闇夜
鬱蒼とした森は、黄昏時には見せなかった陰鬱な姿を現していた。星の光も遮る巨人達は夜の帳を身に包み、冷ややかな風と静謐な舞踏を披露しているようだった。
樹齢を重ねた巨人の根元には、そのわずかな灯りを消されまいとする黒い影があった。
前衣を掻き合わせ、必死に暖を取ろうとするが、風の勢いは緩やかだが止まることはなく、まるで、いたずらな妖精達が代わる代わるに裾を翻して遊んでいるようだった。
「…さむ」
声変わりした、まだ線の細い声の少年は、弱々しい火種に両手を添えて、暖を確かめていた。少年がこの森に入ってすでに二度目の夜が過ぎようとしている。
「あいつら、一体どこまで行ったんだ…。」
少年はもう何度目になるか分からない溜息をついた。居住まいを正しながら、小枝を足して火加減を確認し、手を摺り合わせて温もりを享受する。
最初のうちはすぐに見つかるだろうと、たかをくくっていた。しかし、昼間でも薄暗い森は、簡単に捜し物を見つけさせてくれるほど優しくはなかった。朝方には大量の霧が発生し、辺り一面、白で埋め尽くされ、そこが森であるのかすらも疑いたくなるような情景は、しかし冷たく肌を刺す風は意識を引き戻すのに十分だった。
翌朝、軽い朝食を終えてから焚き火を大雑把に始末し、まだ薄ら白が残る森を進んでいった。
「とりあえず、もう一日だけ探してみるか。」
少年はよほど鍛えているのか、慣れた様子で足場の悪い森を軽快に進む。ひとつひとつの木を眼だけで確認しつつ、整えられた街道を歩くように、足取りは緩まない。
「あいつらが目印を残すわけも無いと思うけど、見ちゃうのはクセだなぁ。」
嘆息しつつ、さらに速度を上げて、少年は白い光の先に霞んでいった。
三度目の夜、そう遠くない、跳ね上がる赤を見つけたのは、ちょうど彼が竈作りを終えた時だった。
「やっとか!」
整えたばかりの竈を蹴り壊し、荷物を手に取って、赤い柱が立った方に走り出す。
いくつかの木々を掻い潜り、乗り越え、ようやく目的の場所あたりに辿り着くと、賑やかな声が聞こえてきた。
「…だったじゃん!」
「余裕じゃないでしょ!もっと調節しなさいよ!」
少年は言い争っている二人の声を聞いて、嘆息した。
「お前らなぁ……。」
暗がりからの突然の声に少女達は身体を強ばらせ構えたが、すぐに誰だか分かるとそれを解いた。
「あれ、アルスじゃん。こんなところでどうしたの?」
灰かぶりな銀髪の少女が、首をかしげてアルスが居ることに驚いた。同じく灰かぶりな紫色の髪の少女は、そちらを気にせず、自分の服に付いた煤を払ったあと、あれ?いたの?という顔をした。
「元気そうで何より。俺はお前達を探しに来たんだよ。森に入って何日経ってると思ってるんだ?」
「んー?何日かな?」
「まだ二日は過ぎてないと思うわ?」
少女達は頬に手を当てて考えている。その顔も汚れが付いて、煤だらけだ。そのお気楽な様子を見てアルスは落胆と怒気を含めて強めに言った。
「…あのな、もう三日だよ、三日!十分立派に行方不明だよ、お前ら。」
「あ、そうなんだ~。まぁ、そういうこともあるよね!」
「集中してると、時間が早く進んでいるなんてよくあることだわ。」
まったく効果は無いようだった。アルスは肩を落とした。
「それで、目的の物は手に入ったのか?」
しかし、すぐに気を取り直したアルスは本題に入った。この二人の調子に合わせると帰還が遅くなりそうだからだ。すると、紫色の髪の少女がにんまりとした笑顔で、肩から提げているポーチを軽く叩いて見せる。ポーチについていた煤が薄い光を帯びて舞った。
「もちろんだわ!ちょっと手間取ったけれどね。」
「うんうん、結構すぐに見つかったんだよ!私達、運が良かったよね!」
銀色の髪の少女が満面の笑顔で相槌を打つ。その後も二人は喋り続けたが、その様子を見て、ようやくアルスは安堵した。
「とりあえずここで野営して、明日には村に戻るぞ。」
手当たり次第に石を組み上げ、手早く竈を作った。荷物に入れてあった小枝を差し込みながら、周囲に落ちている煤を掻き集めて放り込む。その間も二人はアルスに灰かぶり冒険記を語り続けたが、ここ数日の疲れもあり、姦しいのは勘弁だった。




