第1章 物語の始まり【4】
ラゼルがアラベル推薦の三冊を読み込んでいるあいだ、アラベルは窓際のソファで別の本を読んでいた。そうしていると、アラベルも緊張せずに過ごせているようだ。ラゼルは元々、本に熱中しやすいのかもしれない。
ラゼルはと言うと、魔法学を通じてアラベルと良い関係を築けると確信を持っていた。ラゼルの心が別人になったことは打ち明けないとしても、夏季休暇前までのラゼルとは違うことを少しずつでもわかってもらえればいい。せっかく兄弟になれたのだから、仲良くしたいとラゼルは考えている。そのすべてが自分にかかっていることも自覚していた。
「失礼します。昼食のご用意ができました」
呼びかける声に顔を上げると、執事のメイソンが恭しく辞儀をする。読書に熱中するあまり、ラゼルもアラベルも時間を見ていなかった。午前中いっぱい、読書に費やしてしまったようだ。
ラゼルは、いま行くよ、とメイソンを下がらせつつ、アラベルの手を借りて参考書を元の場所に戻す。出しっぱなしは厳禁だとアラベルが教えてくれた。
「ありがとう、アラベル。おかげで有意義な時間を過ごせたよ」
「うん……それならよかった」
アラベルは柔らかく微笑む。ラゼルが本心からそう思っていることが伝わったようだ。
(魔法学……思っていた以上に面白い学問だ……)
ラゼルは心の中でつくづくと呟く。マナや魔力を解析することで、魔法を科学的に捉えている。残念ながら、マナの成分を正確に解析することは人間には不可能だとされているらしい。それでも、魔法学を知ることで魔法の腕を上げることは充分に可能だろう。
深く考えていなかったが、いまのラゼルには念願の魔法が使える。すべてのオタクが憧れるあの“魔法”を。ラゼル・キールストラがどの程度の魔法使いだったかは現時点ではわからないが、近いうちに試してみようと思うと、オタクの血が騒いで仕方がなかった。
ダイニングに行くと、すでに義母とジークハイドの姿があった。ラゼルとアラベルがテーブルに着くのを認め、使用人が料理を運び始める。ジークハイドと義母を少し待たせてしまったようだ。
「ずっと書籍室にいたの?」
おかしそうに微笑みながら義母が言う。ラゼルとアラベルが仲良くすることを喜んでいるのだろう。ラゼルの狂気性を知らない義母は、ラゼルが純粋にアラベルと良好な関係を築いていると思っているのだ。
「つい熱中してしまいました……」
ラゼルは苦笑いを浮かべる。その向かいでアラベルは申し訳なさそうに小さくなっていた。ジークハイドは相変わらず冷ややかな視線をラゼルに向けている。この居心地の悪さも改善されるといい、とラゼルは祈らずにはいられなかった。
「熱中できることがあるのは良いことだわ。休暇も残り少ないし、思う存分に熱中するといいわ」
「はい」
しかし、ラゼルにはのんびりしている暇もない。この夏季休暇中に、アラベルと良好な関係を築かなければならない。ジークハイドとの関係を修繕するには、それが最初の一歩なのだ。アラベルとは学院寮が同室であるため、せめて怯えずに済むようにしてやりたい。魔法学には強い興味を惹かれるが、アラベルと仲良くなるための努力を怠るわけにはいかないだろう。




