新しき風 吹き抜ける世界(46) ~ 聞き慣れた声
黒い雨雲が空に広がっている。
ぽつぽつと降りしきり雨は、まるで空が泣いているようにも見える。
佐渡せきが放った一撃は、大地を揺るがし、サン・ラジェイドをバラバラに吹き飛ばしてしまった。
もはやそこに人型の彼女は存在せず、彼女を形作っていたものが所々に散乱しているのである。
「やったみたいだな……」
ナオキが呟いた。
その傍で、佐渡せきがはぁはぁ……と息を吐いている。どうやら生きてはいるらしい。
「なんだよ。結構余裕あったじゃねぇか。もう少し威力上げても良かったんじゃないか?」
「冗談言わないでよ。もう限界、身体中が痛いんだよ?」
サン・ラジェイドの惨状に対して、佐渡せきは身体はそのままを保っているが、指先ひとつ動かすだけで痛みが走っている。
魔力で体力の回復を図れば、そのうち動くことが可能になるだろう。しかし、そうなるには早くても半日程度は掛かってしまう。
しかもそれは歩くだけに限ったことだ。走ったり物を運んだりするにはもっと時間を要してしまう。
要するに、こうしたところを狙われれば、
「ひとたまりもない……」
ということになる。
少なくともサン・ラジェイドはバラバラに吹き飛ばしたのだから、これ以上の脅威はないと思いたいところだ。
――思いたいところだが、現実はそのようにうまくなるものではなかった。
「フフフフ……」
何処からともなく笑い声が聞こえたかと思うと、バラバラになっていたサン・ラジェイドの身体が一つに集まり、人の形をつくろうとしているではないか!?
「なっ!?」「えっ!?」
思わず二人は声をあげた。あんな状態で生きているなんて、通常ではあり得ないのだ。
足りない部分は水が集まり、形作ったかと思えば、それが色と質量を持って身体を成した。
たちまちのうちにサン・ラジェイドが現われた。ただし、服は戻っていない。全裸である。
「うーん、服までは戻らなかったかー。まぁこんなもんでいいでしょ」
パチン、と指を鳴らすと、波打つ水の衣が現われた。天露装衣アクア・ローブだ。
「危ないところだったよ。コレがなかったら死んでたわ……まったく」
サン・ラジェイドが苦笑を浮かべた。彼女の話に寄れば、『ある条件』を満たせていれば倒せていたことになる。
(そりゃ一体なんだ!?)
ナオキは咄嗟に考えていた。魔力のコントロール、術式の発動は術者の『意識』、頭脳による部分が大きいのだ。
その頭脳を一時的にでも機能停止にしたのならば『再生術式』は発動しないはずなのだ。
(いや、他に何か『再生術式』を発動させている媒体があるのか?それとも再生自体が別の……)
考えたところでナオキはサン・ラジェイドに掴まれた。
グッ……と小さく声が漏れた。前述の『再生術式』同様、フェニックスモードへの変化術も対象者(今回の場合は佐渡せき)の著しい疲労により効果が切れてしまうのだった。
カスディ魔力結合自体は『主』と『従者』の接触で効果を維持することはできるものの、変化術は『主』の意識と集中力を要するのだ!!
「変化術、それがあれば弱点である貴方達を隠すことができたけど……せきちゃんが倒れたら、隠れることはできないものね」
サン・ラジェイドが笑った。メキッと鈍い音を立てて、ナオキは握り潰された。
生死の確認もせずにサン・ラジェイドはナオキを投げた。もはやそんなことはどうでもいいのだろう。
「残りは……」
地底の邪炎霊クァーシアが残っているはずだ。ウェンシアの存在は、風切あやかとの戦闘で分かっている。
佐渡せきの魔力結合で感知した魔力は2つ……ナオキとクァーシアのものである。
「逃げた?」
魔力が感じられない。どうやらナオキに構っている間にどこかに逃げてしまったようだ。
「まぁ、いいか」
あんな奴くらい、取り分け重要なものではない。重要なのは邪魔者を殲滅することだった。
その邪魔者も全て倒した。
「せきちゃん……」
サン・ラジェイドが呟いた。きっと彼女なら自分のことを分かってくれると思っていた。しかし、彼女は自分を止めるために立ち向かってきたのだ。
「分かってる。アイツらに騙されてただけでしょ?せきちゃんは私の友達でお姉さまも認めた存在……選ばれた者なんだから」
足音が佐渡せきのもとへ近づいてきた。
「くっ……あさひちゃん」
小さく目を見開いて、佐渡せきはサン・ラジェイドを見た。そして目が合った。
泣いている?その目には光るものが浮かんでいる。
「騙されたんでしょ?あいつらに……そうなんでしょ!?そうだよね!?」
「それは違うよ。騙されてなんかない。間違ってるのは……あさひちゃんの方だよ」
「……バカッ!!」
鮮血が舞った。サン・ラジェイド水の剣が、佐渡せきの胸を大きく切り割ったのだ。
(あさひちゃん……)
最後に呼びかけた声は口からは出てこなかった。意識も急激に遠のいていく、まさか自分が死ぬだなんて、考えたこともなかった……と思ったが、実をいうとそういうものでもない。
意外にもそういう目には結構遭っている。
(はは、意外と私ってばよくやった方なのかなぁ……)
自分が倒れたら、あとはどうなるのだろう?誰がサン・ラジェイドを止めるのだろうか?
(あやかさん……)
佐渡せきは風切あやかの存在を思い起こした。そういえば、風切あやかの回復のために時間を稼ぐことは出来ただろうか?
サン・ラジェイドの注意は十分に自分へ向いていた。ナオキでさえ、自分の命を投げ出してまで注意を引いていた。
(私もまた……)
1分でも1秒でも、サン・ラジェイドの注意を引いて時間を稼ぐことができたハズだ。
出来れば彼女を説得して、八霊山の破滅をやめさせてやりたかったが……そうはうまく行かなかった。
それならば、もうひとつの希望である風切あやかに賭けてやるべきだろう。
「あやかさん……あとを……」
意識が途切れる直前に発した声、その返事を佐渡せきはなんとか聞くことができた。
「せき……よくやったよ。あとは私が決着をつけてやる」
それは佐渡せきが聞き慣れている彼女の声であった!!




