手品の剣
村から南に広がる耕作地。その端にある拓けた場所に少女は立っていた。目を瞑り、その集中力を以て、意識は遥かにあるようだ。その証左に少女は微動だにしていない。
束の間、おもむろに右手を前に伸ばし、掌を開いて叫んだ。
「きてっ!」
少女の声に応えるように、手の前に剣が突然出現した。ただ、その剣は剣であって剣ではない。
形は剣そのものだが、全体は薄い黄金色に覆われた、似て非なる物だった。
「よしっ!ていっ」
少女は柄の部分を掴み、重さを感じさせない素早い振りで、黄金色の半円の軌跡を描いて宙を振り払った。
「あ、そういえば、とりあえず出せたけど、これどうすれば良いのかなぁ…。」
出現した剣を手に呟いて、後ろから声がした。
「ソフィア、その剣が本物かどうか、切れ味を試してみようか」
身体ごと振り返ると、父グレンが長剣を背に担いで座っていた。
「そうだね、あまりに軽すぎるから強度も見ておかないとだよね。一回打ち合って折れちゃったら使い道も限られるし。」
ソフィアは頷いて、グレンに向かって黄金剣を上段に構えた。
「よし、息を整えて、これに全力で打ち込んでみろ」
「うんっ!」
グレンは地面に突き刺した太めの木を指差す。ソフィアは息を整えてから、左足を一歩踏み出し、右手に力を込めた。腕を一回後ろに引いて、その勢いのまま木に向かって振り下ろした。
「てやっ!」
黄金色の軌跡は容易く木の片割れを地面に落とした。年輪がくっきりと見える切り口は鮮やかだ。
ソフィアは力を入れすぎたせいで、その勢いのまま一回転してバランスを崩して転んでしまった。剣は地面に転がったが、金属音すらも立てず消え去った。
「いてて、お父さん、軽く斬れちゃったよ。すごいね、この剣。」
ソフィアは父を見ながら目をしばたたいた。
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「剣が出たの!」
娘が家に駆け込んできたのは、ほんの数時間前のことだ。
「ソフィア落ち着け、森に出たのか?川に出たのか?」
息を切らした娘に水を入れた杯を差し出した。ソフィアはそれを一気に飲み干し、それでね、お父さん、と続けた。
「剣が出たの!」
「ソフィア、だから、どこに…。」
勢いを失わず、目を輝かせて、ずずいっと顔を近づけてくる娘に、グレンは気圧されそうになる。
「私の手の中よ!」
ふふん、と左手を腰に当てて、右手を開いてこちらに突き出している格好は、幼いながらに堂々としている。そしてなぜか偉そうだ。娘の、それも手の中に、剣が出たという。
妄想癖は無かったと思うが…グレンは瞬時に娘の将来を心配したが、すぐに散らして意識を戻した。至近距離に差し出された手に異常は無さそうだ。
こういう時にお母さんが居てくれれば、女同士で分かることもあろうものだが、生憎と女衆の集まりに出掛けていた。
どういう意味だ、と言って、グレンは娘を窺った。
「えっとね、意識を集中させると、手から剣が出るようになったの!」
そうか、そりゃ、すごい。頷きながらグレンは娘の手品に興味がわいた。
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切り落とされた木の片割れを拾い、グレンは切り口を検分した。ソフィアは頬を上気させて尻餅をついている。
「大丈夫か?しかし、こりゃ…。」
熟練を積んだわけでもない娘が、こんなにも簡単に成してしまったことに、グレンは驚きを隠せなかった。剣は本来、木を切るようには作られていない。せいぜい、切り込みを入れる程度だろうと思っていたのだが、この切れ味なら実用どころか、脅威になるだろう。そんな危ないものを、この子に持たせて良いのだろうか。
しかしこれはソフィアが持つ術法によって具現化したものであるから、持たせないという選択肢は端から無い。ならば、きちんとした使い方を教え込まねばならない。
グレンはそう思い直して、木片を放り投げ、娘に手を差し伸べて立ち上がらせた。
「ソフィア、その力は危険だ。使うなとは言わないが、正しく使わないといけないぞ。」
普段は威厳の影もない柔和な男が、珍しく父親の顔をして娘に説いた。
厳しい父親の鋭い視線から目をそらし、ソフィアは剣を握っていた自分の手を見つめた。
「簡単にものが斬れちゃう剣なんて、どうすればいいのかな…。」
「いや、その剣は何でも斬れるわけでは無いだろう。ソフィアの手は切れてないし、地面にも刺さっていなかっただろう?」
そういわれて、ああ、そういえば、とソフィアは思った。確かに自分の手は切れていないし、先程も地面に刺さりもしなかった。音も無く消えたが。
「私の斬りたいものだけが斬れるってこと?」
「それに近い可能性はあるな。ソフィアが出したものだ、術者の意志がない限り怪我はしないだろう。」
攻撃に属する術法は、基本的に行使した本人に損傷はない。口から高温の火球を出しても火傷はしないし、掌から雷を出しても感電はしない。
例外として、自傷行為を念じながらの行使ならば、その恩恵に浴すことは出来る。まったくもって恩恵とは言いがたいのだが、一部の趣向を持つ者にはまさしく愉悦となるのだ。
「それを調べるのはまた今度にするか。とりあえず、お母さんに相談してからにしような。」
すると、怒られないかなぁ、と娘が暗い顔で言った。
グレンは笑顔で、大丈夫だよ、と心配顔の娘の頭を撫でて、洋服に付いた汚れをはたいて整えた。
「お母さんは苦労した末の高位術者だ、きっと良い知恵があるだろう。」
普通に剣術についてならば、自分の領分だが、術法については一家言を持っているアリアに師事した方が良いだろう。とくにこのような危険を伴う場合は自分の手には余る。
そしてこれは気軽に赤の他人に相談できることでは無かった。
グレンは娘の手を引いて、手品じゃ無くて本物だったな、と心の中でソフィアに謝りつつ、家路につくのだった。




