新しき風 吹き抜ける世界(44) ~ ラストリゾート
「よくもやってくれたね。結構、痛かったんだから」
サン・ラジェイドが水の剣を振った。剣の先から水が走ると、鞭のように風切あやかを襲った。
「ぐあっ……!!」
走る水が斬撃となっているのだ。水しぶきが飛び散ると同時に赤い風切あやかの鮮血も宙へと舞った。
胸元をバッサリと斬られている。普通なら致命傷だろう。しかし炎の魔力を有したことで多少は無理が利くようになっている。
風切あやかは倒れなかった。サン・ラジェイドとは違い、自分には自身の体を再生する能力はない。再生する能力はないが、だからといって諦めるわけにはいかない!!
「こんなもの……!!」
低い声が響いている。倒れはしなかったが動けるわけでもない。今尚、血は流れ続けている。
「へぇ、さっきと違って少しはやるようになったね。でも、もう戦えないでしょ?」
ニヤリとサン・ラジェイドが笑っている。剣を振るうと、同じように剣から水が走り、
「左腕、右腕……はい。左脚、右脚~」
まるで楽しむように風切あやかの肢体を切り刻んでいった。彼女の体は流れ出る血で真っ赤に染まっている。
「もうこれで立てないでしょ?脚を折って、土下座をして命乞いをすれば……許してあげても良いかなぁ?」
サン・ラジェイドは風切あやかが完全敗北を認めることを期待していた。自分から負けを認めて、命乞いをする。これほど最高の勝利はないだろう。
そうしたところで、もちろん許すつもりも命を助けるつもりも毛頭なかった。
彼女の目的は八霊山の破滅である。八霊山の全ての生命、全ての循環を破滅させ、永遠の世界を作り出すことであった。
そこには自分だけが存在している。何をするわけでもなく、全てが破壊された世界に自分だけが存在している。
「自分だけが……?」
そう、流 あさひと流 ヒスイである自分だけが存在している……いや、存在などしていなくてもいいのかもしれない。
永遠の世界に溶け込んで、いつのまにか消滅を遂げてしまってもいいのかもしれない。
彼女はそんな先のことまではあまり考えてはいなかったのだ。
ただ今は、八霊山に『ストリーム・セイブ』を発動させることが全て……。
強大な水の流れを正面からぶつけて、全てを消滅させる破滅禁術である。
禁術……と称されているが結論で言えば存在し得ない術になる。発動に要する魔力が多過ぎるのだ。
ただでさえ全てを押し流してしまう大津波を二つも作り出す。
作り出すだけでも並程度の魔力では到底できない。波大抵ではないということだ。
それをサン・ラジェイドは起こすことができる!
水霊でさえできない破滅禁術を流 あさひと流 ヒスイ、二人の魔力を起こそうというのだ!!
だがその前に、その前にやっておかなければならないことがある。
「ほら、せっかく助けてあげるって言ってんだから、土下座をしなさいよ!!もう2度とこんなチャンスはないんだよ!?お前が助かる唯一の方法が、アタシの前で土下座!なんて簡単!なんて優しい!!そう思わないの!?ねェってさ!!」
「…………なにいってるんだよ。まったく聞こえない」
チイッ!!と舌打ちが遠くへと響いた。
聞こえていないわけがない。あんなに声を高らかに宣言していたのだ。それとも、もしかしたら身体中の痛みで声が届いては居なかったのかもしれない。
「はは、もしかして聞こえてなかった?私の言ってたこと。それなら……」
「聞いてたよ。全部、分かってたうえで言ってるんだ」
「こっ、この野郎!!」
サン・ラジェイドが剣を振った。高速で振られた剣から、鋭い斬撃が走ると、風切あやかの胸を大きく引き裂いた。
「グウッ……!!」
さすがにこれには風切あやかの身体は耐えられなかったようだ。体勢は崩れ、ついに大地へと跪く形となった。
サン・ラジェイドの望む、土下座までもう少しのところである。しかし――
「いくらやっても、お前の思う通りにはならない」
僅かな力を振り絞るようにして、ゆっくりと風切あやかは立ち上がった。
「なんで!?どうして立ち上がるの?お前に、そんな力はないはずでしょ!?」
「お前の思う通りにはさせない……そう決めたんだ」
どこからそんな力が湧き出ているんだ!?サン・ラジェイドも風切あやかに宿っているウェンシアも驚いていた。
ただこのとき、ひとつの力が芽生えようとしていることにこの二人は気付いてはいなかった!!
