問題提起
チカを戻す。目的は明確。意思は固い。前提条件の確認は終了した。やはりチカの身体には他人が入っている。
ヤスエは計画を立てた。
大きく分けて、やるべきことは二つだけ。
一つ、チカの身体に入りこんでいる他人の意識を追い出すこと。
二つ、中身のなくなった肉体にチカの意識を戻す。
どちらも人の意識を移動させる必要があった。1つ目に関してはチカの肉体さえ無事なら、中にいる異物の意識などどうなろうと知ったことではない。ともかく意識に触れる方法からヤスエは思考を巡らせる。
意識というのものが、脳内ネットワークなのか他の場所に存在するのか専門家ではないヤスエには分からない。しかしマギオントラップに住まわせてあるチカの意識を看ることで、専門家すら知らない真実の一端にヤスエは辿り着いていた。
やはり意識は波だった。それは同時に粒の形をしていた。つまりは光子や魔力子と同質。同質だからこそ、このマギオントラップで捕まえることが出来た。
意識は、トラップの内側で広がり向きをかえた。さながら周囲を観察するように、じっと耳をそばだてるように。
ヤスエは、クライオスタット(極低温環境維持装置)の向こう側、紫色の光に向かって話しかけた。だが、反応はない。
彼女は、今まで触ることがなかったコンソールに指を置き、キーを叩いて文字を入力した。
『チ』
画面の中で、波が揺れた。
『カ』
波が大きく動いて、止まった。ぴたりと、ヤスエの方を真っ直ぐに見据えるようにして動きを止めた。
あれから、日本に行って、帰ってきた。
腹は決まっている。今日もヤスエは文字を打つ。
『私が、必ずあなたを戻してあげるから。いい子で待っていてね』
文字は贈られ波が震る。
ヤスエはそれを「待ってる」と受け取った。
意識を動かす手段について、ヤスエの頭の中には二つの選択肢があった。一つは、未知の存在であるQORAに頼る方法。もう一つは、チューナーの能力を使う方法。
都合がいいのはチューナーを使うやり方だ。チカの肉体とチューナーを直接この場に呼び寄せて、施術を行う。これならば手間もリスクも最小限に抑えられる。問題はそれほど都合のいい能力をもったチューナーの存在が存在するのかという点であり、そもそもチューナーの能力で可能な芸当かどうかも疑問だった。QORAに頼るやり方はそもそも頼り方が分からなかった。ヤスエにとってQORAは敵ではあるが、チカが元に戻るのならば頭をいくら下げてもいい。ただ接触方法が不明だった。
欧州量子研究省内のチューナーに意識の移動実験をさせていた。セルクに帰ってきてすぐ、進捗を確認したが幸運にも意識不明者が出るような事故は一件も起きていなかった。
つまり実験はヤスエにとって失敗だった。
軽快な電子音。スマホに通知が来た。ウルシ・カルルから。
≪クロダ博士がお仲間を連れて北極に行くそうですよ≫
ヤスエの細く美しい眉が曲がる。
ウルシは自宅軟禁中。当然、出国履歴などどこにもない。いったいどうやって情報を掴んだのか。相変わらず気色の悪いやつだ。
だが、不気味さに構うほど暇ではない。
どのみち、チカの肉体は確保する必要があった。再び欧州を出る予定はあったが、予定を大幅に前倒ししなければならない。
ヤスエは素早い手つきでスマートフォンの画面を操作し、日本行きへの便をキャンセルし、北極圏へ向かう航空券の予約をとった。
「北極。つまりアクシオンリングユニット」
雪と岩に覆われた荒涼とした土地に想いを馳せる。
胸の奥で、先ほど打ち込んだ言葉が何度も木霊していた。
――私が、必ずあなたを戻してあげるから。いい子で待っていてね。




