023 ダンジョン大停電と、無限の魔力発電所
キュイイイイイン!
パラララララッ!
ハルの目の前で、スロットマシンの液晶画面が七色の光を放ち、大量のメダルが受け皿へと吐き出されている。
「あーっはっはっは! 出た出た! やっぱり自分で作ったカジノの台で遊ぶのは最高だな!」
ハルは、スツールの上であぐらをかき、両手にメダルをすくい上げてジャラジャラと鳴らした。
ハルにとってこれは勝っても負けても変わらない。会社の金は増えても減ってもいないからだ。
だが、ハルが盛大に金を使うことで、周囲の空気が変わっていた。
目を血走らせた日本の官僚や、ネクタイを頭に巻いた異世界の貴族たちが、ルーレットやバカラのテーブルにしがみついている。
カジノの天井では、何百本もの魔石ネオン管がギラギラと輝き、奥のフロアからは、二十四時間営業の牛丼屋の換気扇が、低い駆動音を立てて回っていた。
だが。
ブツンッ
「……え?」
スロットマシンのけたたましい電子音が、唐突に途切れた。
天井のネオン管がチカチカと瞬き、次の瞬間、ダンジョン内のすべての照明が完全に落ちた。
「うおっ!?」
「なんだ!? 何も見えんぞ!」
闇に包まれたカジノフロアで、客たちが椅子を蹴り倒し、パニックになって叫び声を上げる。
牛丼屋の換気扇の音も止まり、暗闇の中に、肉の焦げる匂いだけが不気味に漂い始めた。
「停電か!?」
ハルが、暗闇の中で両手を探りながら叫ぶ。
バチッ、ジーーー……。
十数秒後。
低い唸り音とともに、非常灯が点灯し、続いてメインの照明が眩しくフロアを照らし出した。
「ああ、びっくりした。なんだ、すぐ直ったじゃないか」
ハルが安堵の息を吐き、スツールに座り直す。
コツン、コツン。
革靴の足音が近づいてきた。
タブレット端末を片手に、矢良内が足早に歩み寄ってくる。
「直った、という次元の話ではない。警備のゴーレムに予備回路のブレーカーを上げさせただけだ」
矢良内が、タブレットの画面をハルに見せつける。
赤い警告マークが、画面いっぱいに点滅していた。
「ダンジョンゲートを拡張した際、外部の電柱から直接高圧線を引き込み、専用の受電設備を設置した。だが、カジノの膨大な照明、牛丼屋の業務用冷蔵庫、そして第一総合病院の最新医療機器がフル稼働している現状、完全に契約容量の限界を突破している」
矢良内は眼鏡のブリッジを押し上げ、ため息をついた。
「常識的に考えて、一つの雑居ビルの地下に引っ張っていい電力ではない。このままでは数時間おきにブレーカーが落ちるぞ」
「うっ……それは困る」
ハルが頭を抱える。
タッタッタッ。
奥の通路から、白衣の裾を翻して黒目が走ってきた。
彼女の目は血走り、息を大きく切らしている。
「社長! 矢良内さん! 今、電気が数秒止まったせいで、病院のMRIのデータが飛びかけました! 手術室の無影灯も消えて、危うく大惨事になるところでした!」
「クロさん! ごめん、でも電気が足りないんだよ!」
ハルは平謝りし、玉座の方向へと振り向いた。
「リンちゃん! ダンジョンのDPで、雷の魔法とか使って電気を生み出せないの!?」
「もちろん可能ですわよ」
リンが指を鳴らす。
バチィッ!
リンの指先から、青白い稲妻がほとばしった。
「ですが、わたくしの雷はすべてを一瞬で黒焦げにする破壊の力ですわ。この細い線の中に大人しく流れ込んで、機械を動かすような器用な真似はできませんの」
「直流と交流の違いだな。それに、電圧がまったく安定しない。そのまま流し込めば、病院の精密機器が内部から爆発する」
矢良内が冷静に分析する。
「ならどうするんだよ! 電力が足りないなら、電力会社にもっと太い線を引いてもらうしか……」
「却下だ。これ以上の大電力を要求すれば、必ず電力会社の立ち入り調査が入る。このカジノと病院を見せるつもりか?」
「……ですよね」
ハルが肩を落とす。
「……社長」
黒目が、ふらつく足取りでハルの前に進み出た。
「実は、院長室に押し付けられた『医療研究チーム』の仕事で、少しだけ進めていたプロジェクトがあります」
「プロジェクト?」
「はい。ダンジョンの魔石のエネルギーを、現代の医療機器で使える安全な電力に変換する研究です。ドワーフの現場監督に手伝ってもらって、裏の第三階層に試作機を作ってありました。まだテスト前ですけど」
黒目が、通路の奥を指し示す。
「マジで!? クロさん、あんた最高だよ! すぐに行こう!」
ハルは黒目の背中を押し、ダンジョンの奥へと走り出した。
◇
第三階層の広大な岩穴。
そこには、ドワーフの重戦士が鉄骨と鉄板を叩き上げて作った、見上げるほど巨大な黒いボイラータンクが鎮座していた。
タンクの横には、大人が十人は入れそうな巨大な歯車と、無数の銅線が巻き付けられた金属の円柱──タービンが接続されている。
「これが……発電機?」
ハルが巨大な鉄の塊を見上げる。
「はい。魔石火力発電です」
黒目が、白衣のポケットから図面を取り出す。
「このボイラーに水スライムを大量に入れて、下から火の魔法で熱します。発生した超高圧の蒸気で、あっちの巨大な歯車を回し、タービンを回転させて電気を作るんです」
「すごいじゃないか! 完全に独立した発電所だ! ヤラさん、これならいけるだろ!?」
ハルが興奮して矢良内を振り返る。
「理論上は完璧だ。だが、問題はどうやってタービンを最初に回すかだ。これほど巨大な歯車を、蒸気圧が安定するまでの間、自力で回転させなければ発電は始まらないぞ」
矢良内が、分厚い鉄の歯車を叩く。
びくともしない。重さ数トンはあろうかという代物だ。
「それに、ボイラーに火の魔法を撃ち続ける人間も必要だ。かなりの重労働になる」
黒目が、ふらふらと頭を揺らしながら付け加える。
「回す人間と、石を運ぶ人間か……」
ハルは腕を組み、ニヤリと口角を吊り上げた。
「いるじゃないか。カジノで身ぐるみ剥がれて、借金を背負ってる元気な労働力たちが」
◇
数十分後。
「そらっ、もっと早く回せ! 借金が減らないぞ!」
ドワーフの現場監督が怒声を上げる。
巨大な歯車に取り付けられた何本もの木の棒。
それを、泥だらけになった異世界の戦士や、日本の官僚たちが、必死の形相で押し回していた。
「うおおおおっ! 重いぃぃぃっ!」
「なぜ私が、こんなネズミの回し車のような真似を……!」
彼らの足元の岩が削れ、滝のような汗がコンクリートの床に滴り落ちる。
ギギギギギ……ッ!