瀕死の重傷を負っている風切あやかを支えているのは、生命の力ともなり得る炎の魔力である。
炎の魔力が風切あやかに力を与えている。倒れるわけにはいかないと心に炎を燃やしている。
その強い想いが傷を、痛みを越えて、風切あやかを奮い立たせている!!
「そんなものが!!」
再びサン・ラジェイドが水の剣を輝かせた。彼女は風切あやかの炎の魔力については気付いている。
それは自身が持つ『炎の魔力』とは異なるものとはいえ、大まかには同じものだからであった。
ちなみに言うと、同じ『炎の魔力』でも使い手によってその性質は大きく異なる。
風切あやかのように自身の能力……今回の場合は自身の体の生命力を増幅させるものであったり、または『炎の魔力』をそのまま攻撃に使用するもの。もしくは炎の魔力……その熱や影を利用して相手を幻惑するものなど、ただ一言に『炎の魔力』といってもその性質や用途、具合は多岐にわたるものなのだ。
それについては語り続けるといくらでも応用があり、広がりを持つ。故にこの場での説明はこれくらいに留めておきたい。
ともかく、風切あやかは『炎の魔力』により活力を得ている。ならば、それ以上のダメージを与え、生命力を挫いてやらなければならない。
「弱々しいお前ごときが!!そんなものを使ったところで、このアタシにィ!!」
サン・ラジェイドの持つ水の魔力を総動員して、力任せに風切あやかへと叩き付けた。
これが決まれば彼女の体はまっぷたつ……を通り越して、切れ目から爆発を起こし、跡形も残らないだろう。
生命力を挫くどころか即死させてしまう!!サン・ラジェイドとしては風切あやかを屈服させたかったのだが、もはやそんなことはどうでも良かった。
『自分の方が強い!!』
という簡単なことを示してやりたかったのだ。
「お前なんか!!」
叫ぶと同時に水が走った。鞭のようにしなやかに、全てを切り裂く鋭い水圧を持った水の光が、風切あやかを襲うや否や――
ばしっ!!と風切あやかが水の光を掴み取った!!
「バ、バカな!!そんなことが!?」
そんなことがあり得るはずがない!?あの水は大きな岩でも切り裂くほどの水圧、魔力を持っているのだ。
あんな小娘(サン・ラジェイド……もとい流 あさひも小娘である)が受け止めることなど到底できる訳がない。
(力が、力が足りないの!?)
咄嗟にもう一方の手に水の剣を作り出すと、サン・ラジェイドは同様に水を走らせた。
もう一方の手には既に水の剣が握られており、どうしても先ほどの一撃よりは威力は落ちてしまうだろう。
しかし、2本目の水の剣は避けられまい。相手は片手で水を掴んでいる。もう一方は死角から攻撃すればいい。
狙うは背後から心臓を一突きだ。もう泣いて謝っても許すつもりはない。
水の剣が風切あやかに迫ると、股を通り抜けて背後へと回った。
(もらった!!)
とサン・ラジェイドがニヤりと笑ったところで、急に彼女の身体が宙へと浮いた。
「なっ……なにっ!?」
身体が宙へと引っ張られている。力の根源は……風切あやかであった。
(アイツ、掴んだ水を引っ張ったのか!?)
