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マギオン  作者: 雷然
9/13

電で走る

 魔力子関連の新情報は連日途絶えることがない。何処どこの大学のチームが新たな波形を発見だとか、気の早い企業は魔力子を使った新サービスの開始予定日を公開したりだとか、社会はめまぐるしくマギオンをむさぼり、人々は無抵抗に情報を受け入れていった。

 人間達は気づきもしない、自分の世界や時代がいまどんな状態でこれから何処へ向かっていくのかを、日々の生活に一生懸命すぎて。いつの時代の誰だって。例外なく、この星の人間達すべてが。


 朝の通勤ラッシュ。邑上(ゆうがみ)ともみは電車が嫌いだ。通勤ラッシュに限らず鉄の箱に閉じ込められるこの乗り物を拷問器具か、あるいは死地に人々を送る旅路のように感じる。重苦しく感じるのは目的地が学校だからかもしれない。行く先が楽しい場所ならば電車のことを少しは好きになれるのかもしれない。そんなことは起こらない。この世界の彼女には。

 通学のため電車に乗る。まだ始業まで2時間、これよりも遅い時間の電車にのるといよいよ乗車率が200%ダブルスコアのデットエンドだ。彼女はかろうじて座れた狭苦しい椅子にちぢこまって、スマホを眺める。目の前に立つサラリーマンの顔も疲れている。制服の襟元はきちっと閉まっており()()()()()はないのだがスマホの位置を顔の高さまで上げる。これが彼女なりの防御姿勢なのだ。ゆられる吊革につかまった疲れたサラリーマン、彼の視線がそう大きくはないともみの胸部、襟元から中を覗き込んでくるような気がして相手を不快にさせないよう気を使いながら防御する。電車は嫌いだ。

 ともみが電車と同じかそれ以上に嫌いなものがある。自身のまつ毛だ。長く艶やかな母親そっくりのまつ毛、目元もを見るだけで血縁者だとわかるそのまつ毛をともみは定期的に手入れしている。

「忌々しい」

 およそ女子高生が使うのに不釣り合いな言葉。今朝短く切ったばかりのまつ毛が長く伸びているのをともみは発見した。トンネルから出る一瞬、微妙な光の加減がスマホに反射してともみの顔をよく映した。母親が化粧するたびに自慢する美しい目元。今日もどこかの男に会いにいくのだろうか。切っても切っても気づかぬうちに伸びているまつ毛。この異常な現象をともみは誰にも相談できずにいた。


 死者532名。

 原因の詳細ははっきりしないものも、大枠の原因がマギオンにあるというだけでマスコミには十分だった。よだれを垂らした記者が口角を上げて現場に殺到する。

 電車の事故、先頭車両から4両目まで軽症者はおらず死傷者の肉と血、歯や爪や皮、衣服やその他諸々が洗っても取れない鍋の汚れのように車内にへばりついていた。

 速度80㎞重量合計約440t。高速で大量の人を輸送中だったソレは突如天空を目指した。ジェットコースターのようなレールに従おうと一両目の車輪を持ち上げるも車体後部は地面と接触、結果、行き場を失った先頭車両は後続車両から押し出されるようにして飛び、地面へと叩きつけられた。事故後の調査では車両の一部が事故現場から800メートル離れた場所で発見された。

 反動でちぎり飛ばされた後方の車両の一部は反対方向からきた列車によって砕け散った。事故現場は異様な光景だった。電車は規格の統一した製品であり、派手に壊れることを目的としたゲームオブジェクトとは違う。

 まだ元が電車であったと理解可能な前側や中間部とはことなり、後方車両は人の方がよほど原型をとどめる形となっていた。比喩なしの粉々であった。

 

 事故現場そばのマンションには、一人の男の子がいる。

 男の子の名前はオオムタ・レン。まだ四歳。彼にとって世界は、床に広がる鮮やかなプレイマットと、その上を自在に走らせるプラレールの線路でできていた。窓の外に見える実物の電車も、彼の部屋の小さな世界の一部だった。彼の父も母も優しく彼は何ひとつ不自由がなかった。

 いつもの通勤ラッシュの時間。レンは、お気に入りの青い車両を手に持ち、窓から外を眺めた。


「しゅっぱーつ!」


 レンの脳内には、電車を走らせる純粋な喜びだけが満ちていた。彼の世界の中で、電車はプラレールの線路を滑るように走った。電車とは彼にとって秩序だった。秩序は美しく、規則正しく同じ場所を走りつづけた。彼がもうすこし大きくなって、本物が時間に精確な乗り物であることを知れば彼は電車のことがもっと好きになっていくだろう。


 レンには秩序と同じくらい好きなものがある。

 

 電池が供給する電気はコイルに吸い込まれ磁石との間に規則正しい磁界を発生させる。磁界はモーターを回転させ、回転エネルギーはいくつかのセクションをへて小さな電車を前へとすすませる。急ぐことも慌てることもない、定量のエネルギーが規格内の出力を発生させ想定どおりの速さで進む。その点はおもちゃも実物も変わりなかった。ここまでは。


「いけー!」

 突如電車は加速、メーカーの設計を逸脱した速度で電車は10cmほど進む。レンにつかまれた電車は加速を一時停止するとレール上をテイクオフ、レンの脳内で飛行機となった電車はしばし空中散歩を楽しんだ後に元の場所へ着陸。

 電車を右手で保持したまま左手にてレールを立てると、電車とドッキング、今や電車はロケットへと変化していた。かしゅっかしゅっと車輪はプラレールをこぎつづける。しかしレンに逆らうことは出来ない。


「はっしゃー」

 レンのジャンプとともに秩序から解き放たれた電車は部屋の天井付近まで飛んだのち、自由落下、プレイマットへと叩きつけられた。かしゅっかしゅっかしゅかしゅっ。

 ともみは先頭車両にいた。


 ともみは今は母と二人暮らしだ。母は年下の男と遊びに出かけることが多い。父は今では別の家庭を持ち、幸せに暮らしている。離婚前、父は浮気をしていたため、離婚時に慰謝料を取られており、今もともみの教育費を払い続けてい…………いた。

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