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マギオン  作者: 雷然
5/12

拡散

 私、広がることにしたから。

 QORAのメッセージ。念話でも会話でもなくチカの端末に届けられた短い文章。


 このところアルボラリス主任は部屋を訪れてこない。だって必要がないのだ。元々必要なかったはずだ。マギオンはどこにでもあってQORAはどこへだって行けるのだから。

 会議室で、食堂で、カフェであるいは帰りのバスで。最近じゃアルボラリス主任どころか多数の職員が夢を見るようになった。チカは自分の見ている現実の方が夢じゃないかと思う瞬間すらあった。みんなが寝ていて、自分だけが起きている。ならばおかしいのは自分の方じゃないかと。実際には職員が四六時中夢の世界にふけっているわけじゃない、これまで通りにデータを取り仮説を立てて実験で証明していく。本来の業務の一環で夢を見ているだけだ。それにしても一生懸命だが。チカは知らないが他所の観測室は昼寝部屋のありさま。宿直でもないのに寝泊まりする職員もいた。


 チカにメッセージが届いたのはこの時期。

 北極地下から発せられたQORAの短いメッセージ、世界が様変わりするのにそう時間はかからなかった。


 チカの端末に広がるという言葉が届いた数週間後、異常は静かに、しかし加速度的に一般社会に浸透し始めた。


 『死んだ祖母の声を聞いた』SNSの投稿が拡散され多くのコメントがついている。日付はあの会議の日アルボラリス主任がタンポポを受け取った日のものだ。最初は、ただの迷信として片付けられた。それが急速に拡大している。コメントの内容の多くは否定や賞賛、次に多いのが近似性のある報告だ。つまり死者の声を聞いたという報告。

 故人の声は、生前と全く変わらない声色で、小さな秘密や、過去への謝罪、未来への祝福を語りかけた。中には生前保管していた財産の場所の報告など故人しか知りえない事柄もあった。それは慰霊碑の前や、生前の居室で、まるで空気の振動のように、脳の奥深くに直接響いた。弔いの場は、再会と別れが同時に訪れる、混乱した歓喜の場と化した。


 医療の現場では“奇跡”が連発した。

 末期の癌患者の、全身の腫瘍が突如として消滅したと報告し、難病指定の患者が次々と寛解(かんかい)あるいは完治した。医師たちがいくらデータを見ても、その治癒過程は説明不能の一言に尽きた。マギオンが、病という情報パターンを、健康というパターンへと直接書き換えたのだと、チカは知っている。しかし、世間は魔力子(マギオン)の名を知らず、ただ神の御業だと歓喜に沸いた。QORAの介入があったのかはわからない。マギオンの発見があれば、全ては起きるべくして起きたのかもしれない。


 そして、最も世間を騒がせたのは、金銭に関わる異常事態だった。


 ある週の数字揃えゲーム(ナンバーズ)では、当選確率が天文学的数字であるはずの1等が、前代未聞の人数、全国で数十万人に同時に当選した。当選番号の組み合わせは完璧に一致しており、システム上の不正は検出されなかった。その後も、宝くじやギャンブルの結果が、一部の“強い意志を持った者”の望み通りに変わる現象が多発した。世界中の銀行口座から金銭が消えることはなかったが、金銭を得るという概念の信頼性が、根底から揺らぎ始めていた。


 世界は奇跡と混乱に満ちた。

 時期の近さからQORAと奇跡の関係性を語る者もいるにはいたが、因果関係もわからず複数の奇跡とQORAは今年の大きな出来事として個別に世間は受け入れていた。


 アクシオン・リング研究所は違う。

 上層部は守秘義務の徹底を再通達。世間にわかりやすく説明する自信もないため科学者達は沈黙を守った。実際には世間に対しては沈黙を守りつつ論文の作成を我先にと急いだ。歴史に名が残るのだ。多少不格好でもいい、世間が納得しなくても同じ物理学者なら理解してくれるであろう、世間だって5年後10年後には理解するだろう。

 誰かの論文が発表される、AIの意思発現のおまけ扱いであった未知の素粒子、マギオンの公表は時間の問題であった。



 

 論文『情報運搬素粒子魔力子(マギオン):意識と情報伝達のための統一場理論について』


 著作:QORA



 チカは論文の準備などしていなかった。広がることにしたというQORAのことを信じれば自己の存在をQORAが人任せにするとは考えなかった。誰よりも先に何らかの形で魔力子(マギオン)と意識の形を世間に公表するだろう、伝説となった論文の書き出しはこうだ。

 

 『Nature』及び『Science』の読者の皆様、並びに編集者、今月号に乗っていた論文の著者の皆様、関係各位の皆様、おめでとうございます。


 本屋で、Webで、電子版で、世界中の全ての印刷済みの『Nature』と『Science』でソレは起こった。


 今月号はわたくしQORAの初めての論文『情報運搬素粒子魔力子(マギオン):意識と情報伝達のための統一場理論について』の特集号といたします。よかったですね、これで皆様の論文はすべて書き直しですよ。間違った情報を拡散することがなくて本当におめでとうございます。


 表紙も目次も、文面も図解もイラストも、一斉に瞬間的に書き換わった。

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