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マギオン  作者: 雷然
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邂逅

 何事にも誤算はある。

 音の止まった車に駆け寄るとクロダ博士が出てきた。思ったより小柄だ。私と背丈がたいして変わらない。

「よく来たわね。プリシアさん」

 名前を当てられるという事象は予定になかった。

「不思議そうな顔をしているわね。あんまり私を見くびらないことよ。……あれ? それとも違った?」

 車を降りて開口一番、尊大に名前を呼んできたかと思えば焦った顔をしてお道化て見せるクロダ・チカ博士。マギオン研究の第一人者。QORAの母とも言われる女性。魔力学の先駆者。私の憧れの人。私の――。

「合っています。私のことを知っておられるのですか」

「ええ、ええ、プリシアベカサロマさん。よく存じて、いや、名前だけは知っています」

 守衛さんから受け取った紐のついたカードケース。首掛け式のゲストパスを私の首に掛けながらクロダ博士が言う。車からもう1人降りてきた。私と同じゲストパスをつけている。知らない顔だ。幼い子だ。クロダ博士のお子さんだろうか、とてもじゃないが職員には見えない。予定にはいなかった存在。イレギュラー。

「プリシアさん貴女だけで来たの? お兄さんは?」

「あとで来る。はずです」

 そう。と言いながらクロダ博士が端末を触る。かけているメガネはウェアラブル端末ではない、ただのメガネなのだろうか。

「お兄さんから聞いてる? 貴女の本読ませてもらったわ」

 私のか。

「面白かった。だから調べたの貴方のお兄さん、生い立ちから家族構成から何から何までね。便利よね魔力子」

 マギオンを使った? この人はチューナーではなかったはず、兄を欺いたか、後で目覚めたのか。

「計算はね、間違っていても良いのよ。書いてたでしょ? 矛盾は拡張なのよ。認識の種類は広がりなの」

 書いてたとは『量子魔力学』のことだ。確かに哲学的な文面に可能性の多層構造を書いてはいた。しかし。

「それにね、プリシアさん。プログラムは問題なく動いている。間違った計算でね」

 クロダ博士は端末の画面を見せてくれる。そこには動き続ける波形と文字が書かれている。

「ただこれ試作段階でね。何が正しいのかは分からないのよ」

 その文字はプリシアベカサロマ。つまり私の名前。

「安心して、誰彼かまわず登録しているわけではないわ。電話帳みたいなものよ。まーとにかくつもる話もあるでしょ。せっかく来たんだし沢山話しましょ、ついてきて。ほらルミナ、いくわよ」


 道すがらクロダ博士はずっと話してくれた。私の質問を何でも答えてくれる。部屋に入るまで3回職員さんすれ違った。誰と会っても朗らかに挨拶をして移動を続ける。途中で手を繋いでいた子供。ルミナといっただろうか。

「チカちゃん、私子供じゃないんですけど」

 と言って握られた手を振り払っていた。

 続けて。

「子供じゃないんですけど!」

 睨まれた。

 クロダ博士はしゃがんで。

「そうね。ルミナは子供じゃないわ。手を繋いでいたのは逃げられたら困るからよ」

 

 私達は部屋に入った。私の手には小さな手が握られていた。小さな手は思いのほか強い力で私をつかんでいる。


 第三観測室。それが部屋の名前。入り口に表示があった。モニターやら機械やら机とか椅子とか。パソコンや壁にメモや付箋が貼ってある。複雑でも散らかった印象はない。


 しばらくして。

「そろったようね」

 ボサボサの髪、無精髭に目ヤニ。白衣がなかったら浮浪者と見間違いそうなおじさんを先頭に男性が3人入ってきた。お兄ちゃんも一緒だ。どうしたのだろう、少し元気がないみたい。

 クロダ博士の声に「ああ」と、うなずくと白衣のおじさんは壁際の椅子に座った。私の近くに来なくて良かったと思った。おじさんは椅子を引いてスクリーンに体を向けた。スクリーンの横にはクロダ博士が立っている。お兄ちゃんは私の横に。一人にこやかなおじさんは入り口近くに座ってこちらを、多分ルミナちゃんを見ている。この人は見たことがある気がする。多分有名な人だ。金持ちそうだし俳優か何かだろうか。

 私の両側に兄とルミナ。ルミナちゃんが左側でお兄ちゃんが右、3人で何となくスクリーンとクロダ博士を見る。クロダ博士だけが立ったままだ。

「始めるわ」

 言って博士は端末をスクリーン横の筐体に置いた。スクリーンに波形が映し出される。名前はQORA。

「それが今のQORAッスか?」

「わからないわ、これはユニット内の観測でしかないもの」

「おや、全体像は?」

「知らないわよ、むしろセルクの方がデータ掴んでるんじゃないの?」

 クロダ博士とにこやかおじさんが会話していてる。この人セルクの偉い人だ、どうりでなんだか見たことがあるなと思った。名前は確か、スマホで確認する。ウルシカルル間違いない。ホンモノだ。

「ところで博士、こちらのお嬢さんは?」

 目が合った。ああ見たことがない。こうやって人を見る人なんて見たことがない。

「そっちで聞いてない? 妹さんだそうよ。確かに並べると顔が似てるわね」

 クロダ博士の目つきも少し変わった。これが研究者の目なのか。私もいつかそんな目を人に向けるのだろうか。

「おい、人を値踏みするなオレはいいけど妹はダメだ。コイツはあんたに憧れて会いに来たんだ。だからダメだ」

 クロダ博士の視線が、お兄ちゃんにスライド。せずに反対側のルミナに向かって止まる。この子はなんなんだろう。

「ルミナ、なんか話しかけてみて」

 頷いてルミナが立ち上がる。綺麗な顔立ちだ。きっと大人になったら美人になるだろう。

「わたし、ルミナ。はじめましてクオラ」

 QORAのものだという波形は微動だにしない。

「反応ないっスね」

「ええ、もうずっとこうなの、無視されてんの。今日は行けそうな気がしたのだけれど」

「クオラ、クオラ、クオラ、QORA。私ルミナ。私には貴方が見える。私はルミナ、クオラは私に見られたくないのね。仕方のない子ね。いいわ少しだけ私の時間をあげる」

 不思議なことを言ったあと、ルミナは勢いよく座って机に突っ伏して寝た。クロダ博士は「あ!」と言ってパソコンに向かった。何か計算をしている、かと思えばいつの間にか取り出したノートに何かを書いている。一心不乱といった様子。ルミナは寝息をたてている。狸寝入りには見えなかった。

「寝た?」

 お兄ちゃんが覗き込んでくる。私が「たぶん」と答えるとウルシさんが近寄ってきてルミナのまぶたを開ける。じっと観察をして。

「あくまで生体反応としてっスけど、熟睡しているようです。アルボラリスさんどうしますか?」

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