数トンの鉄の歯車が、鈍い金属音を立ててゆっくりと回転を始めた。
「よし、歯車が回った! 皆さん、火の魔法を頼む!」
ハルが声を張り上げる。
異世界人の、貴族や魔法使いたちがボイラーへと火の魔法を撃ち込んでいく。
ゴオオオオオッ!
ボイラーの内部で、猛烈な炎が渦を巻いた。
タンクの中に閉じ込められた水スライムたちが、一瞬にして超高温の蒸気へと姿を変え、極太の鉄パイプの中を暴れ狂う。
シュウウウウウウッ!
耳をつんざくような蒸気の噴射音が響き渡る。
タービンの回転速度が、人間の手押しから蒸気の力へと切り替わり、目にも止まらぬ速さで銅線の束を回し始めた。
ギュイイイイイイイン!
空気中に、オゾンの焦げたような匂いが充満する。
「計器、動きました! 電圧、安定しています!」
黒目が、配電盤のメーターを見つめながら叫ぶ。
「よし! 外部電線から切り離して、自家発電回路へ接続!」
ハルが、壁に備え付けられた巨大なレバーを、両手で一気に押し上げた。
ガコンッ!
重い手応えとともに、ケーブルが切り替わる。
パパパパッ!
ダンジョンの岩壁を這うように張り巡らされたケーブルを、莫大な電力が駆け巡った。
カジノフロアの魔石ネオン管が、以前よりも遥かに眩しい極彩色の光を放つ。
牛丼屋の換気扇が力強い唸りを上げて回り始め、肉の香ばしい匂いが再びフロアに広がる。
そして、第一総合病院の窓から、煌々とした白い光がこぼれ出た。
ハルは、轟音を立てて回る魔力タービンの前で、油と汗にまみれた顔を拭い、満面の笑みを浮かべた。
「やったぜ! これで電力の容量オーバーともおさらばだ! ウチのダンジョンは、エネルギーまで完全独立した正真正銘の『国』になったんだ!」
ハルが両腕を突き上げる。
「ええ、素晴らしいですわ! 人間の労働力で、また新しい価値が生まれましたのね!」
リンが、タービンの風で金髪を揺らしながらハルに抱きつく。
「……ああ、よかった。これでやっと、生命維持装置が自動で動く……。寝ます。三日くらい起こさないでください……」
黒目は配電盤に寄りかかったまま、白目を剥いてズルズルと床に崩れ落ちた。
◇
翌日。
「ヤラさん、新しい自家発電所の調子はどう?」
ハルが、スライムベッドの上でコーラを飲みながら尋ねる。
「照明が明るくなったせいか、カジノ客の興奮度が増してDPの産出量が二割ほど上がっている。だが、それよりも重要な報告がある」
矢良内が、ノートパソコンをハルに向けた。
画面には、複雑なグラフと数字の羅列が表示されている。
「あの魔魔法発電所だが。ドワーフの作ったタービンの変換効率が良くて、ダンジョン内の全電力を賄っても、まだ余剰電力が生まれている」
矢良内が、眼鏡を怪しく光らせた。
「余剰電力? じゃあ、もったいないからカジノの台をもっと増やすか?」
「いや。その余った電力を、今まで引っ張っていた電信柱の逆ルートを使って、地上の電力会社に『売電』する契約を裏で結んできた」
「……は?」
ハルが、コーラを吹き出しそうになる。
「我々はただのテナント企業ではない。『株式会社ダンジョン・クリーンエネルギー事業部』として、化石燃料を一切使わない環境に優しい電力を、地上の送電網に流し込む。これで、カジノの売り上げとは別に、毎月数億円の安定したインフラ収入が入ってくるぞ」
矢良内が、完璧な事業計画書をハルの胸に叩きつけた。
カジノで借金を背負った者たちが歯車を回し、魔石で電気を作り、それを地上に売ってさらに日本円を稼ぐ。
「……ヤラさん、あんたやっぱり悪魔だよ」
ハルは、ノートパソコンの恐ろしい利益予想図を見つめ。
その口角を、抑えきれないほどだらしなく吊り上げた。




