ブラックホール
「ついたぜ」
タクシーは停車した。アクシオンリング研究所ではない。
「寄り道はいい、車をだせ」
アルボラリスはぶっきらぼうに要求する。言われたタカヒロは無視して歩き出してしまう。さらに「よっこいじょ」と言ってウルシも降りていく。
なんだその語尾は。喉元まででかかった独り言はため息になった。アルボラリスも下車し二人と同じ方向を歩く。磯の匂いが強い。アルボラリスは不快感をはっきりと自覚した。
「山の中だぞここは」
「おやおや素敵なビーチッスね。どこですかここは?」
「オレっちの地元を再現。まーかなり美化してるけどな、実際はゴミとかそれなりに落ちててよ。観光客ってのはどーしてまーあんなにマナーが悪いんでしょ」
階段の前でタカヒロとウルシが会話をしている。どうやら二人にはここがビーチに見えているようだった。アルボラリスは思う。なるほど気を抜けば、あるいは同調すれば確かに視えそうな気配がする。と。
現実を深く覗き込む。ここは共同墓地。階段の上には慰霊塔がある。根本に転がっている朽ちた花束からちぎれた花弁が風にのって顔のあたりまでふわりと飛んできた。アルボラリスはポケットから手を出して払おうと逡巡し、結局顔を強く振って花弁をよける。
「それで? こんな辛気臭いところに連れてきてどうした? お前の芸を俺達に見せてどうしたいんだ?」
「芸だなんてそんな大層なもんじゃねーよ。あんたにゃ通じないみたいだしな」
「いやいや素晴らしいッスよ。こんな場所に海なんてないことは百も承知なのに、日差しも風も波の音も本物としか思えない。この技術を映画にでも使うことが出来たのなら……」
「映画か、そりゃいいね。アルボラリスさんは険しい顔してますけど、どうしました?」
名前を教えた記憶はない。それともウルシとの会話の中で名前を呼ばれただろうか。
「どうしたもこうしたもない。俺の思考が読めるのだろう?」
「そんな便利なもんじゃないでしょオレ達のは、ただオレの方が少し高い位置にいるだけ。だから低い場所を覗き込むことが出来る。上から水をかけることもね。でもあんたは傘をさしてるし、こっちから見て傘の色や大きさぐらいしか見ることが出来ない」
アルボラリスは歩き、階段を上っていく、硬い石の感触、ジャリッジャリッと砂と土が靴裏で擦られる音。短い階段を超えて慰霊塔に触れる。ひやりという予測の温度感に反して指に伝わるやわらかな熱。太陽の光が当たっているからだろう。硬いのに温かさを感じる。矛盾していないのに矛盾しているような錯覚。
「ウルシさん、今俺はどうみえます? 宙にでも浮いてますか?」
「ええ浮いてますね。足だけが見えて、膝から上は消えてますわ」
ポケットに手を入れ、階段を降りるアルボラリス。降りながら。
「おいお前、名前は?」
「へへっ名刺に書いてあったろ? タカヒロ・ベガ・サロマだ。タカヒロでいいぜ」
「タカヒロ君。これは武器だ。使い方を誤れば君は何億と人を殺す。君にそのつもりが無くともだ。君にその自覚があるか?」
「え?」
「ないだろうな、ひとつ昔話をしよう。かつて一人の男が自動運転のプログラムを完成させた。この分野はソフトの方が開発が簡単だと思われていた。AIによる自動学習もあったしな。事実として開発の途中まではハード面が課題として大きかった。しかし最終段階。予測運転だけはどうしても難しかった。車載カメラやセンサーによる情報取得、監視衛星情報。それらを駆使して人や物が一定距離にいれば自動で回避や停止をする。それでは間に合わない。小型自動車でも重量は1トンを超える。ブレーキをどれだけ強化しても物理法則は無視できない。間に合うはずがないんだ、予測して事前に備える。最低限、そう最低限予測、運転が出来なければプログラムは完成したとは言えない。知っての通りそれでも事故は起きるけどな。人の動きの予測というのは高性能なAIでも難しい。それは物理法則を計算していたのでは間に合わない。人の感情を計算しなければいけない。いや、そんな馬鹿な。ではドライバーは皆エスパーなのか? いや違う、前提からして違う。結論を話そう。動きの予測をするために最終的にやったことは予備動作だ。歩行者の顔の動き、膝の角変化。対向車のドライバーの視線の動き、肩の上下運動。身体や車体の位置が移動するより先に起きる感情や思考に起因する動きをハードにキャッチさせてそれを細分化、この動きなら次の行動はこうなるだろうと仮定。先んじて車間距離を開けようとか速度を落とそうとか、先行してプログラムは車体を制御する。これで完成した」
「なにが言いたい? 自慢か?」
「予測だよ。見通しの良い交差点で友達を発見した少年が信号を見ずに道路を横断しようとする。プログラムはどこから予測を始める?」
「えっと……ダチを見つけるだろ? おーいって声をかけて手を振って一歩目を、いやその直前か? まあ体の向きがダチの方向を向いた時なんじゃねーの?」
「ふふ」
アルボラリスは笑って歩く、車に戻っていくようだった。
「おい! 答えは?」
アルボラリスが遠くで良かった。立ち止まり振り返った男の顔を見てタカヒロは震えた。
「正解だよ――」
「――だから私の妻と子供は死んだ」
「え?」
「そしてハズレ、過ちでもある。本当の正解は二人が友達だったところからだ」
「……は? そんなの無理だろ」
「それが現行最新モデルの自動運転。完成を超えた完成、マギオンによる自動運転レベル6の正体だ。いいかタカヒロ君。きみはその友達だよ。道路の反対側にいる友人から発見された、事故を誘発した張本人。君が動くことで人が死ぬ。この世に自動運転はない」
「わかんねぇ。全然わからねぇよ」
アルボラリスの背が遠ざかる。月が潮の満ち引きに関係している。妹がそんな話をしていた。急にそんなことを思い出す。
「くそ! わからねぇよ!」
ウルシがタカヒロの肩をたたく。
「さあ行こうか、この先も運転してくれるのだろう?」
三人が去った霊園で一つのリアリティグリッチが起きていた。
アルボラリスが振り返り、立ち止まった場所の土が、粒子の細やかな砂へと変化していた。




