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マギオン  作者: 雷然
6/12

公表

 流石にこのやり方にはチカも面食らった。罰当たりな! そうも思った。一方両雑誌の発行部数は過去最高、書き換えを(まぬが)れた広告欄の経済効果は普段の数万倍と言われた。


「どうするつもりよ!」

 絶望的な新聞の見出しをどこか遠い国の出来事のように眺めていると、同僚のヤスエ博士から肩をゆすられた。

「どうしたらいいのよ!」

 チカが強く言い返す。まるで学生の頃に戻ったようだ。あの頃はチカの方がヤスエに食って掛かることが大半だった気がする。


 QORAの論文は良くできていた。学術的は言わずもがな。科学者が唸るほど高度であり、高校生でも理解できるほど柔軟で、言葉は平素かつ刺激的で面白い上に知的欲求を十二分に満たすものであった。よく出来すぎていた内容にチカは戦慄を覚えた。

 (ちまた)の奇跡の仕組みや、これから起きることがらも詳細に書かれていた。“予言書”によれば明後日の九州では雪。降雪量からして九州としては大雪だ。JRは早くも明後日の運休を決めた、西鉄は運航するらしい。天気予報は晴れだと言っている。だって4月だもの、天気予報は頑張っている。

 だけれど残念かな、きっと天気予報は裏切られる、予言は当たる。あるいはQORAによる情報書き換えなのか。どちらにせよ一致するのだから同じことだ。


 誰もが理解してしまった。情報を認識できるのであれば。認識で情報を書き換えられることを。この世は確定済みの何かなどではく人の意思でいくらでも改変可能であることを。物理と科学が魔法を証明してしまった。


 ヤスエは昔から美人だがチカの容姿を馬鹿にしたことがなかった。チカとしてはマウント好きのヤスエが何故そうしなかったのか不思議だった。いつか聞こうと昔は思っていたが今はもう聞きたくはなかった。

 ヤスエは結婚前、チカより先に結婚すること、旦那となる男性の素晴らしさ、結婚できる自分の凄さをジョッキ片手に語っていた。すっぴんメガネそばかす天然パーマのチカは旦那となる男の女癖の悪さを心配して「あの男はまずいって!」と言ったのだがヤスエは聞く耳持たなかった。

 名前はなんて言っただろうか、結婚式で見たあの男の目はいい女を探すときの男の目をしていた。横に妻がいるのに妻の同級生や友人の中に自分の好みの女を探そうとしていたのだ。なんでヤスエはこんな男を選んだのだろうか。


 もし仮にマギオンのせいでヤスエの心を知ってしまうことがあるとしたら、チカはマギオンではなくQORAを恨む。そう心に決めた。特に論理的理由はないがそうすることにした。


 偉業をQORAに取られた研究所ではマギオン運用についての実験を開始していた。すでにマギオンを計測・計算する方法は確立しており、実験はマギオンを波として観測する方式がとられていた。マギオン波の強弱には意識信号の影響の他、個人の資質が大きく関係していることが分かった。

 実験はマギオン波の受容感度が高いことが判明したアルボラリス主任の協力もあって順調に進んでいた。


「そうね、もういいわ! マギオンは否定できない! だったらQORAを消す! マギオンをつかってね!」

 研究所を退職したヤスエは欧州原子核研究機構セルンに再就職。ウルシ・カルル外部取締役の出向元である。


 翌月セルンは名前を欧州量子研究省セルクと改めた。国際機関でも民間企業でもない欧州という巨大な国を動かすひとつの臓器となった。


 マギオンの生み出すあまりにも大きな利益。経済的な側面だけではなく歴史や宗教、教育や文化など人類全体に与えるであろう影響は計り知れない。国際機関などという甘ったれたことを言ってられなくなったのか、欧州は各国に先んじて独自路線を走りだした。アメリカ、中国もそれに続いた。幸いにもアクシオンリングは今だ国際機関の体裁を保っているが職員の大半がアメリカと中国にとられることになった。中国はさらにアクシオンリングユニットを人類全体の財産であると主張し、中国の科学省と共有使用するように注文をつけてきた。


