新しき風 吹き抜ける世界(43) ~ 天露結界 アクア・ローブ
「その名前で呼ぶな!!私はお姉さまと一緒になったサン・ラジェイドだ!!」
「変わってないよ。そういう屁理屈をこねるところ!!」
風切あやかは颯爽と駆け出した。もはや言い聞かせて説得できる相手ではないのだ。また手加減をできる相手でもない。
倒せるならばさっさと倒してしまわねばならない。それが八霊山を護るためにできることだ。
炎の魔力を持ち得たことで、風切あやかの敏捷さは以前とは比べ物にならないほどに向上している。
兎と亀が競争をして、亀の方がゴールに先着してしまったといえば分かりやすいだろうか。
一瞬でサン・ラジェイドとの間合いをつめると、手に持っていた黒刀で彼女の首筋を狙ったものだったが――
「ぐうっ……!?」
低い声をあげたのは風切あやかの方であった。とはいえ別段、反撃を受けた訳ではない。むしろ先制攻撃自体は成功している。
それならば彼女に何があったのか?二人の間合いは零になり風切あやかの黒刀はサン・ラジェイドの首を捉えていた。しかし……
(硬い!?なんて硬さだ!!)
黒刀はサン・ラジェイドの首元に傷を付けることができていなかったのだ。
さっと風切あやかが後ろへ飛び退いた。サン・ラジェイドの手元には水の剣が握られている。
「あの変な刀は使わないんだな」
「ああ、アレ。もういらないから捨てちゃった」
よく見ると視界の隅に光るものが落ちているのが見える。恐らく、サン・ラジェイドの持つ流 あさひの名残……翡翠刀だろう。
それはともかく、まともに攻撃をして傷ひとつ負わせることができていない。これは大きな問題である。
首筋は一撃必殺を狙うには一番の場所だ。それだけに相手はそこに防御を集中させているのだろうか?それならば、その分だけ防御が薄くなっている部分があることだろう。
「ウェンシア、どう思う?」
自分に問いかける形で風切あやかが問いかけると、頭の中に直接ウェンシアの声が響いてきた。
「別に首元に魔力を集中させて防御をしている訳じゃないね……あれは元々の防御能力だ」
ということらしい。
それでは何処を狙っても手傷を負わせることができないではないか!?
「いや、そういう訳でもないよ」
生物や物質は、必ずしも全身、または全体が同等の防御能力を持っているとは限らない。
生物には急所が存在し、物質には弱点が存在する。
巨大な龍でも全身を硬い鱗で覆っている一方で、お腹の部分は比較的に手薄ということがある。
サン・ラジェイドの場合はどうだろうか?
見た目は人型で、取り分け筋肉質であったり硬い鎧を着ている訳ではない。
切れば割れそうなものだったが……
「一番やれそうな首をやってダメだったんだぞ。そこがダメで他にどこがある!?」
「場所は同じさ。ただやり方を変えるんだ」
「やり方だって!?」
風切あやかは困惑した。
斬り方が悪かったのだろうか。叩きつけるよりも撫でるような斬り方が良かったのか。それともいっそのこと刺してしまうのが効果的であったのか――。
「いや、違う違う。まったく、キミというヤツは脳が筋肉で出来ている割に防御能力はないものだから……」
「む、いったなぁ!!」
風切あやかは思わず肩を叩こうとしたが、叩こうとした対象のウェンシアは自分の中に封じているものだから、軽く握った拳はふわりと空を切った。
「手短にキミでも分かるように解説するから、ちょっとアイツをひきつけておいてよ」
「まったく、簡単に言う」
さっと身体を浮かせると、風切あやかはサン・ラジェイドに駆け寄った。
今度は致命傷を与えるための接近ではなく、時間を稼ぐための接近である。
「作戦会議は終わったの?私だけ仲間はずれで寂しくってさァ」
「柄にもないことを言うんじゃない!!」
相手の力は強大だ。また相手がこちらに手傷を負わせることができないことも知られてしまっている。だから攻撃を避けようとは殆どしていない。
風切あやかの攻撃は確実にサン・ラジェイドの身体を捉えているが、やはりダメージを与えられている様子はない。
(やっぱりダメじゃないか!?)
(ただ斬るだけじゃダメだよ。魔力を使うんだ)
(魔力だって!?)
