を耐熱ガラスの試験管に移し替える。
そして、そこに酸素ボンベの細いチューブを差し込んだ。
「細かく砕いた魔石の粉末に、純度百パーセントの酸素を送り込み、着火する」
カチッ
黒目が、試験管の底にガスバーナーの火を当てた。
ボォンッ!
激しい破裂音とともに、試験管の中で真っ白な閃光が弾けた。
「うおっ!?」
ハルが思わず腕で顔を覆う。
試験管の中では、赤い粉末が太陽のように白く輝き、肌がジリジリと焼けるような熱線を周囲に放ち続けていた。
「温度計の針が振り切れました。推定ですが、瞬間的に千二百度を超えています」
黒目が、熱を帯びたガラスの表面を指差す。
「マジかよ……! 五十度が限界の石ころが、超高温の燃料になったぞ!」
「結晶構造を物理的に破壊し、高濃度酸素を組み合わせることで、魔力の放出速度を強制的に引き上げたわけか」
矢良内が、白く輝く粉末を見つめながら眼鏡を押し上げた。
「これなら、魔法使いのファイアーボールなんて目じゃない! クロさん、よくやった! あとはボクらが現場で作るから、たっぷり寝てくれ!」
ハルが、黒目の背中をぽんぽんと叩く。
「……はい。おやすみなさい」
黒目は目をこすりながら、フラフラとした足取りで仮眠室へと消えていった。
◇
数日後。第三階層の魔石発電所。
「よし! 魔石粉砕機、稼働開始!」
ハルが声を張り上げる。
ボイラータンクの横に、新しく巨大な金属の漏斗と、幾重にも重なる鋼鉄のローラーが設置されていた。
ガリガリガリガリッ!
リンが精製した火の魔石がローラーに巻き込まれ、次々と赤い粉末に変わっていく。
その粉末は太いパイプを通ってボイラーの燃焼室に吹き込まれ、同時に強力なコンプレッサーが大量の空気を送り込む。
ゴオオオオオオオッ!
燃焼室の覗き窓から、目を焼くような真っ白な炎が吹き上がった。
シュウウウウウウウウッ!
ボイラーが千度を超える熱で内部の水を一瞬にして爆発的な蒸気に変える。
タービンが、今までとは比べ物にならない甲高い駆動音を上げて回転し始めた。
「あーっはっはっは! 大成功だ! これでみんなに無理して魔法を撃たせなくて済むぞ!」
ハルは、白く輝くボイラーの前で両腕を突き上げた。
「社長……! ありがとうございます……!」
ボイラーの隅で休憩していたエルフの魔法使いが、ハルに向かって手を合わせる。
「俺たち、もう倒れるまでファイアーボールを撃たなくていいんですね……!」
「ああ! 今日から君たちの仕事は、あっちの『魔石粉砕機』のクランクを回すことだ!」
ハルが、鋼鉄の巨大なローラーに繋がった持ち手を指差す。
「力仕事になるけど、安心してくれ。今日から三交代制の八時間労働だ! 週休二日制で、風呂と牛丼つき! もちろん残業代もチップで払う! 無理せず健康的に借金を返してくれ!」
「うおおおおっ! なんて慈悲深い社長だ……!」
魔法使いや貴族たちは、涙を流して互いの肩を抱き合った。
命がけの迷宮探索や、魔力が空になるまで魔法を撃ち続ける日々に比べれば、定時で上がれる肉体労働など天国だった。
「健康な労働者ほど、効率よく借金を返し、長期的にDPを産出するからな」
矢良内が、喜んでクランクを回し始めた異世界人たちを眺め。
タービンの轟音の中で、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。




