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022 絶対外さない投資先

ハルは、山のように積まれた一万円札の束と、麻袋に詰められた異世界の金貨を交互に見比べた。

 

「ヤラさん。お金って、これ以上どう使えばいいんだ?」

 

ハルは、パイプ椅子の上であぐらをかき、首を傾げる。

 

「……お前、物欲というものがないのか」

 

矢良内が、ノートパソコンの画面から視線を外さずに尋ねる。

 

「ないよ。高級車買ってもこの地下じゃ走らせられないし、タワマンに住むよりスライムベッドの方が快適だし。毎食モヤシ炒めに和牛を乗せれば、それ以上美味いものなんてないだろ」

 

ハルは、金貨を一枚つまみ上げ、指先で弾いた。

 

キィン。

 

澄んだ音が響く。

 

「貯め込む趣味もないし、無駄遣いするのも違う気がする。国内外のどこかの会社に投資でもしようか?」

 

「ならば、もっと確実で莫大なリターンを見込める投資先がある」

 

矢良内が眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。

 

「ダンジョンと、魔力についての研究チームの立ち上げだ」

 

「研究?」

 

「ああ。この空間から産出される魔石や、異世界の金属。これらを科学的に解析し、現代技術と融合させる。独自の特許を押さえれば、世界中の産業を牛耳れるぞ」

 

「なるほど。それは面白そうだ!」

 

ハルが、ニヤリと笑う。

 

「となると、まずは医療や人体の回復効果についての研究だな。そういえば、クロさんは最近どうしてるんだ? 医務室に顔出してないけど」

 

「……見に行ってみるか」

 

矢良内が、なぜか少しだけ視線を逸らした。

 

     ◇

 

バックヤードの奥深く。

 

ハルが簡易医務室の前に立つと、消毒液のツンとする匂いと、血の鉄臭さが入り混じった空気が鼻を突いた。

 

「痛ててて……! ゴーレムが落とした鉄骨に足が挟まって……!」

 

「私の番はまだか! ツルハシの振りすぎで、腰の骨が砕けそうだ!」

 

パイプ椅子と長机だけの殺風景な空間に、泥だらけの作業員や、ボロボロになった異世界の貴族たちが長蛇の列を作っていた。

 

カジノの借金で強制労働に送り込まれた者たちが、容赦ないノルマで体を壊し、ここに押し寄せているのだ。

 

その列の先頭。

 

「はい、次。患部を出してください」

 

白衣を真っ赤な血で汚した黒目が、焦点の合わない目で、患者の足に手をかざしていた。

 

彼女の手のひらから、淡い緑色の光が放たれる。

 

シュワァ……

 

「おおっ! 痛みが消えた!」

 

「はい。三日間の労働免除の診断書を出しておきます。次」

 

黒目は、機械的な動作でカルテにペンを走らせ、すぐさま次の患者の腕に光を当てる。

 

「……クロさん」

 

ハルが、引きつった顔で声をかけた。

 

黒目が、ゆっくりと首を巡らせる。

彼女の目の下には、以前とは比べ物にならないほど真っ黒な隈が刻まれ、頬はげっそりとこけていた。

 

「……あ、社長」

 

黒目が、光を放つ手を止めることなくボソリと呟く。

 

「私、いつの間にかレベルが5に上がっていました。治癒魔法の範囲が広がって、骨折も一瞬でくっつきます。……でも、私の睡眠時間は一瞬も増えません」

 

「……ごめんなさい」

 

ハルは、素直に深々と頭を下げた。

 

カジノと労働の無限ループを回した結果、その歪みがすべて、たった一人の産業医に集中していたのだ。

 

「ごめんなさいで私の睡眠時間は増えません」

 

黒目が、虚無の表情でハルを見つめる。

 

「……給料、倍にする。いや、三倍!」

 

ハルが顔を上げ、両手で三の数字を作る。

 

黒目の目が、ピクリと動いた。

 

「それに、こんなパイプ椅子じゃなくて、ちゃんとした病院を建てる! 最高の医療器具と、ふかふかのベッドを用意するから!」

 

「……本当ですか?」

 

「ヤラさん、研究チームの前に、まずは病院の建設だ! クロさんを助けろ!」

 

「ああ。至急、大手ゼネコンに図面を引かせよう。医療器具の搬入ルートも確保する」

 

矢良内が、スマートフォンを取り出して素早く画面をタップする。

 

     ◇

 

数週間後。

 

ダンジョンの岩壁が巨大なスケールでくり抜かれ、そこに真っ白な壁とガラス張りのエントランスを持つ、最新鋭の総合病院が完成していた。

 

『株式会社ダンジョン付属 第一総合病院』

 

ピカピカに磨き上げられた看板が、擬似太陽の光を反射している。

 

自動ドアを抜けると、大理石の床が広がり、観葉植物が並ぶ清潔な待合室があった。

 

「すげえ……マジで病院ができちゃった……」

 

ハルが、真新しいソファの感触を確かめながら呟く。

 

「設備は都内の大学病院レベルだ。スタッフも、地上から高給で看護師や医師を引き抜いてきた」

 

矢良内が、白衣を着た医療スタッフたちが忙しそうに行き交う廊下を見渡して頷く。

 

その奥の、最も広い院長室の重厚な木の扉。

 

コンコン。

 

ハルがノックをして扉を開ける。

 

広々とした部屋の中央には、高級な革張りのデスクチェアが置かれ。

 

そこに、新品の白衣を着た黒目が、ポツンと座っていた。

 

「クロさん、どう? 院長室の座り心地は」

 

ハルが満面の笑みで尋ねる。

 

黒目は、革の肘掛けを撫でながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……設備は最高です。給料も三倍になりました。スタッフもたくさんいて、私の負担は減りました」

 

「だろ?」

 

「でも……」

 

黒目が、デスクの上に山積みになった分厚い書類の束を指差す。

 

「院長になったせいで、決済書類のハンコ押しと、医療研究チームの立ち上げの責任者とかいう、よくわからない仕事が無限に増えました。……やっぱり、私、帰れません」

 

黒目の目の下の隈は、少しも薄くなっていなかった。

 

「あはは……! クロ院長、これからもウチのダンジョンの医療と研究、よろしく頼むね!」

 

ハルは誤魔化すように笑い、そそくさと院長室の扉を閉めた。

 

     ◇

 

ピコン、ピコン。

 

病院の屋上に設置されたDPパネルが、今日も軽快な音を立てて数字を増やしている。

 

労働による怪我と疲労。

そして、最新の医療設備と魔法による瞬時の回復。

 

「怪我を治して、また働かせる……。完璧な永久機関が、さらに強固になりましたわね」

 

リンが、病院の白い外壁を見上げてうっとりと微笑む。

 

「これで、ダンジョンの魔力と現代医療の融合の研究が進めば、さらに新しいビジネスが生まれるぞ」

 

ハルが、腕を組んで不敵に笑う。

 

金と魔力、そして尽きることのない人間の欲望。

 

ハルの支配する地下帝国は、新たな知識と命の管理すらも飲み込み、どこまでも巨大に膨張し続けていた。

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