ウェンシアが話すには、斬撃に炎の魔力を乗せてやれば普通に斬るよりも効果的な攻撃ができるのだという。
もっとも今の風切あやかが放つ斬撃も炎の魔力による敏捷さによる力が加わり相当な威力を持っている。
大岩でも簡単に粉砕してしまうほどだろう。
それほどの破壊力をもってしてもまっぷたつにできないのが、サン・ラジェイドの首であった。
その防御能力の秘密のひとつに……
『水の魔力』があるのだという。
サン・ラジェイドは全身を水の魔力で覆っているのだ!!
この水の魔力は先ほど、サキが戦っていた時に放っていたタイダルウェイブと同様に、水に硬度を加えたもので、肉体に刀がぶつかる前にその水の魔力が刀を弾く!!
それにより脅威の防御能力を発揮しているのだった。
しかし、それならばひとつ腑に落ちないことがあるだろう。
ウェンシアが言ったことだ。
『別に首元に魔力を集中させて防御をしている訳じゃないね……あれは元々の防御能力だ』
と発言したことだ。
前述のとおり、サン・ラジェイドは魔力で全身を覆い、それを防御能力としている。
しかし、それは通常の防御能力に過ぎないのだ!!
本当に『魔力を集中させて防御』を行うならば、風切あやかが10人ほど同時に攻撃をしても傷がつかないだろう。
(あの魔力を消してやらないといけない。そのためにはキミの武器に炎の魔力を通してやる必要がある)
(そんなことをいっても、どうやればいいのか分からないぞ)
(今のキミが炎の魔力を持っているのは間違いない。だからイメージだよ。ちょっとキミの武器が燃えているようなイメージを持つくらいでいい……威力は、気持ちの力。強いと思えば強く出る)
なんとも要領を得ない話だが、そう言ったところで今はそれをやるしかないのだ。
「デェえい!!」
サン・ラジェイドの一閃を腰を屈めて回避した風切あやかは、宙を泳いでいるサン・ラジェイドの腕へ黒い短刀を斬り上げた。
強い炎……というよりは強い爆発をイメージしての攻撃だった。
とにかく相手にダメージを与えたい。それ以外のことを考える余裕は彼女になかったと言っていい。
その彼女の声に黒い短刀は答えた。短剣から爆発が生じ、サン・ラジェイドの腕を吹っ飛ばしたのだ。
「グウッ……お前」
サン・ラジェイドが低い声をあげている。その顔には強い怒りの表情が浮かんでいる。
「で、できたのか」
「出来ているよ。ただコントロールが甘いね。キミの体もダメージを負ってしまっているじゃないか」
「痛って……でも、あれだけ至近距離で爆発させても、思ったより痛くない」
「炎の魔力に対しての耐性だよ。なかったら自爆で身体が4つに分かれている」
なるほど、先ほどの攻撃による爆発。今まで地底でクァエン・クルルァや火紗と戦った時に見てきた爆発であった。
あの頃は直撃したら死を覚悟していただけに、今回もただでは済まないと思ってしまっていた。
あれほどの爆発で『少し痛い』程度で済むのなら、もう少し強い爆発をイメージすれば、相手に致命傷を与えることができるのではないだろうか。
そうしたギリギリ部分、パワーの調整には長い訓練と戦闘経験を要するのだ。
「今のキミは魔力を得てから本当に間もない。ほんっとうに間もない」
「そこ強調するところなのか?」
ウェンシアが話すには風切あやかが魔力を持って100年訓練と経験を積んで、ようやく邪炎霊と同等らしい。
「邪炎霊って精霊の一種じゃなかったのか……?」
風切あやかは聞きたかったが、聞いている場合でもなかったのでその質問は飲み込んだ。
サン・ラジェイドの様子である。先ほどの攻撃で右腕を吹っ飛ばしたのだ。
普通の相手ならば、それだけで致命傷である。しかし、今回の相手は普通ではない。
見たところ確かに右腕はなくなっているようだが、体勢は崩れてはいない。地に立ち尽くしているのだ。
「どうだ?片腕を失ってもまだ戦うのか?今ならまだ――」
「何?私が戦うのをやめるとでも言うと思って?アンタに負ける要素なんか1滴の雫ほどもないのに!!」
サン・ラジェイドが叫ぶと、降りしきる雨が急に強くなった。
そこへ雨水が彼女の右肩へと集まると、段々と右腕の形を形成し、ついには白い肌色をも作り出したのだ!!
「さ、再生したのか!?」
風切あやかが元に戻ったサン・ラジェイドの右腕を驚きの表情で見つめていると、
「私はいくらでも再生できる。この雨、水の力がある限りね……」
サン・ラジェイドの水の剣もいつの間にか手元に戻ってきている。




