母の悩み
ソフィアは自分の術法について考えていた。
呼べば瞬時に現れ、瞬時に消すことができる便利な剣。非力な自分でも扱えるほど軽く、切れ味も恐ろしいほどに鋭い。なにより金属ではないようなので、錆びないようだった。
「やっぱり、これは危ないよねぇ…。」
右手に呼び出していた剥き出しの剣を、左手で軽く叩いて感触を確かめながらぼやいた。
剣は仄かに光っているように見えるが、灯りには使えそうに無い。刀身に触ると人肌くらいにほんのりと温かい気がする。
「きれない、きれない…。」
念じながら目の前に落ちてる小石に振り下ろす。剣は石に当たるとそこで止まった。石が割れなかった代わりに、その衝撃の反動がじんとソフィアの手に伝わる。
「…つぅ。」
やはりこの剣はソフィアの意志を反映しており、斬れないようにすることもできるようだ。しかし、見た目には変わりが無いので他者にはその変化はわからない。
「鞘とかは無くてもいいかなぁ。でもなぁ。」
そう、問題は鞘のような容れ物が無く、抜き身の状態で出現することだった。
剣が抜き身で出現するのだから、鞘も呼べば来るのでは無いかと思ったのだが、結果としてそんなものは来なかった。
そして抜き身の剣が単体で出現するということは、呼び出した状況や場所によっては、いきなり事件が起きてしまうことも考慮しなければならなかった。
「うーん、もうちょっと、こぢんまりした物にならないかなぁ。お母さんの短剣くらいのやつがいいな…。」
母アリアが普段身に着けている短剣は、主に術法の補助をするための物だが、ソフィアも持ち歩くならそれくらいがいいなと思っていた。
「短くなーれ!」
すると剣は願いに応えるように、瞬間、その姿を消し、その身の丈を半分ほどに減らした状態で再び現れる。
「わー、すごい!やったね。」
使い勝手の良い短剣になった獲物を振り回して、ソフィアは破顔したが、すぐに剣を消して悩んだ。
「一瞬消えたって事は、もう一回呼び出したって事かな?これって法力使ってるって事?」
眉を寄せながら唸っていると、後ろから声が掛かった。
「ソフィア、お腹空いたでしょう、休憩しましょう。」
おやと思いながら振り向くとアリアが笑顔でこちらに歩いてきた。片手には籠をぶら下げている。
「お母さんのお顔を見たらお腹空いちゃった。」
この剣を呼び出すと、身体の中の何かが減っていく感覚がする。何かがなんなのかはよく分からないけれど、休んだり、ご飯を食べたり、床に就くと減った分が戻るような感覚がある。それに伴ってお腹も減る。いや、お腹はいつでも減っていくけれど。
「焦らなくていいのよ。少しずつ理解していけば良いわ。お昼にしましょう。」
アリアは笑んで、手頃な石に術法を掛けた。すると、瞬く間に石が浮かび上がり、結合していく。あっという間に石造りの椅子と机が出来上がった。そこに洗浄の術法を掛け、籠からテーブルクロスを出して、机に掛けた。
その流れるような術法を見て、ソフィアは溜息が出る。アリアは高位術者だ。使う術法も無駄がなく洗練されている。いつも見ている光景だが、自分との雲泥の差を思い知らされる。
しかし、自分はその娘なので、今すぐには無理でも、いつか将来的に同じ事が出来るだろうと思い直した。
椅子を引いて二人で腰に掛け、籠からサンドイッチと茶器が取り出されていく。
「今日は冷たいお茶にしましょうね。少し汗をかいたかしら?洗浄を掛けておく?」
茶葉に術法を掛けて、カップの底に沈めると、そこから薄い緑色の液体がすごい早さでにじみ出て、カップ一杯になる手前で止まった。
ソフィアは大丈夫と言い、アリアの前に両手を差し出す。いつものようにアリアはソフィアの手を両手で包むと、二人の手を包むように洗浄を掛けた。
「頂きます~。」
「それで、どう?剣の特徴は何か判ってきた?」
お腹がいっぱいになったところで、アリアはソフィアの口元を拭いながら聞いた。
「うんとね、私が願うと硬さと長さが変えられるのはわかったよ!」
そういうと、ソフィアは右手に短剣ほどの長さの剣を呼び出した。
「あら、短いわね。都度、長さを変えられるなら、使いやすそうね。」
そうでしょう、とソフィアは短剣をアリアに渡す。受け取ったアリアはその短剣を検分するが、やはりよく分からなかった。
先日、グレンからソフィアの剣について聞かされて、心が躍ったアリアだったが、実際に剣を呼び出す娘とその剣に触れてみて、正直困っていた。
高位術者のアリアだが、剣を呼び出すこと自体は特に驚きはしなかった。雷術法の幻影剣や氷術法の氷結剣など、似て非なる剣を呼び出すことはできる。かくいう自分も水鳥剣による擬似的な剣を出すことはできる。
しかし、そのどれもに共通するのは、触ることは出来ないということだ。
どの剣であっても、呼び出した後は目標に向かって飛んでいき、当たる当たらないに限らず短い時間で消滅する。そもそも呼び出すときに対象を決めて唱える類のもので、自分の獲物として使えるソフィアの剣は全くの別物ということになる。
そういう性質のものなので、他人に渡せるという点でもアリアの知る限りでは無い。
また、ソフィアの場合は詠唱自体が存在しないのも、術法と呼んで良いのか疑わしい。最初に見たときは、挨拶をするように無邪気に剣を具現化する娘に少し恐怖を感じたものだ。
短剣をソフィアに返しながら、アリアは不意に思いついたことを聞いてみた。
「ねぇ、ソフィア。これって一本しか呼び出せないの?」
「どうかなぁ?やったことないから、呼べば来るかもしれない。ちょっと試してみるね。」
そういうと、ソフィアは椅子から立ち上がり、すこし距離を取る。アリアも籠を掴んで立ち上がり、テーブルクロスと茶器を籠に押し込んでから、机と椅子を片手間で分解した。
「とりあえず、呼べるだけ呼んでみるね。」
ソフィアは左手に短剣を持った状態で、右手を前に差し出し、叫んだ。
「剣よ、こられるだけ来て!」
刹那、周りの空気が歪んだような錯覚に捕らわれた。眼前に起きた現象に、アリアはうっかり籠を落としてしまいそうになる。
なんと、ソフィアの目の前には光の剣が9本ほど、踊るように円を描きながら出現していたのだった。
「参ったわね……。」
喜ぶ娘とは対照的に、母は本格的に困るのだった。