掴むだけでなく引っ張り上げたのだ。あれだけの強い力を持っているとは、夢にも思ってはいなかった。
宙へ放り出され、風切あやかを狙っていた水の剣はコントロールを失い地面へと垂れてしまっていた。
再び鞭状を形作り、そして威力を持たせるにはサン・ラジェイドの平静さが必要である。だが、一瞬でも平静さを失えばそれはできない。
水の剣から手を離した。手元から話してしまえば魔力の供給は途切れ、水の剣はもとの水に戻ってしまう。
一時的に武器は失うが、武器だけなら再度手元に作り出せばいい。この雨が降っているうちは、いつでもいくらでも水の剣を作り出すことができる。
「ぐううっ……」
宙へと投げ出されたサン・ラジェイドが地面へと落ちた。すぐに手元に水の剣を作り出さなければならない。
「くらえっ!!」
と風切あやかが倒れた隙をついて、一気に勝負を決めにきた。
今度は首に手足に、そして胸に黒刀を突き入れてやった。
「これだけやれば……」
と思いたい気持ちが風切あやかにはある。先ほどの再生を見るに、サン・ラジェイドの再生能力の前にはどんな攻撃も無意味なのだ。
ウェンシアに対応策を聞いてみるも、
「再生は魔力によるもの……魔力を枯らせるか、魔力を扱えない状態に持ち込むしか……」
というものだった。
降りしきる雨が水の魔力によるもので、それが再生の秘密であることにウェンシアは気付いていた。
風切あやかにも伝えてあるものの、だからといってどうすることも出来ない。
この雨、雨雲を取り払うことが出来れば、戦況は有利になるかもしれない。だが一体どうすれば…・・・?
「アンタには驚かされるね。私がこうもやられちゃうなんてさ」
雨水が切り離された手足を形作り、やがて元の姿へと戻していく。
やはり、サン・ラジェイドの再生能力は健在のようだ。
「うぐぐっ……」
再生した腕が風切あやかの首を掴んだ。サン・ラジェイドを至近距離で攻撃することができた以上、逆に彼女が風切あやかを攻撃することもできるのだ。
「これだけ近ければ何もできないでしょ?このまま首を握りつぶしてやる。アンタには私みたいな再生能力はない。これで終わりだ!!」
サン・ラジェイドの腕に力が入り、風切あやかの首が締められていく。
うぐぐ、と風切あやかが呻いた。こうなれば手段は一つだけ存在する。
(ウェンシア、できるか?)
(出来なくはないけど……大変なことになるよ?)
(瞬間的に私から離れるんだ。自爆する)
自爆……自身の生命エネルギーを破壊力に還元する炎による破壊術である。
使い手の生命力を全て破壊力に変化させるため、生きてさえ入ればどんな者でも、どんな状況でも大きな威力を発揮できるのだ。
この状況、風切あやかとサン・ラジェイドは密着しているため、仮に風切あやかが自爆を決行した場合、その爆発熱によりサン・ラジェイドにも致命傷を与えることができるかもしれない。
(あんだけやっても再生できるんじゃ、これしかできない……こうして密着してるんだ。下手な攻撃よりはずっと有効だろう)
(確かに、このままやっても死を待つだけか。それならひとつ僕も手を貸そう。水霊の姫を消滅させる程度に威力と範囲を調節しよう)
(そんなことができるのか?)
(でも、あやかから離れることはできない……キミと運命を共にするが、それは最初から決めていたことさ)
(お前には大事な人がいるんだろ?あんだけ愛し合ってたじゃないか)
(キミだって同じだろう?護りたいものや愛している世界がある)
(でも……!!)
(キミの姿を見ていたら放っておけなくなったのさ。クァーシアには後で絶対に会いに行くってテレパスしておくよ。悠久の時を超えて二人は再開するんだよ……ロマンチックだろう?)
「…………バカ」
風切あやかから小さく声が漏れた。
首を掴む手に力が入りつつある。残された時間はもう少ないだろう。
爆発させるなら今だ!と風切あやかは覚悟を決めた。キッと目を見開き、自分の中の力を全て目の前へと集めたのだった。