 チカは休暇を取ることにした。なんだか慌ただしい世界とのギャップに疲れたのだ。

 チカが向かった先は陽光が降り注ぐ南国の島だった。砂浜に寝転がり、波の音を聞く。研究所内の慌ただしさも世界の変革もここでは穏やかな波音にかき消されてゆく。チカはそう感じたし、島の風と人々は穏やかだった。ニュースは流れているだろうに受け取り方が違うのかもしれない。ユニットは北極圏。研究所は日本にある。物理的に距離が離れたことで心理的にも仕事から距離ができた。


「ネェお姉さん、お一人? こんなところに日本人が一人だなんて珍しいね。この辺オレ詳しいよ。案内しようか?」

 ナンパかあるいは金銭目的の声かけ、どちらにせよ断るしか選択肢はない。ただこの島に来てから初見で日本人だと言ってきたのはこの男が初めてだ。

「案内は不要よ。それより私がどうして日本人だと思ったの?」

 わざわざ日本語で話しかけてくれた男性にロシア語で返答する。男はギョっとしたものの思いがけない言語で返答してきた。

『なんだって? わりーがタガログ語と英語、セブアノ語と日本語とちょっとの中国語ぐらいしかわからねーぞ』

 男の使ってきた言葉は未知の言語、おそらく現地語なのだろう、しかしその意味、その思考はわかる。

 念話? 意識の共有? マギオン使いか。

「私の思考を読んだの?」

 チカは慌てて言葉を返す。今度は日本語でだ。

「ノンノン。オレの意思を解放しただけ、そっちがオレに開示してくれた言葉なら読めるけど心の中は見たりしないぜ。オレジェントルボーイ」

 浅黒い肌に大きめの目。ハワイでもないのにアロハシャツを着た怪しい風貌の男。紳士かどうかは保留するがどうみてもボーイという年齢ではない。

「案内は不要よ。観光するだけの時間もないもの、ビーチとホテルを満喫したら国へ帰るわ」

「おうそれはもったいなーい。せめてお土産持って帰らなきゃ」

 男は背負ったバッグから何やら出そうとする。

「お金なら持ってないわよ」

 嘘である。お金は余っている。使う暇と使い道がない。ただ巻き上げられるのは癪にさわる。

「ノーマネーOK! これはカワイ子ちゃんに逢えた感謝のしるしですー」


 男が差し出して来たのは小冊子。表紙の文字は英語で『魔力学基礎論』と書いてあった。

「ばーいせんきゅー!」

「ちょっと! あなた!」

 男はチカが止めるのも聞かず逃げるように走りさっていった。荷物も何も取られていない、本当に本を渡して去っていった。


 鮮やかな表紙とは対照的に裏表紙は白一色の無地だ。値段は書いてある。一応一般流通している本のようだ。著者の名前はタカヒロ・ベガ・サロマ知らない名前だ。もしかすると先ほどの男の名前だろうか? 


 ホテルの一室に戻ったチカは改めて本を見分する。マギオン説明するには簡単すぎる数式と体系的なマギオンの基礎知識、そして運用方法について記されている。子供向けの手引書、いや教科書のようであった。

 タカヒロ・ベガ・サロマの名前も知らべてみる。著作は本書のみ、出身大学はわかったが、他の経歴が一切Webにはなかった。念のためコンシェルジュに確認するも知らないとのこと。つまり無名の男だ。名前からして親のどちらかが日本にルーツがあるのかもしれない。


 それにしても読めば読むほど面白い。書いている内容は専門性が乏しく説明不十分なところもあるが独立した学問として書かれたマギオンの世界。この見地は研究所の誰もたどり着いていないだろう。

 マギオン工学、マギオン治療、マギオン医療、予想される運用方法と運用に必要な基礎理論。何をどの順番でやれば安全に魔術を使えるようになるのか、著者の試行錯誤の跡が見て取れるようだった。しかしまだまだ。完成には程遠い。

「誰だか知らないけれどお礼を言うわ。わたしのやるべきことが決まった」


 チカは本を閉じると荷造りを始めるのだった。